日々の雑学 ●●●
日々、ふと思ったことを書いていきます。   ・・・千葉ロッテ・マリーンズ、菅野よう子、再生可能エネルギー、自然環境、里山、棚田、谷津田、日本近世史、歴史小説、時代小説、クラシック音楽、・・・などなど。
スイスの鉄道旅
2011年05月21日(土) 23:20
なぜ、スイスなのか、という点については、いくつか理由がある。

自然の景色が好きであること。

所詮大学第2外国語レベルとはいえ、ドイツ語圏は安心感が違う。
フランス語圏スイス、イタリア語圏スイスには今回も含め、足を踏み入れたことがありません。

観光立国なので、観光客へのホスピタリティが格段に違う。
治安も含む。

鉄道旅が魅力に富んでいること。

で、最後の理由は結構私には大きくて、ツアー旅行というものに、一度も参加したことがないのは、バスで移動してしまうのが、つまらないから、という理由も大きい。

過去何度かの欧州旅行も、鉄道旅に固執してきた。

チェコのチェスキー・クルムロフなどは、バスの方が便利が良いのだが、あえて不便な鉄道で行ったりした。

水力発電の豊富なスイスは古くから鉄道立国であり、スイス国鉄(スイス連邦鉄道)を初めとして、登山電車をはじめとするたくさんの私鉄も豊富にあって、どこまでも鉄道で行けるし、それぞれの鉄道が個性的で魅力がある。

今回の旅では、有名な氷河急行には乗らなかったけれど(氷河急行の列車とすれ違いはした)、定番の路線には乗ってきたと思う。

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スイス国鉄の標準的なインターシティ仕様の列車は一等二等ともに、全車両2階建て。日本の新幹線のMAXとかと違うのは、2階の通路が車両間が行き来できるようになっていて、一階レベル同士は隣の車両に移れない。

ヨーロッパの大きな町の中央駅は端頭式になっていることが多いわけで、機関車で引っ張っていくと、先頭の機関車は切り離して、後ろに別の機関車を付けないと、逆向きに走り出せないわけで、電車ばっかりになってしまった日本から行くと、何とも非効率なことしているものだ、と思うわけだが、遥かはなれた機関車が動き出して、音も無くスッと動きだす客車の快適性は日本の電車では味わえない旅情だ。

インターラーケン・オストからグリンデルヴァルトまでのベルナー・オーバーラント鉄道は、前回訪れた時には、茶色とクリーム色の鄙びたローカル列車っぽいカラーリングだったのだが、新車両が投入されていて、趣を一新していた。
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先頭に描かれた、アイガー、メンヒ、ユングフラウ三山を象ったと思われるロゴも以前には無かったと思う。
以前は車体にB.O.B.と書かれていただけだった気がする。

ベルナー・オーバーラント鉄道は、基本密着式で走る区間が多いが、急勾配の部分にはラックレールが敷かれていて、ラックを噛ませて登る。

スイス国鉄も含め、スイスではラックはごく当たり前のものであり、ラックさえ噛めば、日本だとケーブルカーだろうというような、急勾配もグイグイ登っていくし、降りても来る。
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グリンデルヴァルトから、クライネシャイデックまでは、ヴェンゲンアルプ鉄道。
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グリンデルヴァルトから一気にグルントの谷まで降りて、反対側のアイガー側の斜面を登りだすので、グリンデルヴァルト駅からいきなりラックレールである。

車窓風景はヴェンゲンアルプ鉄道も進む方向が次々に変わるので、非常に面白い。

クライネシャイデックは乗換駅になっていて、いよいよユングフラウ鉄道に乗り換えて、ヨーロッパ鉄道最高地点にある、ユングフラウ・ヨッホ駅(海抜3,454メートル)まで。

ユングフラウ鉄道は有名だし、来たからには乗らなきゃ損なのだが、実際にはほとんどがトンネルであり、車窓風景というようなものはない。
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このベルナー・オーバーラント鉄道、ヴェンゲンアルプ鉄道、ユングフラウ鉄道を総称してユングフラウ鉄道群(Jungfraubahnen)と呼ばれたりもしているが、この3鉄道はいずれも、軌間ちょうど1m、1000mmのいわゆるメーターゲージと呼ばれる軌道だ。
メーターゲージは、日本の国鉄の在来線のいわゆる狭軌(三六軌間、3フィート6インチ=1,067mm)よりも数センチ狭いだけなのだが、パッと見、すごく狭い感じがする。

