日々の雑学 ●●●
日々、ふと思ったことを書いていきます。   ・・・千葉ロッテ・マリーンズ、菅野よう子、再生可能エネルギー、自然環境、里山、棚田、谷津田、日本近世史、歴史小説、時代小説、クラシック音楽、・・・などなど。
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中嶋朋子に会う
2006年07月31日(月) 11:14
昨日、書き忘れましたが、義妹の主宰するピアノ教室の発表会で、女優の中嶋朋子さんに会いました。

http://www.sunaoka.com/actre/nakajima/index.html

ご子息が義妹のピアノの生徒なのですが、ご子息は「北の国から」最終回スペシャルで蛍の息子役としてデビュー済みで、ご子息の本名もWikipediaに出ていますね。

私のすぐ前の列に座ってましたが、メガネをかけてて非常に地味な服でしたが、やはりお美しい。
「北の国から」ファンには、たまらないシチュエーションでしょうけれど、私はそれほどでもないので、

あ、中嶋朋子だ。
という感じで。。。

お子さんと一緒でしたので、サインをもらおうとか、記念写真撮るとか、ハシタナイ挙動は控えました。

生徒の数は十数人なので、その親族集まっても、40人くらいの聴衆だったと思いますが。

中嶋朋子さんは、あたりまえですが、会場の撤収片付けの椅子運びにも、普通のお母さんとして、淡々と参加していました。

ちょっと個人的に好感度アップです。
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生まれ変わった杉並公会堂
2006年07月30日(日) 23:57
今日は、義妹の主宰するピアノ教室の発表会で、今年6月に全面リニューアルオープンした、杉並公会堂に行った。
suginami_Hall.jpg


あの敷地によく収まったなあ、と感心する。
素晴らしいホールになっている。

発表会をやったのは、地下2Fのグランサロン、という部屋だが、
suginami_glansalon.jpg

ここは、まさにオーケストラ・リハーサルのために作られた、という十分なスペースと、天井高を持っている。

ここは素晴らしい。
この部屋が、土日、1時間\4,410、平日なら1時間\2,730で借りられる、というのは、素晴らしい条件だ。

こういう部屋が、この10年くらいに出来た、公共ホールにすべて作っててくれれば、練習場探しもだいぶ楽なのだが。

中野ZEROも、葛飾シンフォニーヒルズも、新宿文化も練馬分化も、リハ室は、ちょっと狭い。
ほんのちょっと、なのだが、使えない。

杉並公会堂のグランサロンは素晴らしい

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小水力推進協議会シンポジウム
2006年07月29日(土) 23:58
自然エネルギー、再生可能エネルギーの中でも、日ごろから私が最も注目し、動向が気になっている、小水力発電。
今日は、小水力利用推進協議会シンポジウムに出席。

元環境庁長官の国会議員、経産省エネ庁の役人、水土木研究所の学者、元役人の当協議会の副会長、という4人のメンツによる、パネル・ディスカッションは、実にお寒い内容で、シンポジウムのタイトルは「小水力発電の新たな時代へ」~本格導入に向け普及戦略を立てよう~
というものだったので、もう少し、導入実例など、具体的な話が聞けるのか、と思っていたが、結局、漠然とした、化石エネルギーの危機と、小水力の推進の必要を述べるだけで、まずは何をしたら良いのか?
という点まで至らず、具体的な話は一つもなかった。

なかでも、小水力をやろうとする人の前に立ちはだかる、「河川法」をはじめとする「水利権」などなどの、障壁となっている諸法制に関しての言及が、基調講演、パネルディスカッションを通じて、一切なく、質疑応答では、京都で実際に小水力発電を導入された方が、ブチキレテいた。

司会も大学教授だし、パネラーに実務家が一人もいないのでは、お話にならない。

この小水力利用推進協議会なるものに、何かを期待した方が愚かだったのか、なんとも、拍子抜けのシンポジウムであった。
役所主導のこういうものはダメなのかなあ。

なんでダメなんだろう。
経済産業省の偉い人なんだから、狭い意味で頭は良いんだろうけど、エネ庁の新エネルギー部長の基調講演などは、怖気がでるような、役人プレゼンで、新エネルギーの分野とか、やる人は、もう少しこなれているかと思ったが、役人のプレゼンというのは、こうもヒドイか、ということに改めてあきれ返った。

恐るべき現場感覚の欠如を痛感した。
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無残!ホークス戦3連敗...orz
2006年07月28日(金) 14:38
もはや、なにをかいわんや、である。
小野の好投で、貧打線をカバーし、1-0のリードで迎えた、9回裏、
守護神コバマサは、故障中の代打松中にヒット、続くズレータにサヨナラ2ラン・ホームランを浴びる、という、野球マンガでも、なかなか描けないような、絵に描いたような試合。

ホークス戦3連敗で、チームは5連敗。
交流戦明けてからの成績は、4勝14敗、勝率.220

交流戦優勝は何だったのか。
交流戦が、23勝13敗で、10の勝ち越しを作ったわけだから、4勝14敗ということは、その10の勝ち越しを全て吐き出しちゃったことになるわけですな。

うーむ。
打線が打てなさ過ぎるうえに、チャンスでバントミス、外野フライも打てない、守備のエラー、エラーは付かなくても緩慢な守備で、無用な進塁を与える、などなど、どうにかせい。という感じだが、選手自身が一番良くわかっているだろう、ということで信じるしかないのだが。
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カシノナガキクイムシ
2006年07月27日(木) 12:37
今、話題の、といえば、「カシノナガキクイムシ」である。
kasihnonagakikuimishi.jpg


昨日の朝日新聞夕刊にナラ、ミズナラの大量集団枯死をもたらす、カシノナガキクイムシについても話題が出ていた。
体長4~5mmの甲虫類である。
kashinonagakikuimushi_map.jpg

被害は深刻である。

クヌギなどとともに、典型的な里山の雑木林を形成する樹種であるとともに、ブナなどとともに、世界遺産白神山地の森林をも形成するナラ、ミズナラ。

主要樹種における、害虫被害といえば、松に着く、マツノザイセンチュウによるマツ枯れ病が知られているが、里山の落葉広葉樹については、相当興味を持って調べているつもりだった私も、恥ずかしながら、寡聞にして、カシノナガキクイムシについては、昨日の朝日新聞で初めて知ったのである。

これもまた、大量発生は「人災」であり、カシノナガキクイムシは、樹齢50年を越える(樹勢の衰えた)ナラ、ミズナラを好んで発生する。
かつて、これらの落葉広葉樹は主として薪炭用途のために、15年~20年の樹齢で伐採され、切り株からの萌芽更新で常に更新されてきた。
つまり、昭和30年代のエネルギー革命まで、樹齢50年のナラ、ミズナラなどというものは、そんなに無かったのである。
従って、カシノナガキクイムシは、発生しても被害は限定的で、集団で枯死するなどということは起こり得なかった。

