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日々の雑学 ●●●
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女系天皇について(女性天皇ではなく)
2005年10月28日(金) 18:00
小泉首相の私的諮問機関「皇室典範に関する有識者会議」は10月25日、女性が天皇になることや、母方だけに天皇の血筋を引く女系天皇を容認することを全会一致で決めた。

女性天皇は、過去にもいたので、大した問題ではない。
大きな問題は、女系天皇である。

わかりやすく言えば、敬宮愛子内親王が皇位につくことは、問題ない。
皇室典範などというものは、明治以来の数代のことでしかないので、さしたる問題ではない。

問題なのは、「愛子天皇」問題では、なく敬宮愛子さまの「お子」が天皇になってよいかどうか・・・なのである。

これは前例がない。

2600年?の歴史上に初めてのことをやろうとしている。

今回の問題を国民の多くが「愛子天皇問題」として、認識・容認していて、
女系天皇許容=愛子天皇の子が天皇になること
の重大性には考えが至っていない中で、あたかも国民的コンセンサスがあるかのように議論が進んでいるのは、非常に気がかりである。

では、男系を死守しようとした場合、現皇統と最も近縁の方は誰なのか?

不幸にして、戦後、臣籍降下された、旧宮家は、いずれも伏見宮系の方ばかりで、現天皇家とは南北朝時代まで遡らないと繋がらない。
非常に血縁は遠いのである。

せめて江戸期にわかれた系統でないと、実感として難しいだろう。

しかし、江戸期に、新井白石の進言で、皇統維持のために設立された宮家、閑院宮、有栖川宮の血統が続いていればよかったのだが、いずれも、戦前に男子は絶えている。

江戸期に限らず、皇位継承者以外のほとんどの親王は、仏門に入られ、妻帯せず、お子を成していない。
今、思い返せば、伏見宮系の沢山の(実は天皇家とすごく血縁の遠い)皇族に隠れて、切実な問題にしていなかったのだとは思うが、申し少し伏見宮系以外の、宮家を設立しておくべきであった。

そんな中、東山天皇の子で、光格天皇の祖父である閑院宮直仁親王のご実子で、五摂家の鷹司家に養子に入られた人物がいる。
鷹司輔平である。
鷹司輔平は光格天皇の叔父にあたり、光格天皇は明治天皇の曽祖父である。
このあたりの何代前とか数字を使わないで、お互いを表現できる範囲が限界だろう。

この鷹司輔平に始まる家系は五摂家本家の鷹司家自体では続いていないが、

直仁親王-鷹司輔平-鷹司政熙-鷹司政通-徳大寺公純-徳大寺実則-徳大寺公弘-徳大寺実厚-徳大寺公英-徳大寺実啓-徳大寺公信

と清華家の徳大寺家分家に入って、男系の血筋は現在も続いている。
この家が、現天皇家と最も近い男系の子孫のようである。

徳大寺家の現当主、徳大寺公英氏(1919-)は美術評論家
-徳大寺実啓-徳大寺公信と続いていて、徳大寺公信氏は、25歳、英国留学中とか。

現皇統との関係を整理すると、

東山天皇-直仁親王-典仁親王-光格天皇-仁孝天皇-孝明天皇-明治天皇-大正天皇-昭和天皇-今上天皇-徳仁皇太子-敬宮愛子内親王

東山天皇-直仁親王-鷹司輔平-鷹司政熙-鷹司政通-徳大寺公純-徳大寺実則-徳大寺公弘-徳大寺実厚-徳大寺公英-徳大寺実啓-徳大寺公信

まあ、遠いといえば遠いが、「男系子孫」がこの世に完全にいなくなっているわけではなく、最も近いのだから。

一度、臣下に下ったものが皇位に付くというのは、それはそれで、抵抗のあることで、歴代天皇でも、宇多天皇しか、一度臣下に下ってから皇位に付いた人物はいない。

臣下から皇位に付くことは、かつて、平将門が「新皇」を僭称した例をあげて、危険な考えであるとする論もある。

確かに、将門は桓武天皇の曾孫、高望王が平姓をもらって臣下に下り、平高望-平良将-平将門
であるから、皇族から臣下に下って2代目。
桓武天皇から数えても、5世の孫である。

徳大寺公信氏は、直仁親王の10世孫であるから、平将門などより、皇統との距離は遥かに遠い。

しかし、問題なのは、その時に、他にそれ以上の近縁者(適任者)がいたか(いるか)であろう。

徳大寺実啓氏、徳大寺公信氏という、現天皇家に、最も近い、男系子孫の存在を、俎上にあげることなく、天皇家始まって以来続いていた男系継承を、断念してしまうのは残念である。

私は、女性が社会的に活躍することは、非常に良いことだと思っているし、天皇として、男子の方が生物学的、社会学的に、優れている、相応しい、などとは考えていない。

しかし、2600年、男系で継承してきた、ということは、それ自体が、良い悪いは別として「珍しい仕組み」なのであって、天皇家の尊崇もまた、その稀有さ、から来ているものがあると思う。

このわが国のシステムは、世界遺産に指定しても良いと思う、世界に誇れる無形の文化だと思うのだが。
別に、誇れる、というのは、天皇家崇拝、というような意味ではない。
「珍しい」ということが、貴重なるがゆえに、守るべきではないか、と思うのである。

そして、天皇家の男系子孫は、いないわけではないのである。

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