スイス連邦鉄道はヨーロッパの他国との国際列車もたくさん走っているから、標準軌(新幹線と同じ4フィート8.5インチ=1435mm)である。

鉄道の力で3500m近くまで連れて来られれると、さすがに息があがる。
ワンフロア階段であがるのも非常に苦しい。
2000mくらいまでは平気な気がするが、2500m超になると、自分でだんだんに登って来たのではなく、自動車や電車などでポンと連れて来られるとつらい。

チベットに出来た青蔵鉄道などは5000m超の駅もあるから、高山病対策の色々な装備がついているが。

スイス鉄道の旅もとりあえず前半の部だけ。
ここまでは、家族は初めてだが、私自身は2回目で、以前来た事のある路線である。
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首都・古都ベルン
2011年05月07日(土) 21:38
さて、無事に日本に帰ってきております。

2006年旅行の時のチェコのチェスキー・クルムロフ訪問と同様に、ヨーロッパの旧市街訪問は、個人的に大きなテーマで、今回の旅行でもベルン訪問というのはその意味で重要でした。

ベルンについては、きちんとまとめたいのですが、眠いので簡単に。

ベルンはスイスの首都であると同時に世界遺産になっている、古い街並みの街です。
小さな街だと思います。
例えばプラハの旧市街も素敵ですが、郊外には新しいビルがたくさん建っています。
アムステルダムもそうですし、大きなところではパリも同様です。
同じスイスでもチューリヒは旧市街は保存されていますが、周囲には近代的な建築が結構あります。

しかし、ベルンは旧市街だけでなく、その周囲に広がる郊外の一戸建ての住宅街も古い街並みの雰囲気がそのままで、そのまま牧草地、森林へと繋がっていっています。
ビルや、高層集合住宅が皆無というわけではありませんが、非常に限定的です。

前掲のチェスキー・クルムロフや、ドイツ南部のいくつかの都市、あるいはベルギーのブルージュのように、少し歴史に取り残されたような経緯を持つ都市にはそういうところはありますけれど、一国の首都としての現役で機能し続けながら、この景観を保っているのは、大変なことだろうと思われます。

もっとも市内中心部は、建物さえ改変しなければ、何やっても良いんだろう的な、破天荒な使われ方をしているところはあって、古都風情を求めて行くと「悪い意味で活気がある」ので、がっかりされるかもしれません。
私も風情という意味ではちょっとがっかりした部分はあります。
遠めに見るのと、実際に中から見るのとはだいぶ印象が違います。
現役の都市としての猥雑感や喧騒があるので、古都としての静謐感のようなものとは無縁です。

連邦国家ですから、首都と言っても連邦政府としての機能は相対的に少ないのかもしれませんが、簡素な都市です。

アーレ川が蛇行したU字の形の天然の要害の形態をそのままに、周囲と行き来できる橋もあえて少ないままに制限している感じですが、使い勝手は悪い街だろうなあ、とは思います。

細かい説明はまた改めて、写真数点を。

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パウル・クレー・センター
2011年05月06日(金) 07:12
朝、ツェルマットを出発し、ベルンへ来ました。

ベルンは私も初訪問なのですが、なかなかスイス旅行と言っても、旅程に組み入れるのがちょっと難しいかもしれない都市です。
しかし、スイスの首都という機能を果たしながら、この街は中世の古い街並みを残していて、世界遺産になっています。

昼頃着いて、まずはトラムに2駅乗って市内中心部へ出てホテルに荷物を預け、その足で郊外のパウル・クレー・センターへ。
12番のトロリーバスで行きますが、このパウル・クレー・センター行きは、レールが敷けない部分も含めて、旧市街を縦に貫いて、その後郊外へ出て行くので、幹線と言えば幹線で、結構な頻度で出ています。
終点が目的地なので、間違う心配もありません。

パウル・クレーは私が学生の頃から好きな画家で、スイス・ベルンに生まれ育っています。
カンディンスキーも嫌いではありませんが、クレーの方が親しみやすく、学生時代や独身時代は部屋にクレーの絵のポスターやポストカードなどを飾っていました。
結婚してからは、連れ合いが壁にポスターやら写真やら絵やらを飾るのは極力避けたい人なので、今、我が家には、亡父が描いた片身の絵しか飾っていません。