それが、昭和30年代のエネルギー革命を経て、落葉広葉樹林が薪炭用途として使われなくなり、今、初めて日本中に樹齢50年超というナラ、ミズナラが現れているのである。

駆除には、被害にあって枯死した樹を、撤去するしかないのだが、いかんせん、ご承知のように、日本の森林の樹木を伐採するというのは、経済的には持ち出しなのである。
建築用材用途として、好適とされた植林された健康な針葉樹でさえ、放置されている。
ましてや、広葉樹で枯死したものなど、経済的には現場から持ち出すことは全く不可能だ。

スギ花粉の問題もそうだが、里山林、落葉広葉樹林の問題も、今まさに我々が危険の臨界点にはじめて直面した問題であって、新たな解決手段が必要なのである。

朝日新聞が指摘するように、被害は山形県全県に及び、秋田県境を越えたという。
白神山地まで、もうすぐである。
白神山地だけを守ればよいという性質の問題ではないが、日本の森林の問題というのは、経済性だけにゆだねていては解決できない問題だ。
我々の税金が投入されることに、どれだけの理解が得られるか、甚だ心許ないが、放置すれば、山崩れなどの土砂災害に直結する問題である。

もっと国民の視線が日本の森林に向くようにしていかなくてはならないと思う。

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プレジデントFamily 月刊化
2006年07月26日(水) 14:12
ビジネス雑誌として、著名な「プレジデント」だが、その別冊として、プレジデントFamily第1号第2号が出ていたが、第3号にあたる9月号から月刊化され、私も子を持つ父親として、ベストセラーになっていることなど知らずに、買っていた。

子供のこと、家庭教育のこと、進学のこと、私たちの世代には興味のあるテーマで、もちろん、ベネッセや学研など、教育分野をドメインとする出版社からは、たくさんの本が出ているのだが、ビジネス雑誌の雄「プレジデント」社から、ということで父親層を狙っているのだろうが、飛びついてしまった。

プレジデント社は、良い分野に目をつけたなあ、と思うと同時に、してやられた、という感じももっている。

プレジデント社の雑誌としては\680という値付けは、良心的な値段と言えるが、内容については、何か目から鱗が落ちるようなものを期待すると、失望する。

子供の受験に関しての情報というのは、情報に対して、キャッチアップしているか?という自己猜疑が常に強く働くので、とにかく頭でっかちに、情報を手に入れようとするし、画期的なSomething Newがあるのではないか、と期待し、ライバルの他の家の親に遅れてはいけないと思うので、つい飛びついてしまう。

しかし、ここでも触れられている多くの取材例や、体験談は、今まで多くの類書で見聞きした、「王道」をトレースしているに留まり、それほど、目新しい情報はなかった。

しかし、少子化とゆとり教育、それによる受験熱の高まり、格差社会、などを背景に、教育ビジネスというのは、大きなマーケットになっている。

夏休みぐらい、自然の中で思い切り遊ばせろ、と書いてあれば、なるほどそうだ、と思い、次のページには夏休みが勝負だからちゃんとやらないと、と書いてあれば、なるほどそうだ、と思う。

そんな情報に右往左往している間に、1行問題1題でも、やらせた方が良いのだ、とわかってはいるが、親は、こればかりは、わかっちゃいるけどヤメラレナイ。

そのわかっちゃいるけどヤメラレナイ層を狙って、見事にヒットしたのが、プレジデント社のプレジデントFamiryだと思う。

プレジデント社にはお世話になっている先輩がいるので、あまり悪口はかけないが、うーむ、どーなんでしょう。
アザトイ商売してるなあ、という感じも。

大ヒットしてるとなると、買わない自分が恐ろしい、という強迫観念をも再生産するのである。

プレジデント Family (ファミリー) 2006年 09月号 [雑誌] プレジデント Family (ファミリー) 2006年 09月号 [雑誌]
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プレジデント社
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オールスター明けも★スタートorz
2006年07月25日(火) 23:59
オールスターで気分一新、と、行きたかったところですが、監督と松中といない、ホークスも強い。

オールスターでは、すっかりヒチョリに話題を持ってかれ、ファイターズ、なんか、勢い付きそうで嫌ですね。

いずれにしても、ヒチョリは良いですね。面白いなあ。
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携帯電話の値段は
2006年07月24日(月) 23:14
携帯電話の調子が悪く、時々画面が映らないことがあるので、買い換えようか、と思って近くの店頭を見ると、Sharpの最新機種、vodafone初のワンセグ搭載、SharpAQUOS液晶搭載、をうたう、905SHが、新規1円だという。

機種変更は、というと、\39,800だという。

いくら、新規契約の手数料やキックバックが入るにしても、この価格差は説明がつかない。

不当廉売ではないのだろうか?

番号、変わってもいいから、1円で買おうか、と考えてしまう。

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記録的豪雨
2006年07月23日(日) 23:42
九州では、この5日間で、1200mmに達する地域があるという。

1200mmという数字は、日本国内でも、少し平均より降水量の少なめ地域であれば、年間の降水量である。

日本は多雨だが、年間平均降水量は1700mmほど。ヨーロッパには、雪の多いスイスを除けば、年間に1000mmを超える降水のある国はない。

それだけの雨が集中して降っている。

地球温暖化が進むと、オホーツク海高気圧と、太平洋高気圧の双方が強くなり、梅雨前線の停滞する期間が長くなると同時に双方の高気圧が強いため、前線の活動が活発化し、大量の降雨が振る形になる、という予測があるのだが、これは、数十年後、地球温暖化が進行した場合のシミュレーションとしての予測だったのだが、今年の梅雨前線の活動は、まさにそれを先取りした形になっている。

ヨーロッパでは猛暑だというし、毎年毎年、気候が「荒々しく」なってきているのは、確かなことだろう。
多少のことでは驚かなくなってきているが、この事態は人間の社会活動の多少の変化で、緩和できる性質のものなのか、自然の力の大きさに、ただひれ伏す以外にないのか。
大きな問題である。
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遅ればせながら「ナルニア国ものがたり」
2006年07月22日(土) 10:46
遅ればせながら、「ナルニア国ものがたり」全7部作を読了。

7月26日にディズニーが作った映画の方の「ナルニア国ものがたり~ライオンと魔女」が発売になるので、レンタルででも見てみようか、と思い、そのためには、まず、原作を読んで置かないと、と思ったので、妻が持っていた、「ナルニア国ものがたり」を借りて読む。




「ナルニア国ものがたり」は、ご承知のように、C.F.ルイスによって書かれたファンタジーで、
当初、第1巻にあたる「魔女とライオン」が独立した作品として、書かれたのだが、その後、好評に付きシリーズ化され、全7巻となっている。
スターウォーズ・シリーズと同じような形で、作品の執筆順は、ナルニアの歴史に従って配列されているわけではなく、後半で過去の経緯が明かされたり、狂言回したる主人公も毎回、微妙に人物が変わる。

