2006年09月30日(土) 15:58
昨日も書いたように隣のショッピングセンターがしたので、今日は家族3人で、お買い物に。
限定特価の品物も多く、私は自転車を衝動買いしてしまった。 実家を出て以来、つまり結婚してい以来、自転車を持ったことがないが、先日、妻が自転車を買い、娘と二人で近隣の公園まで出かけたりしていて、家族3人で出かけることもあるか、ということで。 Shimanoブランドの6段変速車が、税込\10,000。 値段に負けました。 スポンサーサイト
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2006年09月29日(金) 21:53
私の家の隣は、大手流通スーパーがあるのだが、先日来、リフレッシュ工事として、売り場改装を行っていた。
今日から改装オープン。 だいぶテナントも入れ替わり、確かにリフレッシュしている。 電話コーナーでは、またもや、最新ワンセグTV機能付が今日明日限り1円。 今まで全く無かった携帯メルアド宛ての迷惑メール先週から日に2~3通来るようになったのと、これはこの3ヶ月くらい前からだが、開けても電気が点かないことが多い。 3~4回開け閉めすると点くのだが。 番号にも、アドレスにも執着ないし、買っちゃうか、と、もうすぐ、番号キャリー制度も変わるこの時期に、新規購入。 SoftBankのロゴが入っているところが、非常に腹立たしい感じがするので、あまり長いお付き合いになりそうもないが、とりあえず、携帯、買い換えました。 |
2006年09月28日(木) 23:52
私は、時代小説、歴史小説への興味があるものだから、浅田次郎の著作に関しては、一般の読者と読む順番が違ってしまっていると思う。
![]() 普通であれば、直木賞受賞作「鉄道員(ぽっぽや)」1997で、浅田次郎に出会い、さらに前の吉川英治文学新人賞受賞の「地下鉄(メトロ)に乗って」1995、「プリズン・ホテル」などに行って、「壬生義士伝」、「蒼穹の昴」などへ、という順番なのだろう。 私の場合、「壬生義士伝」から入り「蒼穹の昴」、「五郎治殿御始末」などを読んでいたが、「鉄道員(ぽっぽや)」も未読で、「地下鉄(メトロ)に乗って」も、いつかブックオフで買おう、などと考えていて、今まで読んでいなかった。 映画化の話題で書店の店頭に山積になっていたので、まあ、いずれは読もうと思っていたわけだし、ブックオフにもなかなか行くチャンスが無いし、買っちゃうか、と買ってみたわけだが。 しかしこの「地下鉄(メトロ)に乗って」は、特に私にとっては、もっと早く読まねばならなかった作品だと言えるだろう。 冒頭で主人公は子供のとき、新宿から青梅街道の下に地下鉄が開通し、そこで初めて「地下鉄」に出会うわけで、地下鉄を見に行くのは「新中野」駅だ。 冒頭部分で主人公が歩く場所は「鍋屋横丁」であり「杉山公園」だ。 これは、私の街だ。 私の生まれた年に、丸の内線は新宿~荻窪間が全通しており、私は「新中野」駅を最寄り駅とする家に、結婚して実家を出るまで20年以上、暮らしていた。 私の実家は私の祖父が買った家だから、私の父も、まだ「新中野」などという概念は無かったその家で生まれ、育ち、私の母もその家に嫁に来た。 年譜を見ると、母が嫁いで来た頃が、丸の内線が新宿まで開通した頃だろうか。 私が胎内にいる頃に、丸の内線は我が家の前の青梅街道を掘り進んで来たことになる。 「地下鉄(メトロ)に乗って」の主人公が、地下鉄の駅構内の空気と匂いに「胎内にも似た安堵感」を感じるのと同様、私も物心付いてから何処へ出かけるにも「新中野」駅を起点として、外の世界へ出て行く日々を暮らしていたので、この主人公の感覚は実感としてすごく良くわかる。 踏み切りとかがある地上を走る私鉄はもの珍しく、第3軌条から集電して、ポイントで車内の照明が消えて非常灯が点く、あの乗り物こそが、自分の原初的な乗り物だった。 話の中身は書いてしまったら、元も子もない話だが、この10年以上前に書かれた作品は、既にこの時、近作と同様、読者を力強く引き込むパワーを既に十分に持っている作品であることに驚くと同時に、浅田次郎自身について、もっと少し知りたい、と思うようになった。 私にとってマサにツボを押されてしまったのは「新中野」での「地下鉄の匂い」の原体験の共有、という点である。 私も「新中野」駅の地下鉄の匂いを「胎内」のように感じ、外界と出入りをしていた。 |
2006年09月27日(水) 21:32
吉村昭の「陸奥爆沈」は、学生時代に呼んだ記憶があって、私の吉村昭体験のごく初期の作品だと思う。
![]() 今回は写真がある、セブン&ワイから その後「陸奥爆沈」の本は実家からの引越し荷物に見当たらず、でも、持っているはずだ、という思いもあり、また、新潮文庫の初期作品は店頭で見かけることが大変難しくなっていたこともあって、買い直してまで再読することがなかった。 吉村昭の死によって、書店には、追悼!吉村昭の帯の付いた本が、並び、その中に「陸奥爆沈」を見つけたので、これも何かの縁、と今更ながら買い直して、読む。 再読とはいっても、学生時代の事だから、完全に忘れており、初読と言っても良いだろう。 読んで、驚いたのは「戦艦武蔵」や「零式戦闘機」などの<プロジェクトもの>、「大本営が震えた日」のような戦記モノなどを読んでいて、吉村昭の先の大戦時を舞台にした小説は、こういう風合いのものだろう、という先入観があって、「陸奥爆沈」も、当然、その流れに連なる作品だろう、という思い込みがあった。 しかし「陸奥爆沈」は、他の吉村昭小説とは、全くスタイルを異にするものであった。 吉村昭の戦記モノは、もちろん生存者、遺族らの綿密なインタビューを経て、実名で語られる場合もあり、仮名を使う場合もあるが、主人公はあくまで、対象事件の「当事者」である。 しかしこの「陸奥爆沈」は、これを果たして「小説」と言って良いのか、終始、吉村昭自身の一人称で語られて行く。 小説というよりも「ルポルタージュ」そのもの、と言った方が良い形になっている。 アプローチそのものは、もちろん、事件事故の生存者、関係者へのインタビューを柱にしていることは変わりないのだが、取材する著者自身の視線で、全編が綴られている。 これは吉村小説としては、かなり特異なものだと言って良いのではないだろうか。 もちろん、この形は、この「作品」の価値を云々する上で、マイナスに作用することはなく、読者は、ルポライター吉村昭にいざなわれ、「事件」の真相に迫っていく、という意味では、他の吉村作品同様、リアリティあふれる緊迫感のある作品となっている。 そして、やはり、痛感させられるのは、この「陸奥爆沈」が書かれた時代、と現代との隔世の感である。 吉村昭は、爆沈事故発生現場を訪問するところから、インスパイアを得て、事件の全容を調べ始めるのだが、戦艦陸奥乗員の数少ない生存者たちは、もちろん存命で、会うことができているし、紹介されて次々とコンタクトを試みる方たちも、不幸にして鬼籍に入られていて徒労になる、ということはむしろ稀で、将官クラスの世代の方からもインタビューが出来ている。 エッセイなどで、第二次大戦の時期を舞台にした作品を書くのをやめ、幕末を中心とした時代小説の分野に筆を進めていった理由を、生存者に取材できなくなったからである、と書いていたが、まさに、この「陸奥爆沈」を読むと、吉村昭の関係者へのルポルタージュの有り様というものが良くわかり、これでは、書けなくなるのも当然だなあ、という感を改めて強くした。 代表作と言っても良い重要作品を、長らく不読で過ごしてしまった不明を恥じつつ、吉村文学の力強さに、改めて深い敬意を表し、追悼したい。 |
2006年09月26日(火) 23:52
宮尾 登美子 著の「天璋院篤姫」〈上〉〈下〉を読む。
![]() ![]() Amazonは何故か在庫切れなので、楽天ブックスから もちろん、この作品の存在は知ってはいたが、未読であった。 2008年のNHK大河ドラマになるそうなので、プラハまでの機中とフランクフルトからの機中で読んだ。 あとがきに著者も書いているが、将軍家、大名家を問わず、奥向きの事というのは、記す必要もなく、また、後世に書き遺すというものでもないから、表向きの男性社会の歴史と違って、一次資料が皆無と言っても良い状態のようで、その点は、大変苦労されただろうなあ、と思う。 天璋院篤姫は、薩摩藩の藩主一門家の今和泉島津家の島津忠剛の娘として生まれ、将軍の配偶者にとの思惑で、島津斉彬の養女に、さらに近衛忠煕の養女として、13代将軍徳川家定に嫁いだ女性である。 島津斉彬の政治的な意図での婚姻であったわけだが、嫁して間も無く、その養父島津斉彬が没し、配偶者の徳川家定も没する。 この作品の中で、宮尾登美子は篤姫を激動の時代の波浪の中でしっかりと生きる女性、として描く。 