日々の雑学 ●●●
日々、ふと思ったことを書いていきます。   ・・・千葉ロッテ・マリーンズ、菅野よう子、再生可能エネルギー、自然環境、里山、棚田、谷津田、日本近世史、歴史小説、時代小説、クラシック音楽、・・・などなど。
週刊「藤沢周平の世界」創刊号届く
2006年10月31日(火) 23:57
朝日新聞社が、週刊「藤沢周平の世界」という、ワンテーマ・マガジンを発刊して、藤沢周平については、一通り押さえておきたい私は、朝日新聞に定期購読を申し込んでおり、本日、創刊号がポストに届いた。
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創刊号は「蝉しぐれ」を軸とした内容になっているのだが、値段の割りにいささか陳腐な内容で落胆する。

庄内の風景の上に、蝉しぐれ本編そのものを大きな活字で抜書きして、見開き2ページ一丁あがり、という部分が多い。

先ごろ出た、別冊太陽「藤沢周平」の方が1冊ではあるものの、個々の作品への切り込み方や、寄稿者の陣容なども充実しているような気がする。

まあ、成り行き上、30巻購読することになるが、天下の朝日新聞が満を持して、という期待があっただけに、少々がっかりである。

しかし、では、買わなくても良いのかと言われると、やはり、「押さえておきたい」アイテムであることには変わりないので、仕方がない。
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浅田次郎「日輪の遺産」
2006年10月30日(月) 23:25
My浅田次郎ブームはとどまるところを知らず、若書きの「日輪の遺産」を読む。

むぅ。上手い。面白い。そして何しろ強い。

登場人物たちの金鉄の強さが生み出す、昇華した精神性。
しかし、浅田氏の、歴戦の実生活体験に裏打ちされたエンターテイナーとしての筆力によって、物語は退屈な精神訓話にはならず、巻き込まれ主人公たちと一緒に、読者をも昇華された精神の域にいざなってくれる。

壬生義士伝で浅田次郎に出会って、著者の年譜を遡るような感じで読み進むのは、いささか順序を外しているのだが、それでも、面白いなあ。
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浅田次郎「椿山課長の七日間」を読む
2006年10月29日(日) 23:00
My浅田次郎ブームに乗り、映画化決定の話題作「椿山課長の七日間」を読む。

この作品は、朝日新聞の夕刊に連載されていたから、連載当時、断片的に目に入ってきていた部分もあり、主人公がどういうシチュエーションにあるのかは、だいたい連載当時からわかっていた。
しかし、今まで触手が動かなかったのは、私が浅田次郎の手法、というものを知らなかったからだろう。

「壬生義士伝」などの歴史小説でも、「鉄道員」でも「地下鉄に乗って」でも、浅田次郎は『時空を超える』という超常現象の揺さぶりの中に主人、あるいは読者をぶち込み、それを通して、常識という贅肉に包まれて見えない、人間の本来の姿を焙り出し、人間の本質に迫る、という手法は、浅田次郎に普遍的な手法なのである。

その意味では「時空を超えた超常現象の中に放り込まれて揺さぶられる」という浅田手法の優れた成功例と言えるだろう。

朝日新聞連載時は、こんなシチュエーションってご都合主義だなあ、と思っていた部分もあるのだが、「地下鉄に乗って」などを体験してくると、これこそが浅田小説の真髄だ、ということがわかって来ているので、浅田マジックに身をゆだねて、十分楽しめ、そして、感動することが出来るのである。

主人公を西田敏行&伊東美咲とした映画も、ちょっと見てみたい気もするのである。
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ワールドシリーズ&日本のストーブリーグ
2006年10月28日(土) 23:51
ワールドシリーズは、セントルイス・カージナルスが、5戦目で4勝1敗で、ワールドチャンピオンに。

奇しくも、日本シリーズと同様に、ホームでの最終戦での優勝決定となった。

田口が先発、フルイニング出場は、嬉しい限り。

しかし、やはり、短期決戦での勝敗というのはわからないもの。
カージナルスもポストシーズン出場した8チームの中では、お世辞にもレギュラーシーズンでは良かったわけではないから、その意味ではタイガースも同様で、ダークホース同士のワールドシリーズにはなったわけだが。

今日も、タイガースは信じられないような、守備のミスで自滅。

ファイターズにしても、カージナルスにしても、地元でのチャンピオン決定、というのは良いですなあ。
ウラヤマシイ。

来期こそは、と思いますが、来期からはセリーグもプレイオフ制導入となり、また違ったポストシーズンの盛り上がり方になってくるのでしょう。

ストーヴリーグも、優勝チームのFA資格を得た小笠原の去就が注目される中、マリーンズ瀬戸山球団社長は、小笠原は地元千葉の選手であり、是非とも、小笠原を取りたい意向。
しかし、小笠原を何処で使うのか。
左投げの福浦はファーストから動かせないとすると、小笠原がサード、今江の外野コンバート、あるいは、今江のセカンドコンバートか。
外野コンバートよりも、セカンドコンバートの方が座りが良いかな?