パウル・クレー・センター、Paul Klee Zentrumは郷土の生んだ偉大な画家を顕彰するとともに、クレーの存在を通して、絵画、芸術の世界に能動的にも関わることができるようになっている施設です。
MuseumとはせずにZentrumとしている真意はそんなところもある感じで、もちろんたくさんの作品は展示してありますが、研究施設や、ちょっと実際に描いてみましょう的なスペース、発表、会議等ができるコングレス・ホール的なものなどが充実していて、単なるMuseumではないんだよ、という感じのZentrumでありました。

市街の見物は明日に残して、と言いつつまだ時間があったので、RoseGartenバラ公園から、ベルン市街を見てみました。

午後は逆光になりますね。朝行くのがお薦めかも。
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明日は日中、ベルン観光した後、チューリヒに移動し帰国です。

ベルン市内のご報告は改めて、というか、そのままお蔵入りになるかもしれませんが、ホテルの机で書くのはこれが最後となりますので、どうもありがとうございました。

swisscomの無線wifiルータには大変お世話になりましたが、今晩はホテルの部屋のデスクに無料の有線LANが来ておりました、それを使っております。

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グリンデルヴァルトからツェルマットへ
2011年05月05日(木) 06:37
今日は雨もやみ、雲も高くて、ところどころ青空も見え始め、アイガーも頂上は隠れているものの山容はほぼ見える程度に回復。

朝食を食ってチェックアウトし、グリンデルヴァルト駅でライゼ・ゲペックのファスト・ラゲイジ・サービスなるものを申し込む。
スイスの鉄道は観光主要45駅間で、朝の9時までに荷物を預けると、夕方18時までに到着駅に届けてくれるサービスがある。
人は朝8時台の列車に乗って、11時台には着くから、18時到着というのは、どういうペースで追いかけてくるのかは謎なのだが、とにかく来るのである。
今日は乗り換えも多いし、ホテルに寄る前に観光に出たかったのもあり、これを利用。
スーツケースは駅に預けて運搬をお願いし、身軽に電車に乗り込む。

グリンデルヴァルトからインターラーケン・オスト、
インターラーケン・オストでスイス国鉄に乗り換え、ブリークへ。
このあたりで快晴となって来る。
ブリークからフィスプへ。
フィスプから、マッターホルン・ゴッタルド鉄道で、ツェルマットへ。
今日の泊まりはツェルマットなのだが、そのまま道路挟んだ向かい側にあるゴルナーグラート鉄道に乗り換え、一気にゴルナーグラート展望台まであがる。
ここも3000m超である。

ゴルナーグラート鉄道は車窓風景が非常に美しい。

見事なマッターホルンと、その周囲の山々を見せていただいた。
360度の見晴らしである。

ツェルマットの街からは谷の隙間から、マッターホルンだけが見えているので、非常に印象的なのだが、ゴルナーグラート展望台まで登ってしまうと、4000m級の山々が沢山連なり、マッターホルンよりも標高では高い山も結構あって、確かに形は印象的なのは変わらないものの、One of themになってしまう。

ゴルナー氷河の威容も素晴らしい。

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いずれにしても、私はユングフラウ・ヨッホにはかつて行ったことがあり、ツェルマットは今回が初めてなのだが、ユングフラウ3山よりもマッターホルンの方がわかりやすいし、トンネルで登ってしまう、ユングフラウ鉄道よりも、ゴルナーグラート鉄道の方が味わいがある。
グリンデルヴァルトの方が圧倒的に田舎で、ツェルマットの方が街を楽しむにも向いている。

どちらか一方しか選べないとしたら、ツェルマット-ゴルナーグラートをお薦めする。

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宿もツェルマットの方が選択肢が豊富なように感ずる。
この5月前半の時期は営業していないホテルが多いのはグリンデルヴァルトもツェルマットも同じだが。
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グリンデルヴァルト2日目は終日雨
2011年05月04日(水) 05:54
雨の日もあります。

昨日晴れてて、大体グリンデルヴァルトでの用事は済んでいる感じだったわけだが、今日は雨なので、レインジャケットを着込んで、グリンデルヴァルトの周囲を散策。

妻が日本語観光案内所に行って、お勧めルートマップをゲットしてきていた。

目抜き通りから一本山側に上がった道を歩くだけなのだが、美しい風景が続く。

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日本語観光案内所で、このロープウェイだけは動いている、と言われたというロープウェイ。
遠くから見てたら全然動いてないじゃないか、という感じだったのだが、Eingangというところに入って行くと、おじさんがいて、オペレーションしてるか?と聞くと、もちろん!という。