第1巻「魔女とライオン」
第2巻「カスピアン王のつのぶえ」
第3巻「朝びらき丸東の海へ」
第4巻「銀のいす」
第5巻「馬と少年」
第6巻「魔術師のおい」
第7巻「さいごの戦い」

の7巻からなっている。
しかし、著者が各巻頭で前書きしている通り、それぞれ独立した物語として、1話完結しており、単独で読んでも良い。
しかしやはり、読むのなら執筆順に読んだ方が良いだろう。

このルイスによる「ナルニア国ものがたり」は、トールキンの「指輪物語」、そして、今話題のアーシュラ・K・ル=グウィンの「ゲド戦記」とともに、世界3大ファンタジーなどと、呼ばれることもあるらしいが、本当に呼ばれているのか、宣伝文句なのか、日本国内だけで言われているのか、真偽のほどは良くわからない。
「3大ナントカ」によくありがちなことである。

いずれにしても、大人になる前に1度は読んでおくべき作品だろう。
確かに、タルくて、読むのがつたい作品もあるし、ファンタジーだからと言って、それはないだろうという論理的な矛盾や、おかしなプロット設定はある。
それに、これはもう、アングロサクソン人に染み付いた抜きがたいDNAなのだろうが、白い肌で金髪の容姿を「良き者」とし、そうでないものを「悪しきもの」とする傾向は、有色人種の私たちから見ると、物語の世界的な普遍性を損なっている、と感じる香りもする。

しかし、「ナルニアものがたり」は、トールキンの「指輪物語」より、単純でシンプルで、寓意もわかりやすく、正義と邪悪、勇気と卑怯、私欲と無私の奉仕、といったテーマを指し示している。
正義と悪ははじめから資質的に分けられている、というわけではなく、誰もが悪になり得、誰もが正義になり得る、ということを大きなテーマにしている点は、単純とは言ったけれど、単純な勧善懲悪物語ではない。
誰もが気持ちの持ちよう次第で、正義と勇気と無償の愛を手にすることもできれば、失うことも出きる、ということを、少年少女の視点から、よく描いていると思う。

さて、次は「ゲド戦記」である。ふう。

「ナルニア」は「魔女とライオン」くらいは、原書でチャレンジしてみても良いかな、とも思っている。
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靖国A級戦犯問題の昭和天皇メモ
2006年07月21日(金) 13:55
なぜ、総理任期最後の8月15日を目前にした、この時期に? という素朴な疑問は湧くものの、書かれている内容そのものは、昭和天皇の非凡な英明さ、公正、正義を重んじる信念の強さ、感情に流されることなく、客観的論理性を尊重する科学者としての良き特質をも、証明した内容だ。
hirohitomemo.jpg


朝日新聞の記事はこちら
など、他にも関連記事あり。

戦争指導層や戦前戦中のマスコミ・国民も、戦後民主主義の波を受けたマスコミ・国民も、双方とも、右派左派陣営やら、狭義のナショナリズム、狭義の民主主義、親アメリカ追従、などの「影響」を付和雷同的に受けていたのだけれど、それらのあの過酷な時代の波の中で、昭和天皇その人は、それらの「影響」を超越した視点で、「何が公正なのか」という透徹した判断力を持っておられたことを、ある種の感激とともに実感した。

小沢一郎のコメントを引くのは業腹だが、まさに大御心である。

メモ本文そのものは以下のとおり、

私は 或(あ)る時に、A級(戦犯)が合祀され その上 松岡、白取(原文のまま)までもが 
筑波は慎重に対処してくれたと聞いたが
松平の子の今の宮司がどう考えたのか易々(やすやす)と 
松平は平和に強い考(え)があったと思うのに 親の心子知らずと思っている。
だから私(は)あれ以来参拝していない それが私の心だ


昭和天皇の崩御の前年の1988年4月28日の日付で富田朝彦宮内庁長官(故人)が天皇の発言をメモしていたものを、富田氏の家族が保管していた、という。

さて、この文章から、既に、昨日、今日のマスコミ報道は早くも、趣旨を読み違え、ミスリードする報道を繰り返している。

注目すべき、重要な点は「その上 松岡、白鳥までもが」という部分である。
(以下、白「取」の富田メモ原文の誤記は、白「鳥」に訂正して書きます)

そもそも、極東軍事裁判のA級戦犯とは何か。

28人が極東軍事裁判でA級戦犯となっているが、この中から大川周明は、精神障害が認められ訴追免除となり、永野修身と松岡洋右は判決前に病死しているため、A級戦犯として結審確定したものは25名である。

どのような基準で選び出したのか不明だが、1966年に厚生省が選出して名簿を出し、1978年に靖国神社が「昭和の殉難者」として合祀した14名は以下の通りで、25名のA級戦犯から12名と、結審していない、永野修身と松岡洋右の2名である。
いわゆるA級戦犯合祀問題で問題となっているのは、具体的には、以下の14名のことを指す。
その選抜基準は厚生省も靖国神社も明確には表していないし、右翼も、左翼もあまり論じていないが、
<絞首刑>の7名は全て含まれているが、禁固刑の中には終身刑が結審した者の中にも賀屋興宣のように、その後釈放され、衆議院議員となって、池田内閣で法務大臣になったりしているものもいる。

要は<禁固刑>の人は数年の前後はあるにせよ、1958年には釈放となっているので、1966年時点で(生きてる人を靖国に祀ることもできないから)死んでいて、「殉難した」=かわいそうなめに逢ったと判断された14名が靖国神社に合祀されたのであって、A級戦犯全員が靖国神社に合祀されたのではないし、永野修身と松岡洋右の2名は結審前に死亡しているので、正確には「A級戦犯」ではない

これらの14人は一まとめに論じられるが、この「一まとめに論じる」ところに、そもそも、不公正、論理的矛盾があるのだ。
合祀反対派にも、靖国神社側にも双方に、争点がハッキリしないのは、この14人を一まとめに扱うからである。

<絞首刑>
東条英機(陸軍大将、首相)
板垣征四郎(陸軍大将)
土肥原賢二(陸軍大将)
松井石根(陸軍大将)
木村兵太郎(陸軍大将)
武藤章(陸軍中将)
広田弘毅(首相、外相)

<終身刑、獄死>
平沼騏一郎(首相)
小磯国昭(陸軍大将、首相)
白鳥敏夫(駐イタリア大使)
梅津美治郎(陸軍大将)

<禁固20年、獄死>
東郷茂徳(外相)

<判決前に病死>
松岡洋右(外相)
永野修身(海軍大将)


平沼騏一郎は厳密には1952年仮釈放後すぐに病死なので<獄死>という表現は微妙だ。
靖国問題については、関連書籍がたくさん出ているので、そちらを参照していただくとして、細かくは書かないが、靖国神社とその前身の東京招魂社は、戊辰戦役以降の、日本政府軍側将兵の戦死者を英霊として、神として祀るという趣旨の元に設立、運営されてきたものである。