ドラゴンズも小笠原採りに動くようで、ドラゴンズの場合、アレックスを解雇したから、今シーズンからサードに定着した森野は、外野の出場も多く、小笠原サード、森野レフトというのは、座りが良い。

一方でドラゴンズは同じくFA資格を得たサブローにも触手を伸ばしているようで、確かに、アレックスをスタメンから外した日本シリーズ第5戦は英智のスタメン起用となったが、バッティングの安定度はやや見劣りする。

2500本安打をも目前にした立浪の外野起用も、しばしばあったので、これも一つの選択肢であると思うし、井上一樹は、右投手の時だけ、という起用だが、実績としては左投手も結構打っている。
しかし、年齢的な問題を考えると、立浪は別格としてそろそろ世代交代という意味では井上一樹の出番は減るのであろう。

中継ぎ陣が不安定なドラゴンズは落合(英)を戦力外通告したこともあり、より手薄になった。
同じくファイターズでFA権を得た岡島も欲しいところだろう。

ドラゴンズの選手補強の要点は、
1.信頼できるセットアッパー
2.10勝が計算できる外国人投手
3.アレックスの後を埋める打てて守れて走れる外野手
4.谷繁の後継者

1荒木、2井端、3福留(ライト)、4ウッズ、5小笠原(サード)、6森野(レフト)、7サブロー(センター)、8谷繁となれば、強力打線である。
もちろん、アレックスに替わる外国人外野手も取るのであろうが。

一方、マリーンズは、仮に小笠原が取れて、サブローが出て行ったとして、李
外野手15人のうち、8人クビにしてしまったから、
1西岡、2今江(セカンド)、3福浦(ファースト)、4小笠原(サード)、5ベニー(DH)、6里崎、7大松(ライト)、8空欄(センター)、9番空欄(レフト)という感じだろうか。
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朝日新書「天皇家の宿題」を読む
2006年10月27日(金) 23:44
朝日新聞社から、朝日新書が創刊された。
創刊第一弾の中に「天皇家の宿題」岩井 克己 (著)があるが、これを読む。



今まで、皇室問題の書籍は、様々な立場の方の著書をほとんど読んできたつもりである。

朝日新聞社刊の「朝日新書」ということで、しかも著者の岩井氏は朝日新聞の皇室担当記者である。

当然、読む前の先入観としては、朝日は「左派リベラル」論調であるから、リベラルな新時代の皇室像、女系容認の立場で書かれたものであろうという見込みもあった。

しかし、この著書は、天皇制の持つ「本当の意味」。
また「普通の家族」を望む皇室に対して、天皇制というもののレゾンデートルの真髄に匕首を突きつける、ある意味過激な「リベラル皇室批判」であって、正直、驚いた。

悠仁親王誕生を受けて書かれた皇室論だが、今まで、あまた出てきている、右派、左派、あるいは情緒的女性週刊誌的な皇室論、数々の皇室問題論の中で、傑出して、問題の本質に迫っている著作だと感じた。

私の「天皇家のあるべき姿」、「存在の拠り所」、視点、切り口、本質論に、これだけ、フィットする論に始めて出会った。

私は、右派、あるいは左派リベラルの皇室論の、いずれに対しても、天皇制の本質に関して、何か違和感というか、ちょっと違うのではなか、と感じていたが、この「天皇家の宿題」は、まさに「ボクの言いたかった事は、まさにそういうことなんだよ」という部分を明確にしてくれた論点であった。

天皇家、皇室問題に関して、今までの類書の中で、特筆すべき皇室論が出たと思っている。

朝日新聞記者の著作であるが、天皇制のあり方については、安易な女系容認論に、待ったをかけ、なおかつ、多くの政治家や識者が、悠仁親王のご生誕によって、当面、考えなくてよくなった、という認識に立っているのに対し、三笠宮寛人仁親王家の彬子女王が24歳を迎えているのを筆頭に、三笠宮家、高円宮家の5人の女王が、続々と結婚適齢期を迎えることに対して、「どうするのか?」という喫緊の問題である、という疑義を明示した初めての著書であるよう感じる。
この点も私の持論とまさに合致するところである。

右派・男系維持派、中道左派リベラル・女系容認派、両派に対して、「問題の本質を間違えてませんか?」という問いかけを発している。

皇室問題に興味のある方は、是非、この著書を、ジックリ読んで欲しい。
読み飛ばさないでじっくり読んで欲しい。

天皇制の本質、という問題に、単に「開かれた皇室」とか、雅子さまが可愛そうとか、愛子様が可愛そうとか言った、情緒的なアプローチに鉄槌を下すと同時に、反動的な男系維持派に対しても、同様に批判を加えている。
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日本シリーズ第5戦
2006年10月26日(木) 23:25
参った。恐れ入りました。完璧負けました。
ファイターズ、すごい。

日本プロ野球のためには、良かったのではないでしょうか。

地元のフランチャイズのファンがしっかり着いて、パリーグのチーム、選手に日が当たるというのは、良いことだと思います。

稲葉、すごい。恐れ入りました。

何か、来シーズンもプロ野球、ますます楽しみになったなあ。

しかし、テレビは新庄を映しすぎ。
却ってシラケてしまいました。
もっと他の選手も映してあげれいいのに。
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日本シリーズ第4戦
2006年10月25日(水) 23:14
もう、他の話題にしようか、とも思いますが、それも無責任なので、書きます。

完全に流れはファイターズですなあ。

フィジカル面でも、メンタル面でも、計算しにくい状況にあった金村が0封。しかも、建山、岡島が良くて、武田久を温存しての完封リレー。
横綱相撲と言えましょう。

まあ、メディアの取り上げ方も、ドラゴンズはすっかり敵役で、新庄ファイターズと道産子ファンにスポットを当てるというスタイルが出来上がってしまって。

しかし、井上のファールは惜しかった。
悔しい。

憲信に期待を繋ぎます。
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日本シリーズ第3戦
2006年10月24日(火) 23:12
テレビ朝日ゲスト解説の小宮山先生はこのゲームを評して「僅差」であった、と言ったが、まさにそう思う。

試合自体は、6-1と大きな得点差が開いた。しかしこれを小宮山先生は「僅差」であったと評した。
初回の朝倉の立ち上がり、これは、シーズン中でも安定を欠く場面があった朝倉であったし、初めての日本シリーズ登板ということであれば、仕方のない部分もある。

しかし、2回以降の朝倉は素晴らしかったのである。

8回の稲葉の3ランは、あれは、もう、信じられないような、正に神業、ゴッド・ハンドによるホームランであった。
球は朝倉の失投ではない。

その初回の朝倉の揺らぎ、と稲葉の神憑りを除けば、「僅差」の勝負だった、と小宮山先生は見たのだろう。

そもそも、メジャーを目指してスワローズを出た稲葉が、結果、現在ファイターズに居るということ自体が、運命のいたずらなのである。
近来、日本球界稀に見る、あの素晴らしい外野手3人は、突如として、ポコッと出来上がった3人なのである。