客が来ると、動かすという感じのようだ。
ちょっと上がっただけなのに、眺望が開け、そして寒い。
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上にはロープウェイの係りのお姉さんと、レストランのご一家の他には、我々以外、誰も人はいないが、コーヒー、娘はホットチョコレートを注文し、しばし休む。

午後は土産物屋をひやかして歩く。
5月上旬は閉めているお店が多いので、半分くらいしか開いてない感じだろうか。
夕方には雨は止んでいた。

結局、とある土産物屋で、私も妻も娘も気に入った安い時計があって購入。
土産物用カウベルも購入。

そこの店員に、こういう土産物のカウベルじゃなっくて、牛や羊が付けている本当のカウベル(ヘルデングロッケンという)はどこに行ったら手に入るのか?
と聞いてみた。

グリンデルヴァルトにはないが、インターラーケンまで行くと、LANDIという農機具の専門店がある。
そこに行けばいろいろなカウベルが入手できるはずだという。
簡単な地図も書いてくれる。
やはり農機具専門店か。
今回の旅ではインターラーケンで寄り道をしている余裕はないので、また改めて。
インターラーケンには今後も来ることがあるだろう。

お土産用カウベルも相当数種類がある中から、音色的に最も使えそうなものを選んだので、実線投入を前提にした買い物ではあるが。

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ユングフラウ・ヨッホへ
2011年05月03日(火) 05:09
こちらの今日5月2日は、定番ですし、私自身は2度目なのですが、グリンデルヴァルトから、ヴェンゲルン・アルプ鉄道鉄道で、クライネ・シャイデックまで登り、ユングフラウ鉄道に乗り換えて、ユングフラウ・ヨッホまでの旅。

鉄道で行くことのできる最高地点です。

ユングフラウまで鉄道を敷いたのは、その昔、エイプリル・フールのジョークで、新聞にユングフラウまで登山電車を走らせる工事が始まりました、ってのをやって、おーしそんなら、その嘘、本当にしてしまおうではないかい。ということで建設された、と。(ソース:世界不思議発見)

1912年の開通なので来年で100年で、いろいろ記念グッズも花盛りです。

日本人観光客が驚くほど少ないですね。
東洋人もほとんど中国のツアー客か、個人旅行も韓国の人が多いです。

特に日本人のツアーはほとんど出会いませんね。
個人旅行の方はチラホラお見かけしますが。

天気に恵まれました。

アイガーは昨日の夕方も、今朝も非常に良く見えていましたが、メンヒも頂上まで良く見えてました。
ユングフラウは頂上は完全に雲が吹き払われることはなかったですけれど、山容は十分にわかるくらいには見えていました。

これもお定まりですが、ユングフラウ・ヨッホの世界最高地点郵便局から、娘は両おばあちゃんに絵葉書投函。

復路はクライネ・シャイデックまで降り、まだハイキングコースの案内板の赤緑のLEDは赤で、未開通の表示だったのですが、ダメなところまで行って引き返してもいいや、ということで、前を歩いていくアメリカ人風のカップルもいたので、その後を追って、クライネ・シャイデックからアルピグレンまで、鉄道1駅分を歩いて降りる、スーパー初心者向けハイキングコースを歩きます。

途中残雪が残っているところや、雪解け水でぬかるみになっている箇所が何箇所かあって、未整備ということで、赤表示のコースだったのだと思いますが、歩いて歩けないほどの残雪でもなく、98%くらいは問題なく歩ける道でしたが、無事アルピグレンまで歩いて、ヴェンゲン・アルプ鉄道の電車に乗り、グリンデルヴァルト帰還。

基本的にゆるやかな下り坂だけのコースですから、スーパー初心者向けとなっていますが、私らには十分でした。

この時期、メンリッヒェンからグリンデルヴァルトへ降りるゴンドラは動いていないので、メンリッヒェンは訪問は無理です。

フィルスト行きのゴンドラもおやすみなので、フィルスト方面へあがることもできません。

11月最終週から4月第一週までは、スキーシーズンで動いていて、5月21日からオープンで、11月最終週まで夏の営業となりますので、1年で4月中旬から5月中旬までの1ヶ月間というのは、スイスに関しては超オフシーズンで、いろいろ動いてないですし、宿やお店も閉めているところが多いのです。