戦災で亡くなった民間人は祀られてないのはいうまでもなく、東郷平八郎や乃木希典のようにどんなに戦勲があっても「戦死」していないものは、靖国には祀られない。
その一方で、当時日本領土だった台湾、朝鮮半島などの出身の将兵は「戦死」していれば、本人や遺族の意向に関わらず、祀られている。

この考え方は国家護持体制下の戦前戦中靖国神社、通常の宗教法人となった戦後靖国神社でも変わらない姿勢であるべきだ。

そこで、「戦死」というものの考え方に関して、昭和天皇の
「その上 松岡、白鳥までもが」
というくだりは、重要なキーとなるお言葉だと思う。

もちろん、このくだりの直前に、
或る時に、A級が合祀され 
という言葉があるから、昭和天皇はA級戦犯の合祀に、全般的にご異論があった、ということは自体は、大きな意味では、そうだろう。
これは、1995年の徳川義寛元侍従長の証言からも、既に明らかになっていたところだ。

しかし、今回のメモで、
その上 松岡、白鳥までもが
と、おっしゃられていたとすると、昭和天皇がこれら14人のA級戦犯を必ずしも同列に見ていたわけではないことがわかる。
小磯国昭や永野修身の名はあげす、松岡、白鳥までもが、と言っている。

なぜ、「松岡、白鳥までもが」なのか…
それは、松岡と白鳥が軍人ではなく、さらに刑死したわけではなく、獄中、公判中に、病死した人物であるという2つの条件に当てはまるからであることは明瞭だ。

日本軍人として「戦死」した英霊を祀る靖国神社の祭祀論からして「松岡、白鳥までもが」入るのはおかしいのではないか?
という疑義を明示されているのである。

靖国にA級戦犯を合祀することに賛成な人たちの論拠は、サンフランシスコ講和条約が締結されるまで、わが国は交戦状態にあって、その交戦状態下で行われた「極東軍事裁判」は「軍事行動」の一部であり、「極東軍事裁判」による刑死は「軍事行動」による死であるから、「戦死」だ、という論拠である。

しかし、この論を認めたとしても、2つのレベルで、立ち止まって熟考する余地があるのである。

一つは<絞首刑>になった7名の中の広田弘毅の問題である。
彼は「文官」であった。軍人ではない。
極東軍事裁判が軍事行動であり、それによって刑死したと、認めたとしても、軍人ではない広田弘毅を、何故「戦死」とできるのか。
…という、まず、一つ目の「軍人か文官か」というレベルの問題である。

もう一つ目のレベル、というのは、極東軍事裁判で<絞首刑>ではなく、終身禁固を含む<禁固刑>を受けた人たちである。
かれらの死は、もちろん軍事裁判と、拘留生活によって、心理的身体的に疲弊は受けていたであろうが、「死」そのものは、極東軍事裁判によって直接もたらされたものではない。
これを「戦死」と言って良いか?、というレベルの議論である。

昭和天皇は、広田弘毅に触れず、小磯国昭や永野修身に触れず、松岡洋右と白鳥敏夫に関してあえて、「…までもが」と言ったのか。

この御意図は、A級戦犯合祀そのものに、全般的に反対である、という基調の上で、さらに、「文官で、病死したもの」「…までもが」なのであることは明確である。

すなわち、譲って、極東軍事裁判が軍事行動だったと認めて、それによる「死」が「戦死」だと認めるにしても、「文官で、病死したもの」「…までもが」入るのはおかしいのではないか?
というお考えだったろうと思う。

極めて、論理的、客観的な視点から、バランス感覚を失わず、様々な立場の人の考えを忖度した上でのお考えだったことが伺える。

朝日新聞は
昭和天皇の「不快」の一因が、特に国を対米開戦に導いた松岡外相の合祀だったことがうかがえる。
と書いているが、そういう、個人的な人物好悪でご判断されたのではないことは、明確である。
その点を朝日新聞は読み間違えている。
絞首刑になった7名の中にも、天皇が個人的に好意を持っていなかったことが各種証言で明らかな人物も含まれており、対米開戦への貢献度や、戦争推進の貢献度の高い低いを、靖国に祀られるべきか、そうでないか、の判断基準になど、できないことは、神社側、中国や韓国、国内左派右派どの立場にたっても、明瞭である。
昭和天皇は「不快」な人物が、靖国に祀られるのは嫌だ、というようなエモーショナルな判断で物事の理非を考えるお方ではない。

「筑波は慎重に対処してくれたと聞いたが」
と言っている筑波藤麿宮司は、旧皇族の山階宮菊麿王の三男である。
筑波藤麿
生没年:1905-1978
父:山階宮 菊麿王
1928-1947 侯爵
従三位靖国神社宮司


1966年に厚生省からA級戦犯の祭神名票を受け取ったが、10年以上、手元に握り潰して合祀していなかった。
1978年に筑波藤麿が没すると、その後任として靖国神社宮司となった松平永芳は、就任するやいなや、合祀を実施している。

「親の心子知らずと思っている」
と昭和天皇が述懐されているこの松平親子
松平慶民
生没年:1882-1948
父:越前福井藩十四代藩主 松平慶永
義父:侯爵 松平康荘
越前藩分家当主
1906- 子爵
侍従兼式部官
式部次長兼宗秩寮宗親課長
式部長官
1946 宗秩寮総裁
1947 宮内大臣


子の松平永芳は
松平永芳
生没年:1915-2005
父:子爵 松平慶民
海軍少佐
自衛隊一等陸佐
1978-1992 靖国神社第6代宮司
1995-2005 福井市立郷土歴史博物館長
(養子)秀治(子:永経)


親の松平慶民は、福井藩主家当主としては、養子が間に数人入るが、あの松平春嶽の実子である。
宮内畑一筋で宮内大臣。
戦後処理でも天皇の側近として、東京裁判対策、天皇非追訴対策に挺身した。

一方、子の松平永芳は海軍少佐。
戦前戦中に軍人だったことは、当時の華族として珍しくないが、戦後も自衛隊一等陸佐となっていることは、殿様の家柄としてはちょっと珍しいと言えるだろう。
バリバリの軍事畑から、靖国神社宮司に、ということで、拠って立つ思想が、親子で異なるのもむべなるかな。

上記経歴の出典は素晴らしいサイト「世界帝王事典~各家成員リスト」からである。
このサイトすごいです。

また、いずれにせよ、天皇と戦犯問題を語るとき、戦争犯罪ということについて、昭和天皇は最初にマッカーサーに会ったときに、「自分が全ての責任を取る」ので、他の者は訴追を免れる方法はないものか? と発言していることを前提に、天皇から見たA級戦犯視点を見なければいけない。
昭和天皇は、そもそも罰せられるべきは、まず自分自身であって、東条以下も訴追を免れる手段はないものか、と考え、行動していたのである。
決して、他人事として、戦犯を突き放してみていたわけではない。

東条以下が死刑に値するか、極東軍事裁判が国際法上合法か、という議論と、彼らを靖国に祀るべきか否か、ということは、別の物差しで計らなければならないのである。

悪い人は靖国に祀っちゃダメ。良い人は祀ってもいいよ。という幼稚園レベルの議論ではないのだが、朝日新聞の上記の松岡洋右の論は、まさにこのレベルの論である。

最初の何故、今なのか、という問題に戻れば、この昭和天皇メモで、「ナニ考えとるんじゃっ!」と難詰されているに等しい当事者・松平永芳元靖国神社宮司が、昨年までご存命だった、という事情もあるだろう。
富田家ご遺族は、さすがに、松平永芳氏、ご存命中は、この内容は公表できない、と判断されていたのかもしれない。
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現代音楽とは
2006年07月20日(木) 18:14
「現代音楽」という言葉でくくられる、ある意味万人に共通した「イメージ」あるいは、ジャンル、もしくは特定の作曲家というものがあると思う。
CDショップに行くと「現代音楽」というコーナーがある。
下手をすると、シェーンベルクや、アルバン・ベルク、ウェーベルンなども「現代音楽」に入っていたりする。
リゲティや、ルイジ・ノーノ、シュトックハウゼンなどは、間違いなく「現代音楽」に分類されているのだろう。
文字通りの意味ではこれらの曲は数十年以上前に書かれた曲であり、「現代」の音楽ではない。

ベルクの「ヴォツェック」は1925年の作品である。
試しにこの前後に初演された曲を列挙してみると…

1924:イベール「寄港地」、プーランク「牝鹿」、シベリウス交響曲第7番、ラヴェル:ツィガーヌ、ヤナーチェク「利口な女狐の物語」、レスピーギ「ローマの松」

1925:ニールセン交響曲第6番、ベルク「ヴォツェック」

1926:プッチーニ「トゥーランドット」、ショタコーヴィチ交響曲第1番、ヤナーチェク「シンフォニエッタ」、コダーイ「ハーリ・ヤノシュ」、バルトーク「中国の不思議な役人」、シベリウス交響詩タピオラ、

1927:ベルク「叙情組曲」、バルトーク:ピアノ協奏曲第1番、ショスタコ2番

1928:ストラヴィンスキー「ミューズの神を率いるアポロ」、ラヴェル「ボレロ」、シェーンベルク「管弦楽のための変奏曲」、ガーシュイン「パリのアメリカ人」

1929:レスピーギ「ローマの祭」

1930:ショスタコ3番、ルーセル3番、ショスタコ「黄金時代」、コダーイ「マロシュセーク舞曲」、ストラヴィンスキー「詩篇交響曲」

1931:メシアン「忘れられた捧げもの」、ルーセル「バッカスとアリアーヌ」、ディーリアス「夏の歌」、ストラヴィンスキー「ヴァイオリン協奏曲」、グローフェ「グランド・キャニオン組曲」

1932:ラヴェル「左手のためのピアノ協奏曲」、ラヴェル「ピアノ協奏曲」

1933:ヴァレーズ「イオニザシオン」、リヒャルト・シュトラウス「歌劇アラベラ」、ショスタコーヴィチ「ピアノ協奏曲第1番」

1934:ショスタコーヴィチ「歌劇ムツェンスク郡のマクベス夫人」、ヒンデミット「画家マチス」、ヴォーン=ウィリアムス「グリーンスリーヴズによる幻想曲」、ラフマニノフ「パガニーニの主題による狂詩曲、

1935:ガーシュイン「歌劇ポーギーとベス」、ルーセル4番、プロコフィエフ「ヴァイオリン協奏曲第2番」

1936:ベルク「ヴァイオリン協奏曲」、プロコフィエフ「ピーターと狼」、ラフマニノフ交響曲第3番

1937:バルトーク「弦打チェレ」、プロコ「キージェ中尉」、ベルク「歌劇ルル」、オルフ「カルミナ・ブラーナ」、コープランド「エル・サロン・メヒコ」、ショスタコーヴィチ交響曲第5番

1938:バルトーク「2台のピアノと打楽器のためのソナタ」、オネゲル「火刑台上のジャンヌダルク」、ヒンデミット「いとも気高き幻想」、コープランド「ビリー・ザ・キッド」、バーバー「弦楽のためのアダージョ」

1939:バルトーク「ヴァイオリン協奏曲第2番」、ショスタコーヴィチ第6番

1940:プロコフィエフ「ロメオとジュリエット」、バルトーク「弦楽のためのディベルティメント」、リヒャルト・シュトラウス「紀元2600年のための祝典音楽」、ストラヴィンスキー「ハ調の交響曲」

1941:ラフマニノフ「交響的舞曲」、メシアン「世の終わりのための四重奏曲」、バーバー「ヴァイオリン協奏曲」、ブリテン「シンフォニア・ダ・レクイエム」

1942:ショスタコーヴィチ交響曲第7番、コープランド「ロデオ」、ハチャトゥリアン「ガイーヌ」

これらを一覧すると、我々が抱いているイメージと、実際に曲の作られた年代に大きなギャップがあることに気付くと思う。

例えばプロコフィエフの交響曲第5番は1945年の作品だが、この曲やガイーヌなどは、「現代音楽」というカテゴリーに入ることなく、いきなりクラシックのレパートリーに定着したのだと思われる。
バーンスタインの作品もそうだろう。

「現代音楽」というカテゴリーは、その曲が作られた時代を表しているのではなく、クラシック・レパートリーに定着していない曲を、「とりあえず仮置き」>しておくためのカテゴリーなのではないのか。

つまり「現代音楽」という肩書きが着いている間は、クラシック・レパートリーとしての市民権を得られていない、と判断できる。

1910年代、20年代を見ると、上に列挙したものよりももっと多いのだが、それでも1940年代までは、毎年3~4曲のレパートリー作品を生み出していた、20世紀前半が本当に羨ましい。

20世紀後半の50年間にわれわれは、いったいどれだけのレパートリー作品を得ることができただろうか?