しかし、札幌ドームでのファイターズの勝利!というのは、絵づら的には絵になるのである。
この部分は悔しいが、仕方がない。

朝倉がシリーズ初体験とか言っても、ファイターズのピッチャーなどは皆が皆、初体験の集まりである。
北海道もファンも初体験である。
この勢いは怖い。

まだ先はあるが、中盤ではなかなか点の入らない、緊迫した試合が続くのであろう。

中田も背番号20を安心して任せられる、というところまで来ているわけではない。

心配である。
私が心配しても仕方ないのだが。
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ハンガリー動乱50年
2006年10月23日(月) 23:23
先月、何も知らずにブダペシュトから無事帰国したが、帰ってきたら大変なデモの騒ぎになっていて驚いた。

50年前の今日は、ハンガリー動乱のあった日である。

第一次世界大戦で敗戦国となってしまった、ハンガリー帝国、オーストリア・ハンガリー二重帝国が解体されたので、敗戦時にはハンガリー帝国、という状態だったわけだが、敗戦の代償として、トリアノン条約により、それまでのハンガリーの国土の半分にあたる、スロバキア、クロアチア、トランシルバニアの領域を、それぞれ周辺国に割譲することとなった。

その鬱屈が、第2次大戦でも、枢軸国側に組することに繋がり、再び敗戦国となる道に繋がるのだが。

今でこそ、東欧諸国はドングリの背比べという感じだが、ハンガリーは本来、大国であった。

割譲された地域のハンガリー人は、ソ連支配下の共産主義独裁国家の枠組みの中で、トランシルヴァニアのハンガリー人はルーマニア化が進められ、その他の地域も、ソヴェートの強大な父権による支配体制の中で、それぞれ、非ハンガリー化されていくのである。

ハンガリーの人民は2度の大戦の敗戦によって国土を奪われ、自由を奪われ鬱屈していた。

ハンガリー動乱は歴史の必然だと思うが、ソヴェートの支配が去った今日でもなお、ハンガリーの混迷は続いていると言って良いのだろう。

EU加盟は承認されたものの、Euroの導入は延期された。

私がノホホンと見物していた国会議事堂の前に、数日後、人々が押し寄せることになるとは思っても見なかった。
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日本シリーズ第2戦
2006年10月22日(日) 23:37
1戦目、2戦目は両チームとも簡単に点の取れない投手が出てくるので、緊迫したゲームになるだろうと思っていたが、やはり、その通りに。

似たようなチームだから、第1戦はドラゴンズに、今日の2戦目はファイターズに、という全く同じような形のゲームの流れになりましたね。

3戦目以降は、両チームとも先発の格が一段落ちるので、どういう風なゲームになるか、見通せないですね。

ドラゴンズ岡本は、良いときは良いけど、ダメなときはダメという、ホントに岡本らしいピッチングでした。

武田久に自信を付けさせてしまったのが痛いなあ。
ホームラン2本の2点だけ、で、終盤、全く攻められなかったのが、痛いなあ。

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今日は授業参観
2006年10月21日(土) 22:59
今日は授業参観。
昨年よりは少し良い教室の状態になったように思われました。
しかし、あれだけの数の子供全員にわかるように教えていくというのは、並大抵のことではないなあ。
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藤沢周平「花のあと」三読
2006年10月20日(金) 23:34
しばらく藤沢周平先生にご無沙汰してしまったので、短編集「花のあと」を取り出し、おそらく三読目だと思うが、読む。
表紙写真はセブン&ワイから


表題作も、もちろん良いが、「冬の日」も良い。「鬼ごっこ」も捨てがたい。

藤沢短編であるからして、もちろん十分に完結して、各編とも心地よい余韻を残すが、このプロット、このキャラクターなら、連作短編、長編にでもできるのではないか、と思えるようなものもある。

長編については、どんな話でどんな人物が出て来て、というのはきちんんと覚えているが、短編は忘れているものも多い。
藤沢短編のおさらいをしなきゃなあ、と思う。
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浅田次郎「歩兵の本領」を読む
2006年10月19日(木) 23:34
世の中すっかり、浅田次郎映画ブームとなり、私も遅まきながら浅田次郎に開眼し、エッセイ集「勇気凛凛ルリの色」全4巻を読了してしまい、「歩兵の本領」を読む。


これは浅田次郎以外には書けない本だ。

著者がかつて所属した陸上自衛隊を舞台にした物語だが、自衛隊という特殊空間とシャバとのギャップの中で、悲喜こもごもの人間模様を描く。

単に自衛隊のストイシズムを賛美するという切り口でもなく、カルチャーギャップによる笑い、という切り口だけでもなく、通読すれば、これは「人間とは一体、いかなる存在なのだろうか?」という根源的な問題を深く考えさせられる。

ここで描かれる登場人物が、皆、実に人間味があり、リアルな存在感があるのは、やはり著者の実体験なくしては描き出せなかった世界であろうし、この時代に物質文明の上昇気流の中で乱舞していたシャバを舞台にしては、絶対に描き出せない、生身の人間、というものが、柵の中を舞台とすることで、濾過され、あぶりだされているのである。

タイトルの「歩兵の本領」について、補足しなければならないのは、著者にとっても、私よりも上の世代の人にとっても心外なことであろうが、「歩兵の本領」とは、大日本帝国陸軍軍人であれば、だれでも知っていた軍歌のタイトルである。
ご存じなき方にはこちらのサイトなどが参考になるかもしれない。

さて次は何を読もうか。。。
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無糖炭酸(スパークリング・ウォーター)ブーム
2006年10月18日(水) 21:12
私は、お酒が全然飲めないこともあって、以前からガス入りの水が好きだ。
食事の時などに、サンペリグリーノなどのスパークリング・ウォーターを頼むことが多い。
特に海外で食事をするときには、たいていガス入りの水を頼む。

