日々の雑学 ●●●
日々、ふと思ったことを書いていきます。   ・・・千葉ロッテ・マリーンズ、菅野よう子、再生可能エネルギー、自然環境、里山、棚田、谷津田、日本近世史、歴史小説、時代小説、クラシック音楽、・・・などなど。
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荻野貴司ショートコンバート、マジらしい
2010年11月30日(火) 22:56
昨日、マジか? と書いた、荻野貴司のショートコンバートの話だが、どうもマジらしい。

今日になって、契約更改の記事が出て、
サンスポ
に、

西岡が米大リーグに挑戦するため、外野から遊撃へのコンバート案もある。「やってみたい気持ちがある。守れるなら守りたい。(試合に)出られるなら、どこでもいい。打順も関係ない」と話した。

とある。

本人がやってみたいと言っている。
これはもう、是非やって欲しい。

外野は、大松、清田、サブローで決まりだ。

mixiマリーンズコミュのオーダーを考えるトピは、荻野貴司ショート時の希望スタメンオーダーの書き込みが殺到している。

荻野貴司ショートとなると、これは来季も楽しみになって来たぞ!

<契約更改後の記者会見で来年のカレンダーを広げる荻野貴司>
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荻野貴司ショートコンバート、まぢでか?
2010年11月29日(月) 22:17
スポニチが、ルーキー伊志嶺の記事の中でさらっと触れているだけなのだが、

http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2010/11/27/29.html

「今季、中堅で46試合に先発出場した荻野貴には遊撃コンバート案が浮上しているが、チームの外野陣はサブロー、大松、清田と層は厚い。」

って、どこで浮上してるんだ。

http://www.daily.co.jp/baseball/2010/11/18/0003614810.shtml

このデイリースポーツの記事か?
デイリーしか言及してないって、信頼度あるのか?

球団関係者「膝のことを考えると、外野より遊撃の動きの方が適しているかもしれない」って
まじでか?

いや、これが出来るんなら一番良いんだよ。

清田がもう完全に手放せない状態まで育ってきてしまっていて、外野は大松、清田、サブローで行きたいんだ。
荻野がショートに回ってもらえれば、一挙に解決なんだが。
本当に荻野ショートが実現すれば、稼頭央とか取るより全然良いし、もちろん外国人取るより良い。
問題は怪我の回復状態だ。

荻野貴司は高校大学通じてショートストップで、関西学生リーグではベストナインを5度取っている。
外野手に回ったのはトヨタ自動車に入ってからの2年間だけで、ショートの方が経験が長い。
コンバートと言っても守り慣れたポジションに戻るだけだ。

荻野貴司がショートをやってくれれば、清田とのセットで考えると、西岡の流出がそれほど気にならないランナップが出来上がるのだが。

そもそもこの先発難の中、はずれドラ1で俊足シュアヒッタータイプの伊志嶺を取ったこと自体が荻野ショートコンバートを大前提にしたチーム方針だったという見方をする人もいる。

スイッチヒッター習得の話は進めるのか?
今オフも荻野貴司から目が離せない。

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娘のバスケ部記念すべき初勝利!
2010年11月28日(日) 22:54
今日はKオケの第2回練習もあったのだが、私は自分のオケの練習と被っていて参加できなかった。
ま、でも弦楽器も、3-2-2-2-0、管楽器もTuba以外、全パートいて、これはどう見てもオーケストラ以外の何者でもないだろう、という感じにはなってきたようだ。
Fg2本だから、立派なものだ。

さて、それはさておき、絶賛連敗中だった娘のバスケ部。
とにかく弱い。

近隣のNRSN市の公立中学校とかと練習試合をすると、100-4くらいの感じで負けるのがデフォルトとなっているようだ。
実際3桁得点される試合は多いようで、50点しか取られなかったとかいうと、善戦した、という感じのようなのだ。

公式戦も練習試合も、とにかく1試合も勝ったことがない。全敗街道絶賛驀進中である。
男子の方はそこそこ勝つようだが。女バスは弱い。

まあ、そこでだ。
勝つためにはどうしたら良いか。

とにかく練習しかないのか。

いや、それも大事だが、必ず勝てる弱い相手と試合をすれば勝てるのではないか。
ということで、練習試合を申し込んだのは、天下の有名校、SBYMKHR中学ですよ。

別にもう天下のSBYMKHRですから、多少けなしても痒くもないと思うので、書いてしまうがどうも弱いらしい。

ということで、娘たちのバスケ部は今朝幕張駅集合で、勇躍、相手校に乗り込んでの練習試合。

目論見通り、ついに初勝利あげました。
娘もちょっとは出場したようで、まあとりあえず、全敗記録は止まり、良かった良かった。
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懐かしい人に久しぶりに出会った
2010年11月27日(土) 22:44
今日はS響の練習だっただが、そこで懐かしい人に久しぶりに会った。

Wオケ同期、Violaの旧姓TDGW-MRちゃん。
旦那もWオケ同期のViolaだが、旦那の姓はアルファベットで書くとほとんど伏字にならない名前なので、旧姓の方が馴染みもあり、旧姓にしておく。

TDGWさんはボクがS響に入団した20代の頃にはS響でViolaを弾いていた。
お子さんが出来た後もちょっといた気がするけれども、でもだいぶ前にやめていた。

今日、久々に練習に来ていたのは、今度の曲にチェレスタのエキストラで出演していただけることになったとのこと。

いやあ、TDGW-MRちゃん、全然変わってなくて、学生時代のあの印象のままですよ、奥さん。
「SKRIクンも変わらないね」とは言ってもらったものの、MRちゃんすごすぎるよ。