<多分この話題は、続編があります>
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秋篠宮妃紀子さま、帝王切開へ
2006年07月19日(水) 13:25
マスコミもその後の経過は、自粛して見守るという姿勢だったのだろうが、昨日の朝日新聞に
紀子さま「部分前置胎盤」と診断 帝王切開で出産へ
という記事が出た。

大事はないようだが、36週から37週に帝王切開するのが一般的な処置であるとのことで、自然分娩に比べると、早まることになりそうだ。

日本の歴史が大きく変わる運命の日が、前倒しになりそうである。

こういう経過を考えると、紀子様に第4子というのは、望みが薄いのかな。
母体に危険なく、次も出産できるようであれば、男女に第3子が男女いずれであるに関わらず、是非とも第4子をお願いしたいところである。
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攻殻機動隊のこと、DISCUSのこと
2006年07月18日(火) 17:30
いささか唐突、かつ遅れた話題だが、「攻殻機動隊」Stand Alone Complexの1st-Gig、2nd-Gig、各26話、全てを見終わった。
レンタルDVDを利用した。

「攻殻機動隊」というアニメ・シリーズがそもそも何者かについては、Wikipediaでもご参照いただくとして、
私が今回、ちょっとタイミング遅れだが、キャッチアップした主たる理由は、この作品のBGM音楽である。
音楽は菅野よう子が担当している。

菅野よう子の音楽にハマっている私としては、当然、抑えておかなければいけないもので、サウンドトラックCDは以前から持っていたのだが、アニメ本編は見ないままに来てしまっていた。

テレビシリーズもののDVDは買ってコレクションしてしまうと、スペース的にも切りがない。
ただでさえ、蔵書、蔵CDが桁違いに多い私の場合、家族の顰蹙を買うことも必至である。

そこで、調法するのが、数日前にも朝日新聞別刷り「Be」にも紹介されていたが、宅配DVDレンタルシステムである。

具体的にはTSUTAYAのDISCUSである。

これは非常に便利な仕組みだ。
郵便で届き、返却もポストに投函すれば良い。
DVDの中身だけのサイズが、ギリギリで普通郵便のサイズに収まることを利用した仕組みだ。
緩衝材も何もなく、これで本当に大丈夫なのか?
とも思うが、買うわけでなく、見れれば良いというレンタルだから、顧客も納得しているのだろう。
TSUTAYAなど、レンタルショップ側は、将来的に、通信システムのイノベーションによって、メディアを介さずに映像配信が可能になる時代にも、この宅配レンタルシステムで構築した顧客ネットワークは、そのまま有効にシフトできるだろう、と読んでいるようだ。
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マリスタ2連投も…
2006年07月17日(月) 22:26
昨日に続き、今日もマリスタに2連投出撃。今日は娘連れではなく、単身です。

雨は降ってましたが、渡辺俊介で、イーグルスということで、楽勝かと思われましたが…。
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雨の中投げる俊介

マリーンズは、ベニーは故障で登録抹消中ですが、さらに福浦、フランコ、ワトソン、大松もスタメンからはずすという、飛車角落ちの余裕のラインアップでのぞみましたが。
俊介がフェルナンデスに3ランを浴び、マリーンズのチャンスはイーグルス、鉄平、磯部のスーパープレイで切り抜けられ、1点も取れず6回降雨コールド、試合終了。

ここが踏ん張りどころ、という試合だっただけに、ファーストにパスクチ、DH辻、青野をレフトに入れる、という形が良かったのかどうなのか?

有銘も良かったですが、俊介が打たれすぎましたねえ。
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ライオンズ戦、12回まで観戦するも惨敗
2006年07月16日(日) 21:49
今日は久々に娘とマリンスタジアムへ。
夏休み最初の日曜日ということもあり、ファミリー含め、たくさんのお客さん。
外野応援席は、スコアボードを超え、レフトスタンドに、2ブロックほどもはみ出る陣容。

内野席も「立って応援する」人が多く、私らも内野組でしたが、必然的に立って、ジャンプしてました。

昨日はワトソンが松坂から9回裏に劇的なサヨナラ勝ち。
勢いに乗って、首位西武2連戦全勝と行きたかったわけだが、清水直行が4点を取られてる展開だったが、サブローと里崎の劇的なあざやかなホームランで、4-4に追いつく。

しかし、その後がうまくなく、そのまま延長へ。
娘もクタビレながらも、途中で帰るのは嫌だと言い、延長12回まで、飛びはねましたが、12回表に3点取られて、終了、という、ぐったり疲れる試合でした。

我が母校も、今日、2回戦だったが、1回戦の22-1、コールド勝ちはどこへやら、やはりシード校は強い。多摩大聖ケ丘に0-7の完封、7回コールド負け。

無念な1日でした。
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いや、暑いすね
2006年07月15日(土) 13:43
千葉市は気温はいつも東京と比べると、夏は1~2℃低く、冬は2~3℃高いので、結構過ごしやすいです。
私の住まいの近辺も、昔は避暑地避寒地として、逗子とか鎌倉みたいに、別荘とかも多かったようです。
クーラーも非稼動の状態であまり必要を感じない日が多いのですが、さすがに、昨日、今日は、今年初めてクーラーつけました。

新聞の千葉面では、昨日は市原市で37.9℃だった、とのこと。

千葉市の小学校は今日から早くも夏休み突入で、しかし、今年は8月29日から授業再開とのことで、8月31日までの夏休みという季節カレンダーが今年はちょっと変わります。
2学期制、ゆとり教育の中で、いろいろ、試行錯誤しているようです。
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7/30谷津田イベント
2006年07月14日(金) 23:55
7/30には、いつもの谷津田でのイベント「田んぼの生きものとあそぼう!」 という、垂涎の催し物があるのだが、この日は姪のピアノの発表会と重なり、残念ながら不参加。

結構、休日の予定もバッティング気味である。
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高校野球 母校、一回戦は快スタート
2006年07月13日(木) 23:46
高校野球の地方予選が始まったが、我が母校は12日の一回戦は、22-1、5回コールド、という好スタートを切った

2回戦は、いきなり、第3シードの多摩大聖ケ丘と当たるわけだが、何とか突破してもらいたいものだ。

平成20年度には、中高一貫校への移行が決まっていて、現在6クラス×3学年ある高校が、1学年3クラス×6学年の中等教育学校へ変わっていくので、1学年のクラス数は減っていく。
中等教育学校の後期過程の子だけが、おそらく野球部は日常の練習は中高6学年一緒にやるのかもしれないが、高校野球への参加は後期過程の子だけになるわけで、一貫移行後は、なかなか、高校野球での活躍は難しくなるだろう。


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東京ドーム行ってきました
2006年07月12日(水) 10:43
一昨日、久々のビジター装束で、現場に檄を飛ばしに行くか。 と書いたが、実際、行ってきました。

東京ドームは今年3月の、WBCアジア予選の台湾戦以来。

マリーンズをビジターで応援する機会というのも、交流戦で東京ドーム・神宮球場に、行かなかったので、なかなか、機会がありません。
レフト側スタンドは、真っ黒軍団。
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サブローの美しい3ランで、決まった試合だったのですが、それ以降、全然追加点が取れず、福浦無安打で打率が下がっていく(と言っても普通の良いバッターになるという程度)のも、心配です。

小野晋吾→高木→神田→藤田→薮田→小林雅英、というリレーでしたが、ビジター側投手交代の度に、ライトスタンドのファン自発ではなく、球場側が大型ビジョンと場内PAで、「Hey! Hey! Hey! Good Bye Bye!」という音楽を流すのは、あれは、いかがなものか。
スタンドの応援団が「蛍の光」を吹奏する、というのは、他のチームにもありがちですが、球場側が、機械仕掛けでやる、というのはなあ、どうも好きになれませんでしたなあ。
ワンポイントとで、打者一人で抑えて交代しても、その度に「Good Bye Bye!」と音楽を流すセンス。
確かに交代&投球練習の間が持つ、という効果はありますが、あまり美しいものではありませんでした。

敵チームのヒーロー・インタビューを、場内のビジョン&音声で流さない、というのも、マリンスタジアム以外では当たり前の慣習なのかも知れませんが、改めて、マリスタの良さを実感しました。
7回表の敵チームの応援歌も、マリスタでは球場のビジョンとスピーカーでちゃんと流しますからね。
東京ドームでは、完全に自主モードで「We Love Marines」歌いましたが。

内野自由席は、3類側、1類側とも、結構満員状態で、2人連れだと、席を探すのは難しい感じでしたね。
外野は、レフト側は明らかに、あふれていて、後ろの立ち見スペースにも相当人がいました。
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しかし、フードコーナーは、早くも4回頃にほとんどの品が売り切れになり、何も食い物が売っていない状態に。(泣)

東京ドームは「パリーグファンに食わすクイモンはネェッ!」と、思っているのか、単にこんなに満員になると思っておらず、仕込数量を誤ったか。

いずれにしても、バファローズ戦連敗を受けて、11連勝と、トバシていたファイターズ戦、初戦を取ったのは大きい。
今日勝てば、ファイターズと入れ替わって、3位。
昨日は、イーグルスがもう少し頑張ってくれれば…というのはありますが、上位チームとは直接対決で、差を縮めていくしかないですね。
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しかし、ドームで野球見てみると、やっぱり野球は、暑い寒いはあるものの、屋外が良いなあ、と改めて思いました。
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ネット「わらしべ長者」
2006年07月11日(火) 12:55
昨日付けのIT Medea News に、ネット上の物々交換で、
クリップから「家」を手に入れた人物が紹介されていた

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カイル・マクドナルド氏は、↑を元手に、
クリップ⇒魚の形のペン⇒ドアノブ⇒キャンプストーブ⇒発電機⇒パーティーセット⇒スノーモービル⇒ヤークという町への旅行⇒車⇒レコーディング契約⇒米フェニックスの家に1年間住む権利⇒アリス・クーパーと半日一緒にいられる権利⇒KISSのスノーグローブ⇒ハリウッド映画に出演できる権利⇒カナダのサスカチュワン州キプリングという町の家。

という風に、13回の物々交換を経て、ペーパークリップを一軒家に変えた。
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やや小振りながら、3ベッドルームに、リビング、ダイニング、キッチン、バスルーム付きだそうである。

マクドナルド氏は、クリップから「家」まで、約1年で辿り着いており、これはまさに、ネット社会ならではのエピソードである。

顛末は、同氏のブログで詳細に見ることができる。途中の課程の品々の写真も紹介されている。

ここから先は、ちょっと悪乗りで、あまり共感が持てないが、新住民カイル・マクドナルド氏を受け入れる、キプリング、という町サイドは、マクドナルド氏を生涯名誉町民の称号を授け、家との交換が成立した日を「One Red Paperclip Day」とし、同氏の偉業に敬意を表して住民に赤いペーパークリップを身につけるよう奨励するという。

しかし、マクドナルド氏の偉業を持ってすれば、もう1年もすれば、キプリングのこの102㎡の家を元手に、ビバリーヒルズに、1000㎡以上の家を手に入れることも、さして困難ではないような気がしてしまう。

キプリングとはここ
失礼ながら、気の遠くなる田舎である。
我々の知っている街が出てくるくらいまで、地図を引くと、このあたりで、やっとウィニペグが図内に出てくる。
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バファローズ戦連敗
2006年07月10日(月) 17:39
大事な局面で下位チームに痛い連敗である。

仙台でのイーグルス戦は、○雨○と全勝で、それに続く、神戸・大阪での対バファローズ2連戦も、星が落とせない局面だったが、土曜日の神戸スカイマークスタジアムでも8安打で1得点、日曜日の大阪・京セラドームでも同じく8安打で1点、という拙攻というか、繋がらない打線、というか。

このあと、明日、明後日は東京ドームでのファイターズ戦。
久々のビジター装束で、現場に檄を飛ばしに行くか。
このあたりで立て直さないと、ズルズル行きそうである。
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棚田の草刈に行く
2006年07月09日(日) 21:14
今日は鴨川の大山千枚田の草刈に行く。
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今回も雨が心配されたが、降られずに済んだ。
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草刈は順調だが、稲の方は今年はやはり日照不足で、ちょっと遅れているようだ。
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ファイターズ負けないなあ
2006年07月08日(土) 12:58
とりあえず、3位争いをしている当面の相手、北海道に日本ハムファイターズ、11連勝。
ファイターズ11連勝は、1961年の東映フライヤーズ時代以来の球団タイ記録だそうだ。
このまま首位に躍り出る勢いだ。
ファイターズが強いと、マリーンズは、離されないためには、一つも落とせない、という苦しい状態が続く。

今日明日のバファローズ戦、負けられないなぁ。
そして週明けには、そのファイターズと東京ドームで直接対決。
何とかファイターズの勢いを止めたいものである。
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バリウムな七夕
2006年07月07日(金) 09:41
昨夜から、断食、断飲のうえ、朝一番で、バリウムを飲む。

Wikipediaより、
バリウム (Barium):原子番号 56 の元素。
1808年、ハンフリー・デービーにより発見される。元素記号は Ba。
アルカリ土類金属の一つ。銀白色の軟らかい金属で、比重は 3.5、融点は摂氏 990℃(704℃、727℃という実験値も存在)、沸点は摂氏 1537℃(1638℃、1850℃という実験値も存在)。
常温、常圧で安定な結晶構造は、体心立方構造 (BCC)。化学的性質はカルシウム、ストロンチウムに似るが、さらに反応性が高く、水と激しく反応する。

主要な鉱物は、重晶石(BaSO4:硫酸バリウム)毒重石(BaCO3:炭酸バリウム)などである。

レントゲンの造影剤として硫酸バリウムが使用される。
硫酸バリウム以外のバリウム塩は有毒なものが多い。

炎色反応では緑色になるため、花火などにも使われる。

スウェーデンのカール・ヴィルヘルム・シェーレ(C.W.Scheele)が1774年に発見。ギリシャ語の重い(barys)が語源。これは、他のアルカリ土類に比べて重いからである。


胃のレントゲン消化器検診のイヤなところは、終わった後もバリウムを排泄するという「イベント」が残る点である。尾篭な話で恐縮だが。

胃カメラは、何度も経験しているうちに、スムーズに飲み込むコツが習得できた。
胃カメラなら、誰かの替わりに進んで飲んであげても良いくらいだ。
胃カメラは終わったら、それで完全に終わり、きれいさっぱりである。
しかし、バリウムは、断食も、発泡剤も、バリウムそのものも、大して苦痛ではないが、終わった後がイヤである。
これで、きれいさっぱりすまない、というところが、イヤである。
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「殿様の通信簿」 磯田道史 著
2006年07月06日(木) 10:14
先般、ここで書いたが、この著者、磯田道史の「武士の家計簿-加賀藩御算用者-の幕末維新」