そんな私にとって、日本でなかなか、おいしいガス入りの水が手軽に手に入らないことは残念なことだった。

それが、この夏くらいから、一気に風向きが変わってきた。

調べると、大塚べバレジがクリスタルガイザー・ブランドのレモンフレーバーのものを輸入発売したのが端緒のようだが、会社に設置されている伊藤園の自販機にも無糖のスパークリング・ウォーター(シークワサー・フレーバー)が並び、キリンもNUDAなる無糖炭酸飲料を出してきた。
コカコーラも日本導入は初お目見えだが、DASANIというスパークリング・ウォーターを出してきた(というか、日本導入をしてきた)

世は無糖炭酸ブームなのか。

飲料各社は、従来のミネラルウォーター、スポーツ飲料、ウーロン茶、緑茶、ブレンド茶に加えて、このスパークリング・ウォーターを新たな分野として続々とラインナップしてきている。

私は今のところ、伊藤園の「しーくわさースパークリング」を愛飲しているが、このブームが一過性のものでなく、着実に定着していくことを願ってやまない。
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クールビズの行方
2006年10月17日(火) 23:23
さて、季節外れだが、クールビズの話題である。

昨年から一応、社命として通達されたクールビズだが、今年は開始月日も終了月日も明示されず、職場環境に応じて適宜判断せよ。

とのことで、なし崩しにクールビズに入り、そして、10月1日にはさすがに衣替えをするか、と思いきや、みんな、何となくそのまま、ノーネクタイで来ている。

元々、うちの部署は、クールビズ導入前から、水曜と金曜がカジュアルデイとされていたから、5日のうち、2日ノーネクタイで出勤していて、それで仕事上全く不都合はなかったので、そもそも、ネクタイをする必然性というのは乏しい。

私に関して言えば、現職場に移動になる前、入社以来、出向していた子会社勤務時代は、その子会社がそもそもギョーカイの会社であったので、スーツにネクタイなどというイデタチはむしろウサン臭がられ、ノーネクタイこそが、ある意味ユニフォームであった。

そういうサラリーマン人生を20年近く続けてきているから、ネクタイなどしない方が、業務の生産性が上がることは身に染みて承知しているし、できればラフな格好で勤務したいものだと思っている。

昨年は一応、9月末まで、という期間明示があったが、今年はない。

今日も、皆なし崩しにノーネクタイで出社している。
もう10月も半ばを過ぎ、もはやクールな格好ではないが、それでもノーネクタイだ。

この先、どのようなことになっていくのか興味深いが、できれば、なし崩しに、ノーネクタイにセーターのウォームビズに突入し、そしてそのまま、来年のクールビズに突入してもらいたいものだ、と密かに願っている。

おそらく我が社の社風を考えると、ちゃんとネクタイをしよう、とか言い出す人は現れないと思われるので、ノーネクタイがこのまま通年ユニフォームになっていくのではないか、と思っている。
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浅田次郎「勇気凛凛ルリの色」
2006年10月16日(月) 23:00
今更ながら浅田次郎に目覚め、エッセイ「勇気凛凛ルリの色」を読む。

面白い。
週刊現代の連載だから、10年前の時事ネタについて書かれている部分もあり、週刊誌としてリアルタイムに読まれることを前提にしているわけだが、それを割り引いても、実に面白い。

浅田次郎ファンというものが出来るのもわかるような気がする。

私も下戸で甘党だから、ウーロン茶を牛飲し、トップスのチョコレートケーキを1本食いする、という毎度毎度の浅田次郎氏の嗜好は理解できるのである。
私も子供の頃、虎屋の羊羹を1本食いしたことがある。

続編の「勇気凛凛ルリの色 四十肩と恋愛」も読了し、「勇気凛凛ルリの色 福音について」を読んでいるところである。
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追悼 吉村 昭(4)「冷たい夏、暑い夏」
2006年10月15日(日) 23:12
ネタはあったのだが、体調不良により、ブログの連続記録が、途絶えてしまった。

吉村昭の死によって、書店の店頭に、今まで店頭在庫の展示が無かった旧作が、「追悼!吉村昭」の帯と共に、並んでいる。

「冷たい夏、暑い夏」は書店で見かけなくなっていた上に、気になりながらも、未読であった作品である。
ネットショップではどこも表紙写真が見当たらないので、Amazonのリンクだけ貼っておく。

おそらく新潮社は品切れのまま、放置していたものを、吉村昭の死を「商機」と狙って、増刷したのかもしれない。

結果、吉村昭の死によって、店頭に登場し、私の目に止まり読むことになった。

読んでみて、なぜ私はこの著作を、吉村昭の死の前に読んでおかなかったか!!という取り返しのつかない悔恨を感じている。

この「冷たい夏、暑い夏」は吉村昭の実弟の癌闘病と、それを巡る、吉村昭本人、弟の妻、さらに長兄、次兄、吉村昭の妻で作家である津村節子らの、人間模様を書いたものである。

エッセイなどで、吉村氏の実母の子宮癌末期の惨状については知っていたものの、不覚にも吉村氏の実弟の癌闘病とその死、決して快癒が望めない中での激痛にのた打ち回る実弟の延命治療と、安静な死を願う吉村氏のエピソードは知らずに過ごしていた。

この作品が書かれた当時、吉村氏の長兄と次兄は存命だったが、三兄はやはり癌で亡くなっており、四兄は他のエッセイの中でも触れられているように、戦没している。

今回、吉村昭氏自身が病床で、自ら点滴の管を外し、ご夫人の津村節子氏のお言葉を借りれば「自決」を選んだ背景は、私は恥ずかしながら、実母の痛ましい最期と、氏が青年期に、ほぼ死を覚悟したご本人の肺結核闘病とその手術がもたらした死生観が、「自決」の背景にあるのだと思っていた。