天気に恵まれ、ゆったりと堪能しました。

明日はちょっと天気悪そうなので。

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路傍に素敵な水場が
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しかし、飲んではいけない、と書いてある
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チューリヒからグリンデルヴァルトへ
2011年05月02日(月) 08:22
今日、こちらの5月1日ですが、昼過ぎまでチューリヒ市内歩き。
ヨーロッパの中都市は結構たくさん見て来ているつもりですが、チューリヒは魅力的な街だと思います。
旧市街の中への無秩序な建物の侵入もないですし、交通量も少ないし、見所はコンパクトに徒歩圏にまとまっていて、半日あれば完全に制圧できると思います。

チューリヒ湖と、リトマ川の水の澄んでいることには驚きます。

15時頃、チューリヒを出発、ルツェルン、インターラーケンを経由して、グリンデルヴァルトに到着。

チューリヒからインターラーケン・オストには、ベルン経由の方が早いのですが、ルツェルンからインターラーケン・オストへ至る車窓風景は非常に美しいので、あえてこちらを選びました。
やはりここは美しい。
特にブリエンツ湖畔の一角を走る鉄道から車窓風景は筆舌に尽くし難いです。

グリンデルヴァルトも思ったより寒くなくて快適です。

昼間は上着1枚あればOK。

写真はもう少し整理します。

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チューリヒ到着
2011年05月01日(日) 06:35
というわけで、スイス、チューリヒにやって参りました。

フランクフルト乗り継ぎ。

フランクフルトチューリヒも、東京より少し暑いかもしれません。

私自身はスイスは3度目ですが、家族は初めてです。
娘はヨーロッパ自体初めてです。

チューリヒの街は、私は駅には何度か来た事があるのですが、街に出ずに素通りしてました。
今回もチューリヒ素通りして、ルツェルンに行ってしまおうかと」したのですが、カミさんの助言でルツェルンではなくチューリヒの街で少し時間を過ごすことにしました。

チューリッヒ空港は空港ビル出たまん前からトラムに乗って20分で市内中心まで。
地下鉄なら10分ですが、やはりヨーロッパの街に来たら、街が見えるトラムに乗りたいですね。
空港線の10番トラムは、スーツケース持ち込む観光客の利便性を考慮して、優先的に低床車が投入されているようですが、市内に出てみて、他の路線を見ると高床式電車もまだ多く、スーツケースさえなければ高床式トラムの方が、本当は街が街が良く見えるので良いのですが。
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宿について、街に出て、スイス名物料理のゲシュネッツェルテス(レーティッシュ添え)を食べました。
まあ、とにかくスイスと言ったらこれを食えということで3人前。
しかし、娘も妻も完食できず、私は腹がやばいことになっています。
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ここに盛られているのは鍋のうち半分くらいで、まだ鍋に倍くらい残っているのです。

旅先ネット通信はモデムのぴーがーの時代から、いろいろとトライしてきましたが、今回はSwiss.comのポケットWifiルータを日本でレンタルしてきました。

おかげさまで、街中でのiPhoneも、このパソコンも、ホテルのネット環境と無縁にWifi接続。

これはお薦めです。
グローバルデータという会社です。

前にウィーンのホテルの一晩の有線LAN接続でびっくりするような値段を取られたことがあるので、上限キャップで街中でもホテルでも繋ぎ放題は安心です。
繋いだまま、シャワー浴びたりしても関係ないし。

iPhoneのマップ機能は、海外旅行のスタイルを激変させます。
もうガイドブックの地図を見ることはありません。
道に迷うとことのない安心感。
適当に歩いていっても、元に戻れる安心感。
ホテルの名前を入れて、ルート検索すれば、どんな曲がりくねった小路でも案内してくれます。
トラムの電停のアナウンスが聞き取れなくても全然大丈夫。
iPhoneの画面ばかり見て、街並みを見ていないということだけは避けるように、ヒジョーに注意が必要ですが。

さて、今日は着いて寝るだけですが、やっぱりヨーロッパの街の鐘の鳴る音は良いですなあ。
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続きはまた改めて。。。
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