しかし、やはり大奥は表の情報は伝聞でしか伝わって来ないので、阿部正弘の死、堀田正睦の登場と失脚、井伊直弼の登場と安政の大獄、そして井伊直弼の暗殺死、など、幕末史の重大事件が、御簾の彼方の霞がかかったところでの事件として、伝聞でしか起き得ない、というところは、やはり奥の側から見る視点の新鮮さと引き換えに、幕末維新の激動の事件のドラマそのものは、生々しくは伝わらない。 篤姫自身の政略結婚自体も、そして、嫁として入輿してくる、皇妹和宮と家茂との結婚も、その狙いに反して、結果的には、幕末維新の大きな歴史の流れの中で、婚姻の成果そのものは歴史を動かすことは出来なかったわけで、天障院も和宮も、歴史の当事者にはなれていない点が、せっかくのこの時代を描くのに、ドラマの迫真性に欠ける点はいたし方ないことだろう。 大奥の女性たちの時代の緊迫性とは無縁の女々しい拘りの数々は描かれるが、さすがにNHK大河ドラマに仕立てるとなると、フジテレビ「大奥」の世界、というわけにも行くまい。 表の事件も、天障院が目にしていなくても、どんどん書いて行かなくてはならないだろうし、天障院が会ったことのない人物も、どんどん登場させねばならない形になるのだろう。 実際、天障院に限らず、この時代の将軍夫人たちは、表の役人たちとは直接会う機会などなく、観能の折などに、視界に入ることはある、という程度の関わりである。 松平春嶽や、伊達宗城、山内豊信といった、重要人物とも会って話す機会があるわけではない。 西郷と勝とは天障院は会っているが。 そういう人物を主人公にして、幕末維新史を側面から書いて行かなければならない点は、つらいシチュエーションではある。 2008年大河では、天障院は、今、朝ドラ主人公の、宮あおいが演るそうで、朝ドラヒロインのいきなり大河主人公抜擢は、なかなかスゴイことではある。 朝ドラ・ヒロインの宮尾登美子、ということでは、NHK時代劇の枠での田中美里の「一弦の琴」が思い出されるが、あれは、なかなか良かったと思う。 しかし、それにしても、宮あおいは、Web上では、の字が出せない環境もあり、Web上の様々な報道資料が、宮●あおい、宮●あおい、と書かれていて、記事の最後に、「宮●あおいの崎の字は大の部分が立」と注釈が付いているのだが、これでは検索エンジンにも引っかからないし、見た目も悪い。 の字に拘るのも考え物である。 芸名として何か対策をした方が良いように他人事ながら思える。 |
2006年09月24日(日) 23:19
今日のマリンスタジアム最終戦は、満塁で今江の走者一掃2ベース、またも満塁でベニーのグランドスラムと、チャンスでもう一本が出なかった今年のマリーンズを払拭するような素晴らしい試合でした。
諸積兼司選手の引退に花を添える形なりました。 モロさんの引退セレモニー、いつも笑顔のモロさんが、泣いてしまったので、もう、こちらも辛抱堪らず、感涙。 事前にオフィシャルサイト等で指示が出ていた、15cm×10cmの紙片の紙吹雪も圧倒的な量で、本当に素晴らしい引退セレモニーでした。 しかし、今期のマリーンズは外野守備では、本当に辛い場面が多かったので、後継者が育っていないところが、昨年の初芝さんの引退同様、ツライところですが。 引退会見でもあったように、ファームでも出番が与えられない、というのは、モロさんの年齢の選手とってはシンドイことだったと思います。 モロさんの一個年上の桑田真澄投手は、ファームでもちゃんと機会は与えられて、しっかり5点取られて敗戦投手にしてもらっているのに、彼は、まだ他でやるそうで。 今年は外国人がパスクチとワトソンとどちらも、どっちつかずに活躍し、なおかつ、大松も出て来て、モロさんの上での出番は、なかなか席が無かった、というのが現実ですが、そうは言っても安心して後を任せられる外野陣が揃ったという状態では全然ないので、仕方ない、とは思いつつも、モロさんの存在大きかったですね。 モロさんのレベルの外野守備ができる選手は今のマリーンズにはいない。 http://www.youtube.com/watch?v=yYGC2cVZhCg http://www.youtube.com/watch?v=id7bELD1A2A ![]() モロさん、たくさんの感動をどうもありがとう。 今日はいつも笑顔のモロさんの泣き顔なんて想像もつかなかったので、すごく動揺してしまい、一緒に泣いてしまいました。 |
2006年09月23日(土) 23:45
行こうかと思っていた、明日24日のマリンスタジアム。
何かファンクラブからも、売り切れ注意メールが来るし、今日の昼の時点で、既に明日のための行列が出来始めているとのこと。 また、東京ゲームショーも幕張メッセで開幕し、幕張界隈大混雑、との情報で、ちょっと、気分が萎えました。 自宅でGYAOでネット観戦にしたいと思います。 去年は10月、11月、なんだかんだと色々あったのですが、今年はもう明日で終わり? と思うと、やはり寂しいですね。 |
2006年09月22日(金) 23:50
今日22日金曜日は、普通の金曜日なのだが、なぜか会社のカレンダーが休日。
土曜日と秋分の日が重なったから、振替とか言ってるけど、今までそんな休日なかった。 土曜日も有休一斉取得で埋めてるのに、何でそんな休日設定があるのか、謎。 休めるのはありがたいが、今までこんな休みなかったのので、どうも皆、鼻をつままれたような、腑に落ちない感じでの昨日。 人事からわざわざ、明日は休みです。というメールが来てたりするし、ウチで話しても、何で休みなの?と訝しがられ。 他の人もそうだったようです。 家で不審がられて。 |
2006年09月21日(木) 23:44
なんと、消化試合にも関わらず、23日、24日のチケットについては完売警告メールが、ファンクラブから届いた。
諸積選手の引退セレモニーが予定されてはいるものの、Bクラスの順位が決まったこの時期に、満員札留注意報とは、ふがいない今シーズンであったが、すごいことである。 マリーンズ選手は一層の奮起、来期は、頑張ってもらいたいものである。 |
2006年09月20日(水) 23:34
タイは心配なことになったなあ。
バーツ安ショックから、順調に経済も立ち直っていただけに、前時代的な軍事クーデタとは。 でも、あの国の場合、国王という重石が外れることはない、という意味では、ある程度の範囲に収束するのだろうなあ、と思ってますが。 タクシンの退陣は、いずれにせよ時間の問題だっただけに、野党に有力な指導者がいなかった、という点が、不幸といえば不幸か。 いずれにしても、軍事クーデタというのは、不穏当であることには変わりはないですな。 |
2006年09月19日(火) 22:35
私の留守中にも、着実に借金を増やしたようで、早々と不動の4位を決定。
エンジンかからないまま、昨年の主力、特に怪我で誰かを欠く、というわけでもなかったのに、1年終わっちゃった感じですね。 昨年がフロックだったのか。 来年は巻き返してもらいたいものです。 ヴァレンタインの続投が報じられる一方で、諸積選手の引退表明。 など、ストーブ・リーグの話題もちらほら。 パシフィック・リーグは、本当に面白い首位争いになっており、プレーオフも1ファンとしては大変楽しみです。 全然放送がないのが残念ですけれど。 個人的には、ファイターズに頑張ってもらいたいものですが。 |
2006年09月18日(月) 22:50
昨日の続きだが、ウクライナ美女との立ち話は、彼女の荷物が出て来て、フランクフルト市内へと出て行くことで、終わりとなった。
私は彼女と話をするまで、ユーチェンコの反ロシア、親西欧政策を、何となく好ましいもの、に思っていたのだが、彼女は、ウクライナだけでなく、グルジアなど、反ロシアを鮮明にしている国々があるけれども、ロシアとの文化的、経済的な繋がりは、心情的には深いものがある、という。 特に、グルジアのように、宗教も文字も言語もロシアとは違う国は別として、ウクライナ、ベラルーシは、宗教もロシア正教で、言語も方言程度の違い以上のものはなく、思いのほか親ロ的感情を持っている市民もいるのだなあ。 と感じさせられた。 例えば非常に口やかましい厳しい親に育てられた子供が、ハイティーンになって、特に先の見通しがあるわけではないけれども、とにかく、うるさい親から干渉されたくない、という気分になって、外の世界は、何だか実態はわからないけれども、とにかく親元を離れた、一人暮らしを始めたい、と思うような感情が、ユーチェンコ・ウクライナを生み出したのかも知れない、と思った。 しかし、外の風は思いのほか冷たく、EUやアメリカからの投資と言っても、どれほど、親身になってくれるかどうかは、心許なく、気づいてみれば、やはり親子の血の繋がりの絆というのもは、思うの他、重要だったということに、外に出てみて気づいた(あるいは気づくだろう、ということを彼女は肌身で心情的に感じている)、というのが、今のウクライナの実態なのかも知れない。 チェコ、ハンガリーも、EUに加盟したとはいえ、昨日も書いたように、オーストリアとは、色々な意味でまだまだ格段の較差がある。 ウクライナがEU志向を強めたとはいっても、まだまだ、先は長いように思う。 |
2006年09月17日(日) 21:36
さあ、こちら時間16日で、旅も終わり。
フランクフルトから成田への機中にて。 今回のプラハ、ウィーン、ブダペシュトの旅行を通じて感じたことは、チェコもハンガリーも、EUに加盟したとはいえ、オーストリアとは色々な意味で歴然とした差がある、という実感だ。 いわゆる壁の崩壊から、もうすぐ20年に成ろうとしている。 しかし、旧東欧と旧西欧の差は容易に埋まるものではない。 今回、チェコ/オーストリア国境を3回通過し、オーストリア/ハンガリー国境を一度越えたわけだが、基本的に似たような田園風景が連続していているように見えるが、チェコ、ハンガリーに入ると、窓ガラスの割れた廃屋や廃工場、廃倉庫が目に付くし、同じ牧草地でもオーストリアの牧草地の手入れのされ方と、チェコ、ハンガリーの牧草地の手入れのされ方は、牧草の「毛並み」と言ったもので、明らかに国境を境に歴然と違う。 それとは別に、オーストリアの田園風景として、際立っているのは、林立する風力発電風車だ。 もう本当に「林立」している。 オーストリアが風力発電先進国であることは、書物の知識としては知ってはいたが。 丘の上とか、もう少し、風況の良いところを選んでいるのかと、思っていたら、もう、ところかまわず、風車を立てまくっている、という感じだ。 この発電風車の光景も、国境を境に歴然とした田園風景の違いとして印象深かった。 ブダペシュトから、フランクフルトまでのマレブ・ハンガリアン航空のチェックインゲートで、ボーディングが始まっても、私は早くひこうきの乗るのは意味がない、と常々思っているので、列が無くなるまで、待合椅子に座っていた。 となりに、オードリー・ヘプバーンにちょっと似た素敵な女性が座っていたので、それも私がなかなかチェックインしなかった理由でもあった。 そうしたら、その女性が、「あなたは忍耐強いですね」と話しかけてきた。 私:「ええ、飛行機に早く乗り込むのは、まったく意味がないと思うんですよ。飛行機の椅子よりも、この椅子のほうがゆったり座れるし、早く乗っても早く出発できるわけではないので」 オードリー・ヘプバーン女史:「そうですね。それに、空気も機内のほうが悪いし。お一人で旅行なんですか?」 私:「ええ、そうです。」 オードリー・ヘプバーン女史:「日本人では珍しいですね。日本人は皆、グループで旅行をするでしょ。」 私:「ええ、一般的にはそういう傾向がありますね。しかし、私に関して言えば、一人で旅をするのが好きなんです。 自分が行きたいと思ったところへ好きなときに行けるし。エキサイティングな体験をすることができます。」 オードリー・ヘプバーン女史:「そうですね。以前に日本人で自転車スウェーデンから、スイスまで旅をしている、という人に会ったことがあります。」 私「それはまた、チャレンジャブルな人ですね。」 と言ったところで、列も短くなり、そろそろ乗りましょうか、ということで、私は彼女がどこ国の人なのか、流暢だけれども、ネイティヴではない英語から、疑問に思って、「どちらからいらしたんですか」 「ユークレインです。」「は?ユークレイン?」「ウクライナです。」「ああ、ウクライナ、ユークレインですか」 などと話しながら機内に乗り込んだ。 フランクフルトに着いた後も長い通路を歩く間、なんとなく彼女と話しながら歩く形になったが、彼女は両親がジャガイモ畑を営っていて、これから収穫期なので、手伝いに帰るそうだ。 私がロシア語の挨拶をするので、ロシアとウクライナ、ベラルーシは言葉もそうですが、文化的にはほとんど同じなんですよ。と彼女。 彼女はパーソナルな意見だが、とした上で、ウクライナはユーシェンコのオレンジ革命で西側、EU、の方を向こうとしているこれども、ベラルーシ、ロシアと文化的な一体感はあって、ロシアに背を向けることは、心情的には疑問を持っているんです。 EUとの交流が盛んになっても、所詮ウクライナ人はEUで、肉体労働をする形のかかわりしかできない。…like slave… あなたは、ウクライナの進むべき道についてどう思いますか。 …と来た。 こういうところで、ちゃんと語れるかどうかが、流暢が語学力とは別物の、コミュニケーション能力である。 アメリカ一国超大国主義は、世界をあまり良い方向に導いているとは思えない。 冷戦時代の覇権主義的なパワーポリティクスに戻るわけではないが。ロシアにもそれ相当の存在感があった方が良いと思う。 ウクライナも西欧ベッタリで行くのは考えものではないか。バランスをとらないと。 という意味のことを言ったように思う。 彼女も石油については、ロシアの"Say Hallo"西欧、アメリカが投資をするといえばそちらに"Say Hallo"とやって行かなきゃならない、というような話。 もう既に、バッゲージ・クレイムまで来て、ボクの荷物は成田へ直行し、彼女は今日はフランクフルト泊まりなので、荷物が出てくるの待っているのだが、熱心にウクライナ情勢について語っていたので、彼女の荷物が出てくるまで立ち話。 雑感の続きは明日。 |
2006年09月07日(木) 07:15
昨日、生まれた親王さまと、それを巡る、日本の世相や、低迷するマリーンズの終盤戦の様子は気になるものの、数年ぶりにまとまった休暇を取り、今日から国外脱出、チェコ、プラハに向かいます。
一応、海外ローミングができる準備はして出かけますが、ホテルの電話というのは、ホントに繋いでみないとわからない、という部分がありますので、旅の途中で書き込みが出来るかわかりませんが、一応はトライしてみるつもりです。 |
2006年09月05日(火) 20:28
さあて、前もって日取りがわかっているというのも、畏れ多いことですが、いよいよ明日です。
週刊文春などは、秋篠宮が元学友に漏らした「男子」説を見出しにしたりしていましたが、今日のニュース番組も軒並み、プレご生誕ムード一色。 |
2006年09月04日(月) 21:49
先日、川崎重工が開発したリチウム水素電池を積んだ路面電車の実走行試験の話を書いたばかりだが、朝日新聞に、JR東日本も、この夏、世界初の「燃料電池電車」を完成させた。
との記事が出ている。 ![]() 昨今の石油高で、ガソリンも高騰し、自動車はガソリン車とハイブリッド車、併売車種では、ハイブリッド車が出荷台数で上回っている、とのニュースも聞かれる。 しかし、ハイブリッドでない、燃料電池単独の完全な「電気自動車」を実用化させようと思うと、街中の充電ステーションなど、インフラの整備が必要である。 その点、鉄道は、予めダイヤと走る場所が決められているから、充電のタイミングも場所も計画しやすい。 充電設備も自社内に設置すればよい。 また、車輌の構造の点でも、電池のサイズがある程度大きくても、鉄道車両の方が、逃げ場がたくさんある。 そういう意味では、「電気自動車」よりも「燃料電池電車」の方が実用化は近いといえるかも知れない。 JR東日本では来春には、本線での走行試験を開始するとしており、今後、このような色々な試みが出てくるのは楽しみだ。 |
2006年09月02日(土) 20:21
今日は私の誕生日だが、それとは全然関係なく、数日前のニュースから。
川崎重工は、かねてよりニッケル水素電池「ギガセル」の研究をしていて、それをSWIMOというLRVに搭載する実験をしている。 ![]() 先日、既存の路面電車の車輌を使った走行実験があった。 ![]() この筑豊電鉄から譲り受けた車輌は、パンタグラフが付いてしまっているので、今ひとつ、電池駆動ならではの雰囲気が出ないが、架線からの集電なしに走行できるのである。 充電なしで10km走行できるというから、もう十分、実用段階である。 路面電車は架線の敷設が工事費の上でも、都市景観の上でも、ネックではあったわけだが、架線が無くて走れるというのは画期的なことだ。 自動車と違って、路面電車は走行する距離と場所が決まっているから、充電をどういうタイミングでやれば良いか、容易に計画することができる。 ハイブリッドでない電気自動車は、街中に充電ステーションが出来ないと実用化できないが、路面電車なら、車庫や終着駅に充電ステーションを設ければよく、基盤整備が容易だ。 もっと多くの試作車輌を作って、熊本、長崎、広島、岡山、高知など、路面電車を将来的にも公共交通の中核と位置づけている都市で、走行実験をやってみてもらいたいものだ。 架線敷設が要らなくなれば、新線の建設も柔軟にできるようになる。 |