吉村氏のすぐ上の世代は、四兄が戦死しているのに象徴されるように死が「約束」されていた世代であり、吉村氏本人もいずれ戦死するのだ、という覚悟をしていたと同時に、自身の肺結核によって、本来、死すべきであった人生を、ホンの運命のちょっとの差、何かの縁で「生かされている」という、自分の人生観を吉村氏が持っていることは知っていたことは、いくつかの著作やエッセイに垣間見える。

しかし、この「冷たい夏、暑い夏」に書かれた、実弟の闘病と死というテーマを読むと、今年の吉村氏の「自決」は、必然であった、ということを実感する。

死の生前にこの作品を読んでいなかった不明を恥じるばかりである。
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宮部みゆき「ブレイブ・ストーリー」を読む
2006年10月13日(金) 23:55
宮部みゆき「ブレイブ・ストーリー」(上)(中)(下)を読む。



今まで、宮部みゆきの作品は、時代小説しか読んでいなかったのだが、これも話題の作品ということで、読んでみた。

これは大作である。

長いけれども一気に読ませる。

少年の成長物語であると同時に、ファンタジーなのだが、ミステリーも手がける宮部みゆきらしく、エピソードに無駄はなく、長いストーリーだが伏線や、プロットも破綻がなく、ファンタジーにありがちな、ご都合主義的な矛盾もない。

成長物語であり、ファンタジーであるけれども、扱われているテーマは、人類が直面する問題の極めてコアな部分をシンボライズしている。

何が「正義」か?
という、カッツとロンメルの葛藤や、帝国の政策などは、現在の世界が抱える、政治の問題(例えばイラク戦争)を扱っているといっても良い。

私は宮部みゆきの時代小説を愛読していながら、宮部みゆきを過小評価していたかもしれない。
ブレイブ・ストーリー、文句なく面白い、エンタテインメント大作です。
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プレーオフ、凄いゲームでした
2006年10月12日(木) 23:28
いやあ、プレーオフ第2戦というのか、第3戦というのか、とにかく今日の試合ゲーム、凄いゲームでした。

斉藤和巳はどう考えても打てそうもないナイスピッチング。

ファイターズは最後は気合で勝った、という感じでしょうか。

チャンスはホークスの方が、3塁までランナーが行ったりしてましたけど、八木は素晴らしかったけれど、昨日のダルビッシュ同様、守備に助けられた場面もありましたね。
きわどい判定のプレイもあって。

最後のプレイは、稲葉のセカンドゴロは、どこへ投げてもセーフだったかもしれませんが、ヒチョリの2塁からホームへの激走と、敬遠で出た小笠原の2塁への激走。
セカンドはフォースプレイだったのに、小笠原、気迫の激走で、セイフ。
稲葉も凄いし、ヒチョリも凄い、小笠原も凄い。

斉藤和巳は9回裏のサヨナラの場面は、実施的にはヒットは打たれていないわけだから悔しいだろうなあ。
松坂とのエース対決でも、涙を飲んでいるし。

NHK-BSの解説の梨田さんが言ってた通り、内野ゴロでセカンドからホームへ走るヒチョリ、セカンド、フォースプレイでセイフを勝ち取る小笠原の走り、この気合の髪の毛一本の差で勝ったという感じでしょうか。

ホークスももちろん、隙のない息が詰まるような緊張したプレイをしてましたし、その上、斉藤和巳の素晴らしいピッチングだったんですが。

しかし、2年目の20歳のダルビッシュと、ルーキーの八木。
昨年まで全く計算外だった投手2人だけで、プレーオフ勝ち抜いてしまうわけですからね。
武田久、マイケルを使わずに。
たいしたもんです。

それにしても、ファイターズの外野手3人は、素晴らしい陣容で、うらやましい限り。
でも、ヒチョリも実質今年から、のようなものだし、SHINJOは今年で終わりだし、稲葉も2年前まで居なかった選手ですからね。
何がどう変わるかわからない。

外野手ではないが、スワローズの土橋が戦力外になっているのは、ちょっときになる。
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ダルビッシュ、ナイスピッチン
2006年10月11日(水) 21:55
北朝鮮の動向も気になる毎日ですが、プレイオフ第2ステージ、ファイターズはダルヴィッシュの完投で、武田、マイケルを使わずに勝利。
早くも王手である。

明日はファイターズはルーキー八木だろうが、ホークスは中4日で斉藤和巳を持ってくるのだろう。
良い試合になりそうで楽しみである。
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奉祝 ドラゴンズ優勝
2006年10月10日(火) 23:57
ドラゴンズファンでもある私にとって嬉しいドラゴンズの優勝。

一昨年は西武ドームまで応援に行ったが、今年は札幌か福岡だから行かれないなあ。

いずれにしても、マリーンズ相手ではないので、昭和29年以来の日本一、是非勝ち取ってもらいたいと思います。
楽天を除く11球団で、最も長く日本一になっていないチームですからね。

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プレーオフ第1ステージ
2006年10月09日(月) 23:32
ライオンズの先勝、2戦目のホークスの大勝で、タイとなったものの、西口を温存したライオンズと、今シーズン3勝しかできなかった寺原という対決では、正直、ライオンズ有利か、と思っていた。

しかし、寺原も出来がよかった。
リリーフ投手陣の落ち着きぶりもホークスが上回っていたか。
馬原は言うに及ばず柳瀬、藤岡は素晴らしかった。
ライオンズの山岸は可哀相な感じもしたが、同じ新人でも、涌井を使わずにシーズンを終えてしまったことはどうなのだろうか?
逆の展開になった場合、ホークスは杉内を投入しただろうか?