現在はViolaは弾いていないものの、ピアノは教えているそうな。

卒業以来、一度も会ったことがない同期もいるから、久しぶりと言っても、そんなに極端に永く会ってなかった同期というわけでもなく、S響をやめた後も、ボクがなんかの拍子にフレックスでちょっと遅めに出社して、東京駅乗換えになった時に、東京駅の山手線外回りホームで3回くらい出くわしたことがあったのだけれど、でもこの10年くらいは会ってなかったかな。

次のS響の演奏会に来るともれなくTDGW-MRちゃんに会えるよ。
と宣伝w。

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打楽器、個人輸入のその後
2010年11月26日(金) 23:35
11月9日のブログに打楽器をアメリカのPercussion Sourceというところから輸入する話を書いたが、決済が認証されたのが結局11月11日だったのだが、今日、無事到着した。

a couple of week待て、と言われていたが、大体その通りに到着。
以前はもう少し早く着いていたと思ったのだが。

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ここで書くと追徴されるのかもわからないが、運よく日本の消費税の支払いを督促する税関の書類はついて来なかった。
これは、服を輸入する時でもそうだが、だいたい五分五分くらいの確率のように思う。

まあ、最近色々なジャンルの音楽を演奏することが多いので、それに備えて持っていた方が便利かな、というような小物を数点購入した。

シェイカー各種

廉価ラテンパーカッションブランドとして最近多種の品揃えをしているMEINLの
ウッドシェイカー $26.99
アルミシェイカー $14.99
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籐で出来たダブルのシェイカー、これもMEINLブランド $29.99
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LPのONE SHOT シェイカー 片方向に振ったときにしか音がしない構造になっているシェイカーである。
$ 25.99
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皮が張っていないタンバリンがやはり欲しいなと思い2点ばかり、
LPのグリップがしっかりしたタイプのもの $31.99
MEINLの普通のヤツ $22.99
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それと、前にも買ったことがあるものだが、どこかに行ってしまった、SABIANのトライアングルホルダー $8.95
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個々には$25前後の商品で、83円で計算すると、\2200くらいの買い物で、IYHとは言えないレベルだが、送料が全部で$45かかっており、トータルでは$206ほどで、邦貨にして\17,000ほど。
送料をなるべく分散させたいという心理が働くからできるだけまとめ買いしようとするので、まあそれなりの金額になってしまう。

送料の$45というのは、比例配分すると、例えば$25.99のLPのONE SHOTシェイカーには$7ほど付加される感じで、邦貨換算でいうと、商品\2,700に送料\600くらいだろうか。
今回小額の商品が多かったから送料負担はちょっと割が悪いかもしれない。
でも、コマキ楽器の価格が\5,040の商品だから、\2,700+\600でも十分安い。

小物打楽器は選ぶのも面白いのでついつい色々と買ってしまう。

今回の商品では、MEINLのタンバリンが思っていたよりも大きく重く、ちょっと狙ってのと違うかな、という以外は概ね満足いく商品。

英語でのメールのやりとりはあったけれど、無事、到着しました。
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メネデール
2010年11月25日(木) 21:27
メネデールという園芸用薬剤がある。

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文字通り、芽根出ーる である。

発根促進剤というのであろうか。

酷暑の頃に、ベランダのローズマリーが枯死した話を書いたが、実はその後、そのローズマリーはやはり強い植物で、暑さが和らぐにつれて復活してきた。

しかし、それとは並行して、会社の植栽に咲いていたローズマリーが結構花付きの良い株だったので、先を数本失敬して、持って帰ってきた。
切ってもすぐに生えるから問題ないだろう。

そこでメネデールが威力を発揮する。
差し芽で植物を増やす場合にはメネデールである。

メネデールを表示の分量にしたがって水に加え、そこに切った株を差す。

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すると、メネデールの威力は抜群である。

ぐんぐんと、根が出てくる。

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あとは、植木鉢に植えれば、OK。

差し芽で株を増やしたい場合、メネデールはお薦めである。
使用する量は数滴なので、もっと小さいビンで少量売っててくれると助かるのだが。
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マイミクが99人に
2010年11月24日(水) 22:54
私はブログをmixiの外で書いているため、mixi外の私の知人もこのブログを目にする可能性があるので、わざわざ説明するが、私のマイミクが99名になった。

mixiを始めた時は、私を招待してくれた、Wオケ同期の元トランペット吹き一人が唯一のマイミクだったわけだが、mixiに入ってみて、マイミクが100名とかいる人が信じられなかった。
どういうライフスタイルの人なのか?
面識のない人とでも、どんどんマイミクになっているのだろうとしか思えなかった。

私のマイミクの構成は、
Wオケ同期
Wオケ打楽器パート先輩後輩(後輩は現役学生まで含む)
Wオケ打楽器以外のパートの先輩後輩(これはさすがに現役時代が被っている上下3学年までが限界である)
高校吹奏楽部同期先輩後輩
私のフランチャイズの音楽団体であるS響関係者は非常に少数で、130名の団員を擁する団体だが、マイミクは2名しかいない。
有名人(一青窈1名)
親戚(義妹1名)
会社関係者は意識的にではないが一切いない。

オフラインで会ったことがないマイミクは一青窈ちゃんだけである。

そんなところでずっと40名そこそこだった。

ところが今年の夏ぐらいから事情が激変する。
菅野よう子演奏団体Thanks!K関係者で、一気に倍増以上となったのだ。
mixi発の団体であるから、当然ながらみんなmixiに入っている。

オフラインで合う機会もWオケ関係者などよりも遥かに頻度が高くなってしまった。

S響のメンバーとは毎週練習で会っているわけだが、あまりに活動がルーティンなので、改めて話すこともない、という感じなのだ。

オフラインで十分親しくなった人とでないとマイミクにはならないようにしていたわけだが、K関係者は皆「オフラインで十分親しくなった人」たちであるