日々の雑学 ●●●
日々、ふと思ったことを書いていきます。   ・・・千葉ロッテ・マリーンズ、菅野よう子、再生可能エネルギー、自然環境、里山、棚田、谷津田、日本近世史、歴史小説、時代小説、クラシック音楽、・・・などなど。
スポンサーサイト
--年--月--日(--) --:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
別窓 | スポンサー広告 | ↑top
何となく横浜観光の大晦日
2006年12月31日(日) 21:44
何となく、普通に横浜観光をしてしまった、大晦日でした。

ランドマークタワーにのぼる。
0612310009_400.jpg
0612310013_400.jpg

房総半島もとても近く見えました。

0612310037_400.jpg
0612310045_400.jpg


中華街は、それなりの人手。
0612310052_400.jpg

0612310057_400.jpg


横浜からは乗り換えなしで一本で帰って来られるのが良いですね。

全然変わってしまった横浜、それでも、横浜らしいセンスの良さというのは、底流にずっとあって、魅力の骨格を成していますね。

モールとかは全然見切れませんでしたが、また訪ねてみたい横浜です。

年越そば、食べ終わりました。
娘は紅白歌合戦に夢中です。

皆様良いお年を。
スポンサーサイト
別窓 | 雑感日記 | コメント:0 | トラックバック:0 | ↑top
街の灯かりがとても綺麗ね、ヨコハマ
2006年12月30日(土) 23:37
横浜に泊まりに来ています。

パン・パシフィック横浜。
ホテルの部屋からは大観覧車、ベイブリッジの明かりが。

昼間は八景島シーパラダイスへ。
0612300057_400.jpg

八景島シーパラダイスは、暮れの休みだというのに閑散としたもの。
早晩、つぶれると見ました。

娘は結構楽しんだようなので、空いてて良かったですが。
0612300062_400.jpg

別窓 | 雑感日記 | コメント:0 | トラックバック:0 | ↑top
ズレータ正式入団
2006年12月29日(金) 22:29
あれよ、あれよ、という間に、オフィシャルサイトに、正式入団のニュースが。背番号は42。


瀬戸山球団社長のコメント
「今日、フリオ・ズレータ選手と無事に契約を完了することができました。
今シーズン、チームは打線の弱さが目立ち、特にホームランの本数も少なくどうしても大砲が欲しい状況でした。その中でズレータは最適な選手であると判断しました。
来季のV奪回に向けて非常にいい選手が獲れたと思います。これまでチームは、ボビーマジックで4番打者を工夫していましたが、今年は打てなかった。彼の加入は心強いし、相手チームにとっても脅威になるでしょう。これまで4年間の日本球界での実績を見ても、ホームラン30本、打点100近く、打率3割近く打っているので、まさしく打の中軸になってくれると思います。
来季のV奪回は一つの大きな目標。それを達成するために打の中心として、非常に心強い、力強い味方になってくれると思います。」

とのこと。

ベニーとは元から中が良いみたいだし、どこを守らせるのかは懸案として、とにかく、頑張って欲しいと思います。

まだ31歳、あと、5~6年マリーンズでプレーして欲しいけど、成績と給料の問題は、ジレンマだなあ。
別窓 | 雑感日記 | コメント:0 | トラックバック:0 | ↑top
餘部鉄橋
2006年12月28日(木) 23:42
12月28日は餘部鉄橋の日、ということになってしまったのか。
Amarube-tekkyo_800.jpg
amarube-tekkyo-1.jpg


不幸な事故が起きたのは、20年前の1986年の12月28日午後1時25分頃。
山陰本線香住駅より浜坂駅へ回送中の列車が、日本海からの突風にあおられて鉄橋中央部付近より機関車と客車の台車の一部を残して7両が転落し、橋の真下にあった水産加工工場を直撃して、従業員であった主婦5名と乗務中の車掌1名の計6名が死亡。

鉄橋下の水産加工場の方は大変な不幸であったが、不幸中の幸いは、この列車が回送列車であり、旅客が一人も乗っていなかったことであろうか。

1912年、明治45年の鉄橋完成以来、餘部鉄橋の長い歴史の上で、初めての事故であり、大変なショックであった。

餘部鉄橋といえば、鉄道写真を撮るものにとっては、格好の撮影ポイントだった。

amarube-tekkyo-8.jpg
amarube-tekkyo-4.jpg
amarube-tekkyo-3.jpg


事故の原因は、規定を上回る風速だったにも関わらず、運転をしてしまったことで、事故以降、風速基準を強化して安全対策を取っているため、しばしば、列車の遅延、運休によるバス代行が生じている。
JR西日本はこの根本的な解決のため、コンクリート製の橋を現在の橋の南側に建設しようとしている。
来春にも新しい橋を着工したい考えのようだ。

餘部鉄橋転落事故は、確かに不幸な有り得べからざる事故であったが、かといって、各地の産業遺産の保存が注目されている中、この美しい鉄橋を取り壊してしまうのはもったいない。
別窓 | 雑感日記 | コメント:0 | トラックバック:0 | ↑top
マリーンズ、ズレータ獲得へ
2006年12月27日(水) 22:49
フリオ・ズレータとホークスとの交渉が正式に決裂し、ズレータは他球団との交渉に入
る。

多村、小久保の獲得に成功したホークスは、もし今期91打点をあげた、ズレータも残留となれば、多村・松中・小久保・ズレータ、という3~6番、脅威の打線が出来上がりそうだっただけにとりあえず朗報である。

そして、以前からアプローチしていたマリーンズが、交渉先の本命となるようだ。

西日本新聞では、2年総額約900万ドル(約10億5000万円)

スポニチでは、契約金9600万円、年俸2億6400万円の2年総額6億2400万円

と、ずいぶんと数字が違う。

ズレータは、DHもしくはファーストというところが、マリーンズの起用法として難しいところだ。
福浦のファーストはなかなか動かし難い。
ベニーの外野守備にも、大変不安がある。

外野守備が出来る選手がスパっと入ってくれると良かったのだが。

ズレータDHとすれば、ベニーは外野守備。
まあ、仕方ないですかね。
DH・福浦、ファースト・ズレータ、レフト・ベニーというようなパターンも考えられる。

ズレータが本当に外野守備はまったく出来ないのであれば仕方ないが、ズレータはホークスでのデビュー戦が外野の守備についたから、ベニーと比べてどっちが外野守備がマシか、ということになるのだろう。

活躍を祈る。

バレンタインは、もう一人、外国人野手を取るつもりらしいので、その行方も気になるところだ。
別窓 | 千葉ロッテマリーンズ プロ野球日記 | コメント:0 | トラックバック:0 | ↑top
忘年会
2006年12月26日(火) 21:45
今日は職場の忘年会。
数年前にやったときに、女子社員の参加が一人もなく、しかもその店の料理の味と店員のサービスが最悪だったため、うちの部署にとっては忘年会は、トラウマとなって、口にするのもはばかられる禁句だった。

しかし、組合専従の長かった今度の新部長は、持ち前のポジティブ・キャラと周到な根回しによって、女性陣を個別攻略した上で、女性を含む幹事団を結成するという、技も用いて、ほぼ全員参加の忘年会を実施した。

女性は全員参加であったから、かつての忘年会の惨状を知るものにとっては、今年の忘年会は画期的であった。
社内旅行や、会社の運動会を復活させる動きのある企業が多いとニュースなどで目にする。
新興のIT企業などで、社員旅行全員参加、とかいうところが多いらしい。
会社の帰りに同僚とのみに行くなどという場面もすっかりなくなり、職場の住所録も配布されなくなって、同じ職場の人の趣味なども知らなかったりする。

うちの会社も世の流れにしたがって、アフター5のコミュニケーションなどは皆無になっていた。

会社の飲み会は確かに面倒くさいが、まあ、ちゃんとやってみると、それなりに盛り上がるものだ。

社内旅行や運動会(私が入社した頃は普通にあった)までは、さすがに道のりは遠いが、さて、今後はどうなって行くのか。
別窓 | 雑感日記 | コメント:0 | トラックバック:0 | ↑top
今年もサンタはやってきた
2006年12月25日(月) 23:36
娘は小学校3年生、8歳、もうすぐ9歳である。

サンタクロースの存在を何の疑いもなく信ずると言う年齢ではなくなって来ている。
自分自身の経験からしても、小学校の時には、もう事情は知っていた。

しかし、兄弟がいない、というせいもあると思うが、いないのでは? と口に出してしまっては、プレゼントが来なくなるかもしれない、と思っているのかもしれない。

娘は、もしサンタが世界中の子どもにプレゼントを配ろうとしたら、1秒に800人以上に配って回らないといけない、と言う。

サンタクロースは、いったい、どうやって、こんなにもたくさんの子どもたちの希望を調査し、調達し、瞬時に配布することができるのか、サンタクロースなるシステムのサプライ・チェーン・マネジメントの有り様を根本から疑っているのである。

至極当然な疑問と言えよう。

しかし、私は言う。
「サンタクロースというのは、妖精のようなものなので、一度に世界のいろんな場所に同時に行くことができるし、それに、世界の国々には時差があるから、24日の夜と言っても、同時に来るわけではなく、順番に回ってくる。そもそも鍵のかかった家にプレゼントを届けられるなんて、妖精のようなものじゃなきゃ、できっこない。もしかすると、人間には見えないのではないだろうか? あの赤い服を着たおじいさん、というのは、誰かの想像で、サンタに実際に会ったことのある人はおらず、どういう姿をしているのかは、本当は誰も知らないのではないだろうか?」

「いずれにせよ、サンタクロースは彼の仲間の妖精たちに、世界中の全ての子どもの素行調査をさせている。サンタにプレゼントを頼んでも、日頃の行いが悪ければ、プレゼントは届かない恐れは十分にあり得る。
しかしそれでも、もし、あなたがサンタからプレゼントをもらいたいと思うなら、サンタに手紙を書かなければならない。
あなたはサンタクロースに頼みたい品物の、品種、メーカー、型番、色、等の指定も書いた上で、お父さんに渡さなければならない。それをお父さんが英語に直した説明をつけて、フィンランドのサンタクロースのところに出してあげる。遅くとも、12月の10日くらいまでには、手紙を投函する必要があるだろう。」

娘はインライン・スケートが欲しいので、その旨を書く。
当然、どのモデルがとかは、店に見に行く暇はないので、私がパソコンで、スポーツ・オーソリティの直販サイトで、ジュニアのインラインスケートを検索し、数種のインラインスケートについて、表示された画像、スペックなどを、娘に示し、これで良いか、と確認し、娘はパソコンの画面を見ながら、型番、サイズ、色などをサンタ宛の手紙に書く。

「よし、それではちゃんとサンタさん宛に出して置くから」と言い、娘が去ったあと、私はスポーツ・オーソリティのその画面から、「カートに入れる」を押して、決裁する。

先週には届いているのだが、ドアの外のトランクスペースに古新聞で覆い隠しておく。

さらに、フィンランドのラップランドにある、サンタクロース大使館から、娘あてにエアメールが来るように手配する。

そして、お父さんからのプレゼント、お母さんからのプレゼントというのは、主として、教育的な観点から与えるべきものを。
具体的には、お母さんからはちょうど「エルマーの冒険」を読み終わっていたので、「エルマーとりゅう」を、私からは柏葉幸子著の「霧の向こうの不思議な町」「りんご畑の特別列車」を、これも店に行く暇はないので、Amazonのラッピングサービスを利用して取り寄せる。
Amazonのラッピングは\300で有償だが、なかなか感じの良いラッピングである。

これら、お母さん、お父さんからのプレゼントは24日に、当人に面と向かって渡す。

そして、今朝である。
既にお母さん、お父さんからのプレゼントは昨日もらっているにも関わらず、ツリーの元には、なにやら英語で書かれた手紙と一緒に、サンタに頼んだインラインスケートが置かれているのである。

りんご病で、フラフラ状態ながら、必死でツリーの元に走り寄った娘は、「うわぁ、ほんとに来た! すごい!」と言った。
もしかすると「ほんとに来」というのは、日頃の素行の悪さ(バイオリンの練習態度など)に自覚症状があるので、手紙は出したものの、書類選考でハネられているのでは?と疑っていたからかもしれない。

今年は、まだ、サンタクロースが来たようである。

来年はどうなることやら。
4年生でサンタはいくらなんでも信じないだろうな。
別窓 | 雑感日記 | コメント:0 | トラックバック:0 | ↑top
娘の体調不良は「りんご病」
2006年12月24日(日) 14:26
さすがにリハから含めると、7時間以上に及ぶ、発表会に出て、くたびれたのか、今朝未明、2度ほど、嘔吐。

今日から、コナミ・スポーツクラブの体操教室に行く予定だったが、行くだけは行ったものの、やはりしんどく見学。
そのまま、同じ建物の中にあるクリニックへ。

ひと目見て、「ああ、りんご病」ですね、とのこと。

潜伏期間が長いと2週間くらい、その間、微熱、倦怠感がある、ということなので、11月後半からの体調不良は、りんご病潜伏期間だった、ということになる。

りんご病は、発疹が発症してしてしまえばもう他人には染つることはなく、少し痒いだけで、抗ヒスタミン剤のカユミ止めを処方されるだけ。

発症するまでがしんどい。
普通の解説には、微熱、倦怠感、吐き気と書いてあるが、娘は主症状として頭痛がありと、38℃超、瞬間最大では40度近くなる高熱を出していた。
ブログなどによる体験記をざっと見ると、「頭痛」をあげていらっしゃる方は多いようだ。
別窓 | 雑感日記 | コメント:0 | トラックバック:1 | ↑top
今日は娘のバイオリン発表会
2006年12月23日(土) 23:54
今日は娘のバイオリン発表会。
20061223happyoukai.jpg


今の先生に変わってから、最初の発表会だから、どういう感じになるのか、わからなかったが、ピアノ教室の生徒さんと合同で、13:30開演で、終演は18:00過ぎだったそうな。

私は娘の出番が終わると、自分の練習に向かったので、最後まで見届けていないが、大人でもヘトヘトになっていたらしい。

娘は、先ほど夕飯を嘔吐した。

伴奏していただいた先生には大変申し訳ないが、伴奏がダメで、ウチの娘はまだしも、ウチの娘の後にモーツァルトのコンチェルトを弾いた男の子などは、伴奏が出だしからいきなり間違え、曲中も間違えまくっていて、生徒さんは全然自分の演奏が出来なくて可哀相だった。

伴奏って大事なんだけどなあ。
弾ける人にするか、もっとちゃんと練習してきてもらうか。

お母様が伴奏をされて、お子様がソロ、という組み合わせも2組ほどあったが、いずれも、お母様の伴奏は音量が大きすぎ、リハで先生からもう少し弱くと言われていたが、本番はやっぱり大きすぎ、お子様の演奏を台無しにしていた。

自分が伴奏しますっていうのは、結局、自分が「出たがり」なんだろうな、と思う。
親の伴奏で子どもの晴れ舞台を飾る、というふうにご自分では思ってらっしゃるのかもしれないが、演奏を台無しにされる子どもは可哀相だ。
別窓 | 雑感日記 | コメント:0 | トラックバック:0 | ↑top
トルクメニスタン、ニヤゾフ大統領急逝
2006年12月22日(金) 22:35
トルクメニスタンのニヤゾフ大統領が66歳という年齢で急逝した。

トルクメニスタンは、中央アジアのナントカスタンの中の一つの国、という感じで、あまり気にもとめていない国、というのが正直なところだろう。

ソビエト崩壊後、独立した旧ソビエト内の国々は中には、バルト三国のように初めから親西欧の旗幟を鮮明に打ち出すところもあったり、グルジアのように反ロシア政策が鮮明に打ち出してきているところもあったり。

そんな中で、中央アジアのナントカスタンには、旧共産党のトップがそのまま権力の中枢に座り続けたところも多いのだが、トルクメニスタンのニヤゾフ大統領の場合は、極端な例だ。

自らを終身大統領に任命し、政党活動は禁止。
スターリン時代でもここまでは、という恐怖独裁政治をソ連崩壊後も行ってきた。
反欧米民主主義なら、親ロなのか、というと全然そんなことはなくて、対ロシア関係でも強行独自路線を貫き、「永世中立国」を宣言したりしている。
ロシアにとっても、扱いかねる国、というか人物ニヤゾフ大統領であった。

埋蔵量では世界有数と言われる豊富な天然ガス資源で、国民の税負担はほとんどない形で、公共投資をどんどん進めて、国内の不満を分散させてきた。
トルクメニスタン国民全員がニヤゾフ独裁を歓迎していたわけではないが、反ニヤゾフ勢力は徹底的に弾圧され、抹殺されるか、国外へ亡命している。
平穏は平穏で、国民はある程度の生活が保障されていたのである。

欧米諸国、なかんづく、他国の「民主主義」について、口を挟むのが好きな米国も、この旧時代的なニヤゾフ独裁体制を見て見ぬふりをしてきたのには、この国の位置がイランとアフガニスタンに接し、しかも豊富な天然ガス資源を持つ国、しかも潜在的にはイスラムの国が、イスラム原理主義や、混乱をもたらすよりは、ニヤゾフ独裁を黙認した方が良い、という判断だったのだろう。

そのニヤゾフ大統領が急逝し、政治的空白が生まれそうだ。
一応、葬儀委員長に副首相が任命されて、後任の本命か、と言われているが、イランやロシアに亡命していた、反ニヤゾフ政治勢力の指導者が帰国し始めているという。
これらを後押しし、影響力を強めたいイラン、ロシアの思惑も渦巻く。

ニヤゾフ自身が国家そのものだった、後継者を全く念頭においていない中での、天然ガス大資源国の独裁者急逝。

行方は予断を許さない。しばらくは要注意であろう。
別窓 | 雑感日記 | コメント:0 | トラックバック:0 | ↑top
江戸文化歴史検定の合格率など
2006年12月21日(木) 23:56
先日、江戸文化歴史検定2級の合格通知が来た旨を書いたが、江戸文化歴史検定のオフィシャルサイトに、合格率や、受験者の年齢・性別構成などが掲載されている。

2級は受験者数、3.590名で、合格率44.4%。
合格者は
3級と合せての受験者数は10,528名だが、3級と2級を併願して両方受けている人がいるから(受験時間が、午前と午後なので、両方受けられるのです)、延べ人数ということになる。

当日の混雑ぶりからすると、案外少ない感じも受けるが、来年以降、どういう風になっていくか。
来年、初めて設置される、1級の様子がどうなるのか、が、気になるところである。

今回の出題公式解説集「江戸吟味問答控え」が来週発売、ということで、版元もなかなか、商売上手である。
別窓 | 雑感日記 | コメント:0 | トラックバック:0 | ↑top
青島幸男
2006年12月20日(水) 23:56
青島幸男という人は何者だったのか、多くの人にとってわかり難い人だった、と思う。

私に関して言えば、彼の政治の舞台での活躍には、全く興味がなかった。

都知事に関しても、選挙そのものは、錚々たるメンバーを相手に回して爽快に勝ったけれども、青島幸男の本領は「そこまで」であって、多くの人は、都知事になってしまってから実力を出せる人物ではないことは薄々わかっていたのではなかろうか。

政界進出(35歳だから、若いよね)の前、「シャボン玉ホリデー」の放送作家の頃や、彼自身がブラウン管に出てきて「青島だア!」とやっていた頃も、私は世代的にあまりよく知らない。
「イジワルばあさん」も、私の琴線の核心に触れるか、というと、そこまでの存在でもなかった。

しかししかし、それでは青島幸男は、私にとって関心のない、ただの人であったか、というと全くそうではない。

私は熱烈なクレイジー・キャッツ・ファンである。

その意味では「作詞家・青島幸男」は、私にとって、まさに神のごとき存在であった。

「ハイ、それまでよ」、「どんと節」、「黙って俺について来い」などの歌詞は、もちろん、萩原哲晶の作編曲と植木のキャラあってこそ、生きているものだが、それでも歌詞そのものの切れ味も神業というべきものだろう。

放送作家・青島幸男、テレビタレント・青島幸男、参議院議員・青島幸男、都知事・青島幸男は、私にとって遠い存在だが、作詞家・青島幸男だけはその功績を言葉に尽くすことができない存在であった。

ご冥福をお祈りする。
別窓 | 雑感日記 | コメント:0 | トラックバック:0 | ↑top
佐竹家 御家断絶?
2006年12月19日(火) 21:54
さる雑誌に、殿様の末裔特集が出ていて、細川護熙前首相のご子息が父君に倣って、陶芸家の道に進んでいることや、靖国神社宮司の南部利昭氏など、数人が紹介され、一覧表のようなものがあった。

秋田(久保田)藩 佐竹家の欄が、佐竹義栄(よしなが)氏の後、佐竹智子氏が最後の当主として紹介されており、現当主が空欄になっている。

鎌倉以来の名門、佐竹家、そんなに簡単に御家断絶で良いのか?

例えば、親戚家では、佐竹北家の末裔である、現秋田市長・佐竹敬久氏もいらっしゃるし、佐竹南家末裔の佐竹義宏氏は私と同い年だが、ご自分のサイトを持っておられて、2002年の佐竹南家入湯400周年パーティーにもご父君と一緒に参加されている。

庶流家が健在な中で、宗家が「断絶」ということはあり得るのだろうか?

もう少し調べてみたいが、佐竹義栄氏以降の情報がホントにないですね。

佐竹史料館に問い合わせてみようかな?
個人情報保護法以降、こういうネタも話題にしにくくなりました。
別窓 | 雑感日記 | コメント:0 | トラックバック:0 | ↑top
悩める国々・歴史認識
2006年12月18日(月) 21:30
昨日の朝日新聞は、興味深い記事が多かった。

まず、ネパール。
暫定憲法法案が合意されたのだが、元首の地位を国王に与えないものになった。
王制廃止までは、名言されていないものの、「毛派」との折り合いの中でどうなるかわからない。

さらに、隣国のブータン。
ワンチュク国王が51歳にして、突然、皇太子への譲位。
今後制定される憲法で、立憲君主制に移行の予定で、新憲法案には「国王65歳定年制」が盛り込まれているが、前倒し譲位の真意は謎。

そして、11面、シリーズ「歴史と向き合う」の第一回では、ちょっと触れるのがタブーっぽい雰囲気のあった、現ポーランド領となったオーデル川・ナイセ川以東の旧ドイツ領の件が触れられている。
同時にポーランド・ソビエト国境の引き直しの件も触れられている。
敗戦の混乱下での被害者ドイツの視点は、皆知ってはいながら知らないふり、というスタンスだったので新鮮だ。

そして、38面にはラスト・エンペラー愛新覚羅溥儀の自伝「わが半生」の修正削除されていた16万字を含む完全版出版の話題。
共産中国市民としての自己批判として書かれた「わが半生」は、日本語訳も出ていて、一つの貴重な証言として、歴史的な価値を持っていた。
しかし、やはりその内容は、当然、被害者中国の一市民となることになった溥儀の立場や、当時の中国の政治体制を反映した内容にならざるを得なかったわけで、来年1月に、修正削除あsれた16万字分を含む「完全版」が出る、とのこと。
この「完全版」の邦訳も一日も早く読んでみたいものだ。

まあ、ついでに27面デビルレイズ岩村の「背番号1」にも驚いたし、ドーハでのアジア大会、大成功裡の閉幕の話題も興味深く読んだ。
別窓 | 雑感日記 | コメント:0 | トラックバック:0 | ↑top
江戸文化歴史検定、合格通知届く
2006年12月17日(日) 19:24
11月3日に受験した、江戸文化歴史検定2級ですが、一応、自己採点で合格ラインに達しているはず、とは思っていたものの、昨日、合格通知が届いてホッとしました。

edorekikennintei.jpg


この認定カードの他に、バッジが付いてました。

オマケにしては嬉しいオマケ、江戸東京博物館の来年1月~3月の展示「江戸城」の招待状がオマケで付いていたのが嬉しかった。

2級のバッジは、普通の金属に黒でロゴがプリントされただけで、変哲もないものだなあ、と思っていたら、3級のバッジは銅色なんだそうで、2級は銀メダルの銀色という意味らしく、今年は実施されなかった1級は「ゴールド・金色」という意味なんでしょう。
別窓 | 雑感日記 | コメント:0 | トラックバック:0 | ↑top
娘の月例テスト
2006年12月16日(土) 23:52
今日は娘の月例テストだったが、国語で「記号で答えなさい」という設問を、言葉で答えてしまい、大問(2)と(3)を全て落とし、60点台。
答えた内容は合っていて、ちゃんと正当していれば80点台という、担当講師も悔しがる惨状。

まあ、良い「お勉強」になったでしょう。

算数は86点とか取っていたが、多分平均点がすごく高いと思う。
別窓 | 雑感日記 | コメント:0 | トラックバック:0 | ↑top
麻生太郎外相のトンデモ北方領土2分割論
2006年12月15日(金) 22:44
麻生太郎外務大臣が、「択捉島の北側3分の2」をロシアに渡して、択捉島、国後島、色丹島、歯舞諸島の北方4島の総面積を日本とロシアで折半する、というアイディアを出している

驚愕せざるをえない。

そもそも、色丹島、歯舞諸島は、北海道の属島であって、「クリル」ではない、ことは、日本・ロシア双方確認済みである。

日本が放棄した「千島列島」には色丹島、歯舞諸島は含まれていないことは、両国の認識は一致しているはずである。

日本の主張は、国後、択捉も北海道の属島であって「クリル列島」ではない、という認識であるから、ロシアと講和条約を結んでいない以上、係争地は、日本は平和的な条約で領土とした、「全千島」である。

全千島を「2分割」しよう、というのなら話はわかるが、4島を2分割というのは譲歩しすぎである。

百歩譲って、戦後の実効支配の経緯を認め、中国・ロシア間で係争国境が解決した「2分割案」を取るにしても、まず色丹島、歯舞諸島は、無条件で日本の領土とした上で、しかる後に、残る国後、択捉を面積で2分割、というのならわかるが、北方4島の2分割というのは、あまりに歴史認識を書いた提案と言わざるを得ない。

一国の外務大臣が、このような売国的アイディアを出すと言うのは、信じられない。
別窓 | 雑感日記 | コメント:0 | トラックバック:0 | ↑top
DVDのコピーのこと
2006年12月14日(木) 22:40
DVDの規格は自分もDVDが発売される前、「DVDフォーラム」のメンバーとして、「フォーマット・ブック」作りに参画していたから、DVDのコピーガードも、どういうふうにしたらいいか、議論に加わって、リアルタイムで議論してきたので、コピー対策についてはどのようなものであるか、は提供者側の理論としては知っているつもりであった。

その当事者が、いざ、ユーザー側に回ってみると、複製不能のDVDをコピー・ダビングしたい、というニーズは当然ながら起きるのである。

家庭用DVDレコーダーではできないのはわかっているから、パソコンでやるわけだが、調べて見ると、いろいろと紹介されていることがわかる。

詳しくは違法行為の幇助になるから書かないが、DVDのコピーは興味の尽きない分野だなぁ(汗;)
別窓 | 雑感日記 | コメント:0 | トラックバック:0 | ↑top
さらにクルドのこと
2006年12月13日(水) 23:24
クルド人、クルディスタンについて、調べれば調べるほど、興味が沸いてくる。

そもそもクルドとは何者か…について更に補足すると。

第一次世界大戦で負けたオスマントルコ帝国が連合国と結んだセーブル条約では、トルコはもっと縮小されるはずで、クルヂスタン(自治)を初めとして、現在のトルコ・アナトリア半島基部に大きくアルメニア(米国委任統治?)も下の地図に見え、現在のイラン領内のアゼル人居住地域(ウリミア湖周辺)も大きく含んだアゼルバイジャン(自治)なども予定されていた。
kurudistan.jpg


第一次世界大戦の戦後処理の大きな骨子は敗戦国オーストリア・ハンガリー帝国の処理でも、チェコスロバキア、クロアチア、セルビア、ルーマニアなど、民族国家の樹立が眼目であって、同じ敗戦国のオスマントルコの没収領土に関しても当初は同じ考え方で、臨もうとしていたことが伺える。

しかし、敗戦の混乱のトルコでは弱腰のオスマントルコのイスタンブール政府に対する不信と、トルコ・ナショナリズム勃興によって、ケマル・アタチュルクによるアンカラを拠点とした「トルコ共和国政府」が一挙に勢力を拡大する。

その状況に、さらに藪を突いて蛇を出してしまったのが、ギリシャだ。
セーブル条約でアナトリアのイズミル周辺を得ることが、いったん公認されていたギリシャなのだが、セーブル条約でギリシャに割譲が決まっていた地域よりも、さらに周辺へ領土を広げようと色気を出して、アナトリア半島に軍を進め、トルコと「希土戦争」を起こすのだが、ケマルの共和国勢力に大敗をしてしまい、結局当初セーブル条約で約束された土地も取りそこなう。

この希土戦争を通じてトルコの実行支配の既成事実化を成し遂げたアンカラのケマル・アタチュルクの「トルコ共和国」政府は実質的なトルコ政府となっていく。

英仏を中心とした連合国側はセーブル条約の相手であったイスタンブールのオスマントルコが「有名無実」となったことと、ケマルの「トルコ共和国」の「トルコ政府」を実態上の交渉相手として現状追認せざるを得なくなる。

連合国側は、セーブル条約に替わる新たな条約を結ぶ必要が生じ、セーブル条約に替わって、連合国側と「トルコ共和国」の間で結ばれたのがローザンヌ条約である。

ここで、トルコはセーブル条約では大きく削られるはずだった失地を大幅に回復し、セーブル条約の構想として机上にはあった、アナトリア半島基部の「大アルメニア」や、それに隣接する「クルディスタン」の構想は画餅に帰す。

クルド人居住地域は、ペルシアと、英国委任統治となった現イラク地域、フランス委任統治領となったシリア地域、トルコ共和国が失地奪回した形の現トルコ共和国の4つに分割されるのである。

トルコ領となった地域の問題については、クルドよりもアルメニア人の「大虐殺」民族浄化の問題の方が問題は深刻かもしれない。
クルド人もオスマントルコ時代からアルメニア人の大虐殺には関わっているし、上図でアメリカ委任統治?案となっていた部分の現アナトリア半島の基部に住んでいたはずのアルメニア人は、どこでどうされたかは主張が食い違うが、結果的に「今はいなくなっている」のは確かで、その空白地にクルド人が入って、クルド居住地域がトルコ側に大きく入る要因になっているのである。

オスマントルコ解体による、民族国家設立という点では、本来は現トルコ領のアルメニア人問題を正面に見据えなければならい問題で、どちらが悲惨な目にあったかと言えば、アルメニア人の方が悲惨かも知れないが、それでもアルメニアは曲がりなりにも旧ソビエト内に現在のアルメニア共和国を持つに至っている。

セーブル条約で約束された本来の民族「国家」を喪失した、という点ではアルメニアもクルディスタンも同じで、あるいはイラン領内のアゼル人地域の問題もあるのだが、とにかくソビエトの勢力範囲に「国家」の体裁を作れたアルメニア人とアゼル人と違って、クルド人はトルコと英仏妥協の結果、当初、約束された国家を持ちそこなったのである。

クルド人の数は2500万~3000万人と言われるが、
トルコのクルド人は、トルコ政府がそもそもクルド人の存在を認めていないので、公式な人口が出ないのだが、トルコにはおそらくクルド人最大の1500万人が、
クルド地域政府が機能し始めているイラクは比較的正確に人口が把握されていると思うが、これが550万人、
イラン領に570万人、シリアに100万人、アルメニアに40万人、ここまで〆て、2760万人だが、
トルコによるクルド人弾圧、イライラ戦争やサダム・フセインによる弾圧を逃れて、ドイツ、フランスなどに流入した人が相当数いると思われるので、3000万人はいるだろう、とされているのである。

クルド人の2500万~3000万人という数は、周辺の国の人口

イラン  6902万人
トルコ  6889万人
サウジアラビア  2580万人
イラク  2537万人
イエメン  2002万人
シリア  1801万人
アゼルバイジャン 796万人
イスラエル 702万人
ヨルダン  561万人
アラブ首長国連邦 460万人
レバノン 378万人
アルメニア  299万人
オマーン  290万人
カタール  84万人

という人口から見ると、イラクや、サウジアラビアの全人口に匹敵する数であり、もし国家の体を成していれば、イラクの人口から550万人減って、2500万人の国家が出来るのだから、イラク、サウジアラビアと同等かそれ以上の、中東を代表するような人口を擁する大国家となる。

決して「少数民族問題」ではないのである。

第一次世界大戦で敗戦国となったオーストリア・ハンガリー帝国、オスマントルコ帝国領は、本来、それぞれ民族国家として独立させる建前はあったのだが、結局、戦勝国列強の都合で線引きが行われるのである。

長らくクルド人を弾圧し続けていた共和国トルコも、EU加盟という関門をくぐる人質として、クルドの問題に正面から取り組まなければならなくなってきており、最近はクルド語の出版物も許可しているようだ。
別窓 | 雑感日記 | コメント:0 | トラックバック:0 | ↑top
進まない年賀状
2006年12月12日(火) 23:58
なかなかドタバタと忙しく、ほぼ出来上がった年賀状、なかなか、完成しない。
別窓 | 雑感日記 | コメント:0 | トラックバック:0 | ↑top
昨日に続き、クルドの話
2006年12月11日(月) 22:30
クルド人は国家を持たない最大の民族、などと言われたりする。

クルド語は、アラビア語とは全く系統が違って、ペルシャ語に近い言葉だ。

第一次大戦が終わって、オスマントルコ帝国が崩壊するが、オスマントルコという国は、もちろんイスラム国家だったが、多民族・多宗教を非常に緩やかにまとめていた国だったので、レバノンのキリスト教徒やセルビアなどバルカンの東方正教会、アルメニア正教のアルメニア人などを含んでいた。

そもそも、支配者たるトルコ人は、イラクやアラビア半島~北アフリカまで広がるアラビア語圏の中にあって、そもそもトルコ語の話者というのはマイノリティである。
そのマイノリティの支配者が、広大な版図を緩やかにまとめていて、国民国家という概念を想起させるような基盤がなかった。

クルド人もそれら多様なオスマントルコの構成員であったわけである。

問題がややこしくなったのは、オスマントルコが負けて、トルコ帝国の版図が縮小されることになり、イギリス、フランスなどの戦勝国の思惑のトルコに残存すべき領土の問題と、同時に発起したケマル・アタチュルクのトルコ革命の勃興である。

戦勝国側は、トルコの領土をもっと削るつもりでいた。

「世界飛び地領研究会」という非常に興味深いサイトがある。

ここに、第一次大戦後のトルコ分割予定地図がある。

これによれば、現在トルコ領になっている部分の大半が、ギリシャに割譲する地域、イタリア、アメリカの委任統治領に予定されていた地域もあり、クルド人地域の多くもイギリス委任統治領となっているから、このセーブル条約に基づく分割統治が行われていたら、イギリスはクルディスタンをメソポタミアとは分けて考えていたから、クルディスタン国家も実現した可能性もある。

現実には、この地図のギリシャ割譲やイタリア、アメリカの委任統治や、ボスポラス海峡のコンスタンチノープル自由国などは実現せず、現在のトルコ共和国の版図は国際的に承認されるに至っている。
トルコはこのセーブル条約での国家分割の反動として、国土分離の動きに対しては非常に過敏である。
かつて、多民族、多言語、多宗教を緩く寛容していた、オスマントルコ帝国と違って、現・トルコ共和国は非常に偏狭なトルコ・ナショナリズムが支配している。

イランやイラクのクルド人も大変な迫害にあっているが、トルコのクルド人はある意味で「欧米式民主主義国家」の体裁をとっている国としては信じがたい苛烈な弾圧を受けている。

今、イラクのクルド人は、イラクの中央政府の空洞化によって、クルド地域政府を築きつつあるが、トルコもEU加盟を真剣に考えるなら、少なくとも、トルコ国内の「クルド人が存在する」ことくらいは認めていかないと、西欧各国の視線は厳しい。

確かに、トルコ領内にクルド自治区を作れば、それはイラクのクルド地域政府と呼応し、トルコの国土分離の動きに繋がるかもしれない。

しかし、偏狭なトルコ純潔主義を貫きたいのであれば、クルド地域はクルドに帰すべきである。

クルディスタンが作れなかった問題は、パレスティナの問題と同様に、第一次世界大戦の戦後処理の不始末の結果なのである。
別窓 | 雑感日記 | コメント:0 | トラックバック:0 | ↑top
クルド地域自治の既成事実、着々と積み重ね。
2006年12月10日(日) 23:28
集英社新書 川上洋一 著「クルド人」もう一つの中東問題 を読んでいるわけだが…
そんな中、今日の朝日新聞2面に、「泥沼イラクに別世界」の見出しで、イラクのクルド人地域が、中央政府の混乱の隙に、着々と「地域自治」の既成事実化を行っている様子が書かれている。

サダム・フセインのバース党時代には、化学兵器での大量虐殺までして、アラブ化を進めていたわけだが、バース党支配は終わり、米国の侵攻後、ドホーク州、アルビル州、スレイマニア州の3州を統治する「クルド地域政府」が発足。

中央政府、イラク国軍の真空状態が生じ、追放されていたクルド人たちが、クルド民兵組織「ペシュメルガ」が奪還して、アラブ人を追い返した街に戻ってきている。

「ペシュメルガ」は地域の治安を担当し、表向きはイラク治安部隊に統合されて、イラク政府から制服と給料が支払われているというが、地域政府はさらに独自に追加給料を払い、通信はクルド語で行っている。
実質的にクルド軍なのである。

クルド3州地域にへ通じる国道には検問所が設けられ、入ってくるアラブ人は、身分証明書が必要なだけでなく、クルド人の身元引受人の提示が必要、と、実質的に国境検問である。

クルド地域政府はイラク国旗ではなくクルド旗
Flag_of_Kurdistan.png

を掲げている。

さらにフセイン時代に強制的にアラブ化された、クルド3州の南側の地域のクルド復帰を果たすべく、住民投票を実施し、クルド地域政府への編入を狙っている。
クルド人を強制委譲させて、アラブ人が住んでいたこれらの地域は、中央政府の弱体化でアラブ人が追い返され、すでに、クルド3州に隣接するこれらの地域ではクルド人が人口の90%を占めるという。
これらの地域で帰属を問う住民投票を行えば、確実にクルド地域は拡大していく。

もともと、クルドの地であったものが、元に返るわけだが、クルドは今まで内部抗争など、拙劣な立ち居振る舞いで、貴重なチャンスを自ら逃してきたが、今回はしたたかな失地挽回を進めている。

新規油田の開発もクルド地域政府が西欧やトルコなどの開発業者と、イラク中央政府の頭越しに、直接開発契約を進めたりしている。

しばらく混乱が続きそうなイラクにあって、漁夫の利と言っては、クルド人の苦難の歴史の上の正当な権利回復に失礼だが、着々とクルド政府は体裁を整えつつある。

イラク暫定政府の大統領に就任したクルド人指導者の頭領であるタラバニ大統領は「クルド人地域はイラクにとどまる」と分離運動には、今のところブレーキをかけているが、今後もイラク中央の混乱が長引き、クルド地域政府が機能しだすと、どういう展開になるかわからない。
別窓 | 雑感日記 | コメント:0 | トラックバック:0 | ↑top
スワローズ古田兼任監督、厳しい年俸ダウン
2006年12月09日(土) 23:48
スワローズの古田兼任監督は、厳しい査定になりそうだ。

1億円以上のプレイヤーについて、本人との協議なしに提示できる40%ダウン、を上回るダウンになる模様。

今年は選手としての出場も少なかったから仕方がないが、選手分の年俸2億3000万円から、1億円以上のダウンになりそう、とのこと。

まだまだ、選手として活躍してを見たい古田敦也。

来期は自信持って自分を起用できるよう、頑張ってもらいたいものである。
別窓 | 雑感日記 | コメント:0 | トラックバック:0 | ↑top
開戦記念日
2006年12月08日(金) 23:14
今日は、開戦記念日である。
記念という言い回しが不穏当であるなら、開戦の日でも良い。

あの取り返しのつかない、この前の大きな戦争が何時、どのように始まったのか?
という点は、重要な議論だ。

大日本帝国の発展を願っていた当時の日本の首脳でさえも、対米戦を望んでいたわけではなかった。

大きくつかめば、やはり、国際連盟から脱退せざるを得なくなった、満州事変~満州国設立は大きなポイントだろう。
歴史にIFは禁物だが、もし、満州事変を起こさずに自重ができていたら、台湾、朝鮮半島、南洋諸島、遼東半島、南樺太と全ての千島、その他中国本土のいくつかの拠点的な権益、は保持したまま、現在を迎えていたのだろうか?

上記の地域が日本の領土であることは、「当時は」世界の国々の承認するところであった。

しかし、戦勝国である、英仏も戦後、ほとんどの植民地を失った経緯を考えると、そうはならなかった、だろう、とは思える。

満州事変に関して、初めて「待った」がかかり、南部仏印進駐で、退路が絶たれた、ということだろう。

「覇権」というものがむなしい幻想であることは、多くの国が学んだはずなのに、覇権国家の中で、ただ一国だけ、両次世界対戦で、自国本土が戦火にさらされなかった、某国だけは、まだ「覇権」というカミサマを拝んでいるようである。

いま、集英社新書の「クルド人」もう一つの中東問題、を読んでいるが、第一次世界大戦でオスマン・トルコが敗戦国になった際の、旧オスマン・トルコ領の戦勝国による分捕り合戦を詳細にみると、覇権というものが、世界正義として安易にまかり通っていたことを知ることができる。

イラクに対する、アメリカのスタンスというものを見ると、第一次対戦頃の覇権主義と何も変わっていないように見えてならない。
別窓 | 雑感日記 | コメント:0 | トラックバック:0 | ↑top
フィジーでまたもやクーデター&非常事態宣言
2006年12月07日(木) 21:42
南太平洋のフィジーで、またもやクーデター、非常事態宣言である

独立以来、4回目のクーデターであり、市民も辟易している感じだが、解任された前首相の私腹肥やしは事実のようだが、それでも、選挙で選ばれた首相を軍が追放し、議会も停止、というのは、穏やかではない。

観光立国が重要なお国柄なのに、フィジー系とインド系住民の対立を背景にした相克はなかなか平安を見ない。

外務省も渡航延期勧告。
別窓 | 雑感日記 | コメント:0 | トラックバック:0 | ↑top
寺原←→多村のトレード
2006年12月06日(水) 20:53
さて、ストーブリーグも、松坂大輔、岡島らのメジャー入り、小笠原のジャイアンツ入りなどと、話題は尽きないが・・・。

わがマリーンズは外野手が欲しい。

そこそこ普通に守備ができて、打てる外野手が欲しいのである。

そんな中、mixi内の「千葉ロッテマリーンズ!」コミュでも、ストーブリーグトピでは、今オフ当初からコミュメンバーの話題になっていたのが、横浜ベイスターズからならば外野手が取れるのではないか?というプランだった。

マリーンズは、今シーズンの成績はともかく、清水直行、小林宏之、渡辺俊介、久保康友、小野晋吾、成瀬善久 と、安定した先発投手6人が揃っている。
6人の先発投手を、即座にさっと並べられるチームはそんなに無いのではないか。
一方の外野手は、大松の台頭はあるものの、レギュラー確定と言えるのはサブロー1人であり、2つ席が空いている感じである。

マリーンズの重要な柱である6人だが、そうは言っても打線の柱、しかも外野手が欲しい。
この先発投手6人のうち、誰かをカードとして出せば、ベイスターズの外野手が取れるのではないか、という議論であった。

とりあえず、今期、怪我で戦力にならなかった多村仁は、マリーンズの先発投手となら、トレード成立するのではないか?というプランだ。

多村仁は、
2004年 Hr40本 打点100 打率.305
2005年 Hr31本 打点79 打率.304
である。
今期こそ、39試合しか出場できず、数字を残せなかったが、多村仁、欲しい選手であった。

しかし、考えることはどこでも同じだと見えて、ソフトバンク・ホークスに先を越された。

ソフトバンク寺原隼人投手(23)←→横浜ベイスターズ多村仁外野手(29)の交換トレード成立である。

実際にはマリーンズ・フロントはそんなことは考えてもいなかったかもしれないので、「先を越された」と言っても、mixi内のファンの勝手なプランが、先を越されただけなのだが。

しかし、ベイスターズは先発(できる)投手を与えれば、多村仁を出すのではないか?という「mixi千葉ロッテマリーンズ!コミュ」メンバーの慧眼が証明された形である。

小久保もホークスに戻るし、多村、松中、小久保のクリーンナップとなれば素晴らしい。恐ろしい。
ズレータなど深追いしなくても良い感じである。
別窓 | 千葉ロッテマリーンズ プロ野球日記 | コメント:0 | トラックバック:0 | ↑top
キャンディーズのミキちゃん「藤村美樹」のこと
2006年12月05日(火) 21:14
昨晩、NHK総合のPremium10でキャンディーズの特番「わが愛しのキャンディーズ」をやっていた。

いまさらのカミングアウトだが、私はミキちゃんこと藤村美樹(現 尾身美樹さん)のファンであった。
歌番組はもちろんのこと、8時だヨ全員集合!!や、「みごろ!たべごろ!笑いごろ!」に出演していたキャンディーズ…というより、藤村美樹、を追いかけていた。
「萌え」などという単語は当時存在しなかったが、まさしく「ミキちゃん萌え」だったのである。

キャンディーズの活動時期は1973年~1978年の4年強だから、私は小学校高学年~中学校の頃、ということか。
キャンディーズのファンは彼女らと同世代がコア・ファンだというから、私などはライヴに行くなどという発想もなかったし、ジュニア・ファン、とったところか。

ところで、皆さんご承知のように、キャンディーズ・ファンの中でも、「ミキ派」は最少派閥であった。しかもダントツの最少勢力であった。
圧倒的少数勢力であることは自覚しながらも、私は藤村美樹であった。
「ラン派」「スー派」の感覚が全く理解できなかった。
シングル「わな」でメイン・ボーカルを取った時も、ミキちゃんには王道アイドルポップス路線な楽曲でメイン・ボーカルを期待してたので、ちょっと複雑な感じだった。

キャディーズの解散の頃、ちょうど絶頂期を迎えていたピンクレディーについては、楽曲はもちろん普通の視聴者として楽しんでいたが、彼女たち自身のファンという感覚はなかった。

むしろキャンディーズであった。

しかし、それではキャンディーズ・ファンだったのか?と改めて考えると、正確には私は「キャディーズ・ファン」だったのではなく、「藤村美樹ファン」であったのだ。

昨晩、改めて映像を見ても、その印象は全く変わらない。

彼女たちの後、星の数ほどのアイドルが出てきているが、(歌謡曲の歌手というジャンルは消滅したが)、今、30年前の「藤村美樹」が登場してきたとしても、私は、仲間由紀恵より、井川遥より、長澤まさみより、堀北真希より、加藤あいより、長谷川京子より、藤村美樹を選ぶだろう。
もちろん、伊藤蘭、田中好子より、藤村美樹を選ぶ。

それくらいストライク・ゾーンど真ん中であった。

ネット社会がこれだけ発達し、ニッチなジャンルにも膨大な情報量があふれる今日だが、改めて検索してみると「藤村美樹」に関する情報は驚くほど少ない。
Wikipedeaの「藤村美樹」の項の記述は今朝までたった2行!だった。
今は今日、編集が随分入って数行になっている

ある程度体裁を成していて「藤村美樹ファンサイト」と呼べるこちらのサイトにしても、ここはキャンディーズ・ファン・サイトの「一つのコーナー」に過ぎず、サイトオーナーは藤村美樹ファンである前に、まっとうなキャンディーズ・ファンのようである。

驚いたことに、「キャンディーズ・ファンである前に藤村美樹ファン」だ、と思われる方の手になるファンサイトは見あたらない。
検索でヒットするの記述は、個人ブログの中に、「実は当時、ミキ派でした」などの記述が散見されるものの、「藤村美樹」に関する情報をメインに据えたものは見あたらないのである。

Wikiにしても、「そんならオマエが書け!」ということだろうし、ファンサイトについても「そんならオマエが作れ!」ということなのだろうが、あれだけの国民的アイドルだった人の情報が、これほどまでに少ないとは思わなかった。

ある意味「マイナーなもののコアファン」こそ、ネットでの情報発信の腕のふるい所だ、と思っているので、昨晩~今日、改めて調べてみるまで、藤村美樹関連情報がこの広大なウェブの世界に、これほどまでも貧困だとは思ってもみなかったのである。

そもそも「キャンディーズ」で検索しても、今や「南海キャンディーズ」の方が多くヒットするのだが(笑・泣)。

もう舞台自体さえも無くなってしまった後楽園球場での解散コンサートの映像も悲しいが、それでも、50歳になった伊藤蘭、田中好子を見る機会がある「ラン派」「スー派」の方たちは羨ましいのである。

1980年代の彼女のソロでの歌手活動再開の時、私は大学生になっていたが、もちろん応援していたものの、「えっ 歌で…?」という部分は、やはり何か危うさを感じていたのは確かだし、ソロ歌手としての不成功が、ランちゃんやスーちゃんの転身とは対照的に、彼女を市井の人としてしまった要因でもあったかもしれない。

「普通の女の子になりたい」と言った3人だが、ホントに普通の人になってしまった藤村美樹さんに、今も「萌え」なのである。

本名: 尾身 美樹
生年月日:1956年1月15日
出身地:福島県福島市→東京都世田谷区
1973年~1978年まで「キャンディーズ」の一員として活躍。1973年9月1日デビュー、1978年4月4日解散。
1983年、カネボウのCMソングにもなった「夢・恋・人」を発表。歌手として復帰するが結婚を機に完全引退する。

キャンディーズそのものについては、ソニー・ミュージックがデビュー30周年を記念して解説したオフィシャル・サイト?もあったりする。
別窓 | 雑感日記 | コメント:14 | トラックバック:0 | ↑top
娘の発熱、一週間に及ぶも
2006年12月04日(月) 21:24
娘が熱を発し、もちろん医者に掛かっているのだが、かれこれ一週間になるのだが、症状がまったく改善せず、38~39度の熱があるので、今日は会社を休んで、ちょっと大きな病院に連れていく。

しかし、まあ、そこでも何だかはかばかしい診察結果は得られず、同様の薬を処方されて帰って来る。

薬が効いて、37度台になると、しゃべったりするが、薬が切れると、今晩も夕方39度台まで、熱があがり呻吟する。良化の傾向認められず。

明日以降もどうなることやら。
先週まるっと学校休んだわけだが、今週も?
別窓 | 雑感日記 | コメント:0 | トラックバック:0 | ↑top
ラグビー対抗戦優勝
2006年12月03日(日) 22:16
何だか6年連続、しかも6年連続の全勝優勝となると、何だか当たり前のような感じがしてきてしまうのだが、ともかくめでたいことだ。

私が現役の頃~20代の頃は、ラグビー早明戦ともなると、容易くは勝たせてもらえない時代が続いていた。
スタンドで観戦していても、この時期、ノーサイドとなる頃の夕方の寒さは身に染みた覚があり、大きな壁だった早明戦だったが、今日など大勝を見ると、隔世の感がある。

ラグビー部のますますの発展を祈るとともに、日本ラグビーが世界レベルで通用する日が来ることを願う。
別窓 | 雑感日記 | コメント:0 | トラックバック:0 | ↑top
ズレータ獲得?
2006年12月02日(土) 23:47
ソフトバンク・ホークスのズレータ選手が、金銭面でホークスと折り合いが付かず、自由契約になっていて、ズレータ側は対松坂大輔戦力として、ヤンキースへの売込みにも必死だが、そんな中、マリーンズがズレータ獲得の意向がある、という。

確かに今期、91打点の実績は魅力だが、パリーグ唯一、お金があるソフトバンクと金銭面で決裂したという状況で、マリーンズが取れるのだろうか。

また、ズレータはホークスではファーストかDHということになるのだろうが、福浦とベニーが不動だと思える中に、どのように使っていくのか?

本来なら、外野守備がそこそこできる外国人が欲しいのだが。

しかし、本当にズレータが取れたとしたら、ベニーの外野守備に目をつぶるか、むしろ思い切って、福浦のライトへのコンバート等もタブー視野に入れても良い価値があると思う。
別窓 | 千葉ロッテマリーンズ プロ野球日記 | コメント:0 | トラックバック:0 | ↑top
| 日々の雑学 | NEXT≫\r
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。