往年の神様稲尾様の例を引くのは、時代錯誤だろうが、この試合に負けたら終わりなのだから、松坂も斉藤和巳もベンチに入れる、という考え方もあっても良いのではないか、とも思った。

ホークスはレギュラーシーズン最後に6連敗、という不調で順位を落とし、首位争いから脱落していっただけに、ライオンズ、ファイターズに勢いがあるか、と思っていたが、短期決戦は何が起こるかわからない。
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渡辺俊介 著「アンダースロー論」光文社新書を読む
2006年10月08日(日) 18:06
今まで長谷川滋利の「適者生存」などの著作などはあったが、現役のプロ野球選手が新書を出すというのも珍しいことではないだろうか。

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渡辺俊介とは、千葉ロッテマリーンズの背番号31、渡辺俊介投手である。
「アンダースロー論」という題だが、往年の杉浦忠氏、山田久志氏、などの大投手と比べても、渡辺俊介ほどの低いリリースポイントで投げる投手は未だかつていないので、本格的アンダースローピッチャーとして、「アンダースロー論」を語るには、余人の追随を許さないという意味では、彼ほど「アンダースロー論」を語れる人間はいないわけで、面白い企画だと思う。

内容には、彼のアンダースローが完成するまでの過程や、実際にどのように投げているのか、体から指先まで、克明に書かれていて、渡辺俊介投手に興味のある人には必読の書と言える。

おそらく、著書の企画段階では、昨年の活躍とWBCでの活躍を受けて、出版社側はイケるのではないか、という判断をしたのかもしれないが、9月末に発売された今期、渡辺俊介はハッキリ言って不振である。

アンダースローピッチャーとしての「成功ものがたり」として企画されたとすると、そのあたりのギャップをどう埋めるのか、本を店頭で見たときには、疑問に思ったが、著書の後半では今シーズンの不振についても、しっかりと踏み込んで書かれている。

後半には松井ブルペンキャッチャー、橋本将捕手、辻俊哉捕手、里崎智也捕手の証言もあるが、これらも昨年の成功を踏まえた上で、今年の不振についても言及していて、単純な「俊介礼賛」ではない。

そして何より興味深いのは、俊介がプロ野球界に登場するまでの数奇な巡り合わせである。
高校時代、彼の同期の国学院栃木高校のエースは西武→巨人の小関(現外野手)であった。
渡辺俊介は大学時代も2番手、新日鉄君津の應武監督が、偶然から俊介のピッチングを見て興味を持つ。

これ以上はネタバレになるので、やめておくが、渡辺俊介が、どういう場面で何を考え、どう投球しているのか、ここまで書いて、相手打者に有利になってしまうのではないか、と心配になるような内容で興味深い。
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パリーグ・プレイオフ開幕
2006年10月07日(土) 22:18
パリーグのプレイオフは、齋藤和巳と松坂大輔の息詰まる投手戦で開幕。
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両投手とも見ていて打たれる気がしない好投だったが、決勝点となった7回の中島、カブレラ、和田の3連打は信じられない感じがする。
明日はどんな展開になるか。楽しみである。
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今日は幕張 直行直帰!
2006年10月06日(金) 23:05
今日は私にとってはウレシイ幕張直行直帰。
CEATEC見物(視察か?)である。
娘は昨日終業式で今日から秋休み。
こどもルームにあずけて、暴風雨の中、幕張メッセに向かう。

CEATECは豪雨の中、新味のない展示にも関わらずスゴイ人出。

込んでて途中で嫌になってくる。
ムラタセイサクくんなど、全然見えないよ。

液晶は確実に良くなっているが、やはり動画のパラパラ漫画感は、まだ気になる。

期待のSEDも東芝さんもずいぶんトーンダウン。
去年の方がジックリ見せていただいたような気がする。
苦心中ということなのか。
一昨年の展示から、進んでいないような気がするが、出す出すと言って、いい加減オオカミ少年状態である。

SEDは本当にモノになるのか心配になってきた。
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ベルギーの国内分裂
2006年10月05日(木) 23:13
昨日の朝日新聞に、ベルギー国内の南北対立の深刻化の記事が出ていた。

ベルギーという国は、北半分がフラマン語というオランダ語を話す地域で、南半分が
ワロン語というフランス語を話す地域だ。
首都ブリュッセルは両語併用の地域とされている。

フラマン語地域に属する小学校で、ワロン語の使用禁止が通達されたりしている。
担当者は、フラマン語の強制は、地域コミュニティーへの親和に不可欠だから、としているが。

フラマン語は概ねオランダ語であると言って良いものだが、オランダ人がベルギー人の話すフラマン語を聞くと、まったく意味は通じるが、言い回しなどが古めかしく、時代劇を見ているような感じがする、とい。

ベルギーの2言語併用は互いに敬意を払いつつ、上手く行っているものと思っていたのだが、内実はやはり深刻な溝があるようだ。

ベルギーという国は当初、南部の鉱山などの経済力を背景にフランス語圏の地域の人々が主導権を取ってきた。
それが、鉱山の衰退と、北部のアントワープの港を中心とした経済投資がオランダ語圏に集中したこともあり、現在ではオランダ語圏の方が経済面では牽引役となっている。

私の勤める会社もフラマン語圏のフランダース地方、アントワープに欧州全体を束ねる統括会社を置いているが、現地スタッフの採用についても、オランダ語圏の人間は英語が話せる人間が多く、同じベルギー国内でもオランダ語圏の方がビジネス上のメリットが大きいので、オランダ語圏にオフィスを構える。

ワロン語を母語とする人を排除しているわけではないが、採用条件に英語が話せることを入れると、結果的にフラマン語が母語の人が集まる、という形だ。

以前、ベルギー南部のナミュールの街で駅の軽食カフェでも、全然英語が通じなくて往生したことがある。

オランダ語と英語は非常に近い言葉である。
乱暴に言ってしまえば、英語とドイツ語の中間のような言葉である。

それらと、ラテン系の言葉フランス語系のワロン語は、距離が遠い。
フランス人はなかなか英語をしゃべらないが、ベルギーのワロン語地域の人もなかなか英語をしゃべらない。

パリのフランス人などはしゃべれるけどしゃべらない、のだと思うが、ベルギー南部の方たちは本当にしゃべれない人が多いのだと思う。

ベルギーはフラマン語、ワロン語各地域の自治性を高める連邦制を取ることにしたが、その結果、両方の地域に狭いナショナリズム、というか分離主義が生じている。

経済的なパワーを背景にフラマン語地域の人々の中には狭量な意見も出て、自分たちの税金でワロン語地域の人間を養う必要はない、といった分離主義を唱える人も出てくるのである。

北部ベルギーの分離独立を掲げる極右政党も出てきている。

EUの本部が置かれるなど、欧州統合の象徴として、平和な国家のイメージがあるベルギーだが、なかなか難しい問題を抱えているようだ。
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柏ナンバー、大ブレイク
2006年10月04日(水) 21:45
10月から、所謂ご当地ナンバー制度が解禁となり、栃木県の那須ナンバー、静岡県の伊豆ナンバーなど、観光地がイメージアップ戦略として申請していたところが多いのだが、制度スタートで、まず申請が殺到しているのが「柏」ナンバーである。

もともと、千葉県は以前は、千葉ナンバーと習志野ナンバーがあったところに、房総半島地域が袖ヶ浦自動車検査登録事務所の開設に伴い、千葉ナンバーから「袖ヶ浦」ナンバー分離新設、野田陸運事務所の開設に伴い、「野田」ナンバーが新設されていた。

「袖ヶ浦」ナンバーの設置時にも、もう少し、全国的に知られた名前、例えば館山ナンバーとか、木更津ナンバーの方が良いのではないか、と思ったが、東葛地区が習志野ナンバーから分離する際にも、野田自動車検査登録事務所の所在自治体名をそのまま取って「野田」ナンバーとなった。

しかし東葛地区でも、常磐線沿線ではない野田市は、松戸市、柏市、我孫子市などの住民から見ると、田舎のナンバーにさせられた、という印象が強かったのだと思う。

東葛地区でも柏は交通的も結節点で、東葛地区を代表するナンバーとして最初から「柏」ナンバーにしてもおかしくは無かったと思うが、栃木県で佐野に陸運局が出来た際に、佐野ナンバーではなく、ひらがな「とちぎ」ナンバーを採用したりしているのに対し、千葉県では杓子定規に陸運局の所在する自治体名をナンバー名にしてきた。

野田市民にはたいへん申し訳ないが「野田」ナンバーに対する不満は、野田市以外にお住まいの東葛地区の方々共通の思いだったようで、「柏」ナンバーへの変更申請が殺到している。

柏市民、我孫子市民は良いとして、松戸市民、流山市民にも「野田」ナンバーへの不満はあるものと思うが、とりあえず「柏」ナンバーが先行。
現在、「野田」ナンバーとなる地域は、松戸市、流山市、野田市、柏市、我孫子市の5市だけであるから、柏市民、我孫子市民が「柏」ナンバーに大挙して流れ、今後、もし「松戸」ナンバーも新設されるようになったりして、流山市民も「松戸」ナンバーを希望するとすれば、ご本体の「野田」ナンバーで登録する人は野田市民だけになってしまうのではないだろうか?
1市1ナンバーとなれば、それはそれでまた、希少なステイタスにもなるのだが。

しかし、実家に住んでいるときも、私の子供の頃というのは、練馬は田舎で、練馬ナンバーはちょっとダサい感じがしたし、深川の木場にあった母の実家でも深川で足立ナンバーは、ちょっとなあ、と思っていたのだが、特に文句も出ずに、練馬、品川、足立の3ナンバー体制は続いている。
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リベラのこと
2006年10月03日(火) 23:36
ここで話題としようとしている「リベラ」とは、イギリスのボーイソプラノのユニットの「リベラ」である。

既にコアなファンは出来ていて、何を今更、という感じなのだが、NHKドラマ「氷壁」のテーマ曲がどうしても気になって、リベラの「彼方の光」を買った。

しかしこのCDを聞いてみて「氷壁」のテーマ曲の「彼方の光」以外の過去のアルバムからの代表曲を中心としたレパートリーに関しては、実はあまり感銘を受けなかった。
正直ちょっとがっかりした感じなのである。

やはり「彼方の光」は村松崇継のメロディーが優れていたのだろうか?
突出して良い楽曲のように感じる。

ボクの勝手な思い込みだったのだが、リベラはもう少し、アカペラっぽい雰囲気を主体にしているのかな、と思っていたのが、実は結構作り込んだ伴奏を伴う楽曲が多くて、「彼方の光」だけを聞いたイメージとだいぶ違った。

ENYAのような、というキャッチコピーで、デビューした彼らなのだが、このユニットの創設者、音楽監督、オリジナル曲の作曲家、既存曲のアレンジャーである、ロバート・プライズマンの編曲は、時としてボーイソプラノユニットとしての純粋さ、透明感のようなものを阻害するような、伴奏アレンジに感じる曲もあり、何かもっと良さが出せるのでは、と思うところもある。

しかしロバート・プライズマン色が、リベラそのものでもあり、「彼方の光」で勝手に妄想を膨らませた、私が間違っていた、ということなのだろう。
「彼方の光」もメロディは村松崇継だが、アレンジはロバート・プライズマンなので、「彼方の光」良さは、ロバート・プライズマンあってこそのものであることは確かなのだが。

まあ、もう少し聞いてみようかと思ってますが。
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浅田次郎「霞町物語」を読む
2006年10月02日(月) 23:53
浅田次郎の書いたものについて、遅まきながら、いろいろ読み始めているのがだが、「地下鉄(メトロ)に乗って」の解説の中で、お薦めとされていた、自伝的連作短編集「霞町物語」を読む。

いま、この東京で「霞町」と言って、通じる人がどれだけいるだろうか?
いま、タクシー運転手に「霞町の交叉点まで」と言って通じるだろうか?