が、大変面白かったので、最近著の「殿様の通信簿」を読む。


今や、江戸武家の生活史の分野では山本博文氏に次ぐポジションを得た感のある磯田道史氏である。

江戸大名の本当の姿というのは、なかなか人の目に触れるものではないし、この「殿様の通信簿」は、元禄年間に幕府隠密がまとめた大名243人の人物評価を記した機密報告書とされる『土芥寇讐記』を元にエピソードを紹介している。

藩が残した「藩史」の類は悪いことは書かないし、なかなかどういう人物だったのか、ということは、後世に伝わる評伝は多々あるものの、客観的な評価というものは、「藩史」の類には、望めない。
その点この『土芥寇讐記』は、幕府の機密機関が記した、その時代の大名243人の人事考課の記録である。

非常に興味深い内容である。
この著作の章立ては以下のようになっている。

徳川光圀―ひそかに悪所に通い、酒宴遊興甚だし
浅野内匠頭と大石内蔵助―長矩、女色を好むこと切なり
池田綱政―曹源公の子、七十人おわせし
前田利家―信長、利家をお犬と申候
前田利常1―家康曰く、其方、何としても殺さん
前田利常2―百万石に毒を飼うべきや
前田利常3―小便こらえ難く候
内藤家長―猛火のうちに飛入りで焚死す
本多作左衛門―作左衛門砕き候と申されよ

これには、ややがっかりした。
243人の大名の記録だというから、もっと『土芥寇讐記』の内容をシンプルに現代語訳、紹介して、多くの人物に触れて欲しかったところだが、9章のうち3章を前田利常に充てるなど、内容には著者の好みと偏りが色濃く出ている。
前田利家自身は「江戸大名」とは言えないから、言及された江戸大名は6人である。

せっかく243人分の考課記録がある、というのだから、もう少し意外な人物も幅広く取り上げて欲しかったところだ。

おそらくは、著者は後日、この『土芥寇讐記』から、さらに多くの情報を紹介する著述をするのではあろうが、この「殿様の通信簿」では『土芥寇讐記』の原文は、それぞれ数行を引用はするものの、ほとんどは、著者自身の人物好悪も含めた史観を語ったエッセイであり、面白いことは面白いのだが、その点はちょっとがっかりした。
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ドンドン テポドン テポドンドン
2006年07月05日(水) 10:25
西から上がったミサイルが、ひがしーにおちーるうー。
Japanese citizens say
「え、たいへーん」
The Great Chairman says
「これで、いいのだぁ」
Citizens of DPRK reperat
「これで、いいのだぁ」
ドンドン テポドン テポドンドン
天才国家だっ
テーポドンドン!


笑っていられない茶番であるが、「これで、いいのだ」とマジメに思っているのだから、大変なことである。
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サンヨー・オールスターゲーム
2006年07月04日(火) 19:05
もう、ほとんど興味のある人がいないのではないかと思われる、オールスターゲームだが、本日、監督推薦を含む、出場予定選手が決まった
わがマリーンズからは、結局ファン投票では、捕手:里崎とサード:今江の2選手だけ。監督推薦で、小林雅英、福浦、西岡が入り、成績からして当然ではあるが、先発投手陣、外野手は全員お休み。

ファン投票が行われている頃はチームも首位だったわけで、福浦や、小林雅英など、ファン投票で入ってもおかしくないと思っていたが、チームが4位に落ちている、いまとなっては、まあ、こんなものかなあ・・・。
という感じですね。

休めて良いかなあ、くらいの感じ。

去年は、投手はコバマサのほかに、先発投手の清水直行、渡辺俊介、小林宏之の3人に、薮田も出ていて、野手は、里崎、福浦、西岡に加え、フランコ、季承も出ているから、今年はだいぶ寂しいといえば寂しい。
去年は今江は出ていないんだなあ。
まだ、この時期、ブレークしてなかったか。
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「琉球処分」のこと
2006年07月03日(月) 17:07
明治初年に、琉球王朝を日本に併合した、一連の「処分」を「琉球処分」という。

江戸時代、日清両属の国家として、存在していた琉球王朝は、自然に平穏無事に沖縄県になったわけではない。

そこには、独立国家を併合しようとする、覇権主義の端緒が見られ、軍事力を背景にした恫喝があった。

ヤマトに併合されることを、拒絶する人々もいて、清国も季鴻章が、元アメリカ大統領グラント将軍に、「琉球問題」の調停を訴える。
グラントは季鴻章の意を汲み、明治天皇との謁見の際に、「分島案」を提案する。
これを受けて日本政府側は日本を清国側からみた場合、欧米各国並みの最恵国待遇とすることの見返りとして、宮古・八重山を清国に割譲する、という「分島・改約」案を示す。
しかし、季鴻章は、「琉球三分案」を示す。
季鴻章の案は、「奄美」を日本に、沖縄本島周辺は「琉球王国」として、存続、宮古・八重山を清国に帰属させる、という案であった。
宮古・八重山の清国への割譲は、日本側、清国側双方の案にあり、このまま交渉が進めば、宮古・八重山は中国領になっていたところだったのだが、そうこうしているうちに、日清間の権益問題は、朝鮮半島を巡る問題が浮上し、琉球の問題よりも遥かに緊要な問題であったため、交渉の舞台がそちらに移っていき、その問題は日清戦争に繋がり、琉球の帰属問題は、国際問題としては、歴史の風塵の中に埋没していくのである。

「琉球処分」について、書かれた著述は、その歴史的重大性と比較して、驚くほど少ない。

朝日選書から1981年に出版された、新川明 著の「琉球処分以後」(上)(下)は、その数少ない貴重な著述の一つだが、Amazonでも長らく「在庫切れ」となったままである。
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今日もホークス戦、観戦
2006年07月02日(日) 17:53
今日もマリンスタジアムでホークス戦を観戦。
娘は千葉大のイベントに行くというので、フラレてしまい、オヤジ一人にて観戦。
残念ながら負けました。

試合前にはアメリカ独立記念日が近いので、在日米軍の軍楽隊による、演奏がありました。
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スコアボード上の風は、外野から、ホームベース方向なのですが、
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球場内では吹き返して、ホーム→外野方向の風になるという、いつものマリンの風、というのがよくわかります。
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風速13mの時もありましたが、今日はマリーンズには味方してくれる風ではありませんでした。
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応援も盛り上がり、マリーンズ・ファンはがんばって応援していましたが…。
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チャンスもあり、良いところまで行くのですが、18安打も打たれては・・・。
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9回に4点を追加されなければ、6-7でサヨナラ勝ちしてたわけですが、スポーツにifはないので…。

このあと、仙台、神戸、東京ドームと、3カードロードに出ますが、何とか立て直して欲しいです。
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