私自身も、この小説を読むまで「霞町」を忘れていた。
「霞町」の交叉点とは、現在我々が「西麻布」と呼んでいる交叉点のことである。

私は著者とは世代が違うので、生の「霞町」を知っているわけではない。
しかし、私の父親の勤務していた会社が、1971年に銀座から今の西麻布のマサに交叉点の角地にビルを建てて移った。
私が小学生の時にあたるだろうか。

今でこそ、六本木ヒルズがオフィスビルの頂点のような時代になり、西麻布交差点の角地などと言えば、すごくハイカラな良い立地条件なのだが、1971年当時は、銀座から西麻布への移転は、父親や父親の同僚たちにとっても、いささか都落ち、という感があったのである。
社屋を大きくするのだから仕方がない、と言ったところだった。

そのころ、交差点名及び住居表示はすでに「西麻布」になっていたが、しかし、父が新しいオフィスの移転先を誰かに説明する際には「西麻布」と最初に言いつつも「霞町の交差点のところ」と付け加えるのを常としていたし、父だけでなく、父の同僚も、母もそのように説明していた。

そういったこともあり「霞町」という名は私の記憶の奥底には、しっかりとあることはあって、今回、浅田次郎氏の「霞町物語」を読むにあたっても、「霞町」の土地勘とか、青山墓地から霞町交差点までの風景はリアルに頭に描くことができたので、風合いはより確かなものとして受け取れたと思う。

著者の分身とも言える主人公の"僕"は、霞町界隈に住み、地元の進学校の都立高校に通い、霞町界隈で遊ぶ。

私の出た都立高校も同じように進学校だけれど放縦なバンカラな校風ではあったが、当時は周りはキャベツ畑ばかりだったので、「霞町物語」で"僕"が過ごす高校生活は、あまりにもかけ離れていて、眩しいほどである。

実際の浅田次郎氏は中大杉並高校卒だから、この「霞町物語」の"僕"は著者自身ではなく、他にモデルがあるのか?

実在の高校をこの「霞町物語」の舞台として比定するとしたら、青山高校しか考えられないのだが。

最後の「卒業写真」という編の中で、首都高速の下になってしまった「霞町」の交叉点は「西麻布」と名前を変え、"僕"のふるさとはダムに沈んだ村と同様に失われてしまった、と回顧するわけだが、1971年に「西麻布」の交叉点にビルを建てた私の父の会社などは、そうした「霞町」を「西麻布」に塗り替えていく作業に、最も貢献したでシロモノであろう。

その父の会社も、既に西麻布の角地はだいぶ前に売り払い、ウォーターフロントに新社屋を建てて、移っていった。
そのウォーターフロントの、コンビニも何もない、埋立地の中に場違いなようにポツンと今の社屋が建ったとき、父や父の同僚たちは、「銀座から西麻布に移った時だって、トンでもない都落ちだと思ってたんだから」と言って慰めともつかない自得をしていた。

時代は思いのほか、早く移り変わるものである。

「霞町物語」の中には、古きよき東京人の気質というものが、濃密に詰まっている。
東京の街々がまだコミュニティーとして機能していた60年代~70年代前半。
遠い時代になったものだなあ、と思う。

いずれにしても「霞町物語」は非常に上質な青春物語であり、家族物語である。

浅田氏のエッセイも読みたくなってきた。
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囲碁
2006年10月01日(日) 22:59
隣のショッピングセンターがリニューアル・オープンして、私が自転車を買ったので、今日はそのショッピング・センターまで、3人で自転車で行こうと、娘が言い出した。
歩いても1分かかるか、かからないか、という距離だが、それで娘が休日のイベント性を感じるなら、それも良いか、という感じ。

テナントもずいぶん変わっているので、見て回ると、気になるお店も多い。

娘の服など買い、娘が新装成って拡張されたオモチャ売り場に引っかかっている間に、私は囲碁板を見つけ、「囲碁やってみようか」と娘に誘いをかける。

「いごって何?」というご返事だったが、何だか知らないがゲームのようだ、という理解でまんざらでもない様子。

帰宅して、押入れの奥にしまってあった、祖父の形見の碁盤を取り出す。親父は碁は全くやらなかったから、祖父の形見と言って良いと思う。

碁石は年代モノの分厚い本物ハマグリと本物那智黒である。

いきなり、素人が19路盤では、わけがわからないし、何時終わるかもわからないので、紙で隠して、9路にして始める。
しかし、石の生き死にや、コウになっているかどうか、地の判定などが、私も即座に判断が出来ず、やっぱりリアル碁は、もう少し慣れてからにしようか、ということで、日本棋院のサイトから、9路盤のフリーソフトをダウンロードして、結局パソコンで始める。

そもそも、終局かどうか、という判定も、よく考えないとわからないのが碁だから、「終局です」と言ってくれるパソコンソフトはありがたい。

娘もちょっとハマり、トランプやその他のカードゲームよりも面白いようだ。

いつもトランプでもカルタでも負けると怒ってブチキれるのだが、囲碁は悔しがりはするものの、負けても結構面白いようだ。

ただ、投了したときの盤面整理が一瞬のうちに行われるので、地の数と取った石の数を計算しているのだ、というところが、やはりリアル碁石を使っていないので、今ひとつ釈然としない様子。

今日のところは、ルール説明抜きに石取りゲーム感覚で始めたので、まあ、そんなところで良いところでしょう。

梅沢ゆかり先生監修のヒカルの碁の子供向け入門書を買って与えようか、などと考えている。

長らく、眠っていた祖父の碁盤と碁石、十数年ぶりに、日の目を見るかもしれない。

良い碁敵の登場に喜ぶ私に、細君は「ちゃんと覚えたら、すぐにお父さんなんか全然かなわなくなるわよ」と冷や水。
まったくその通りだと思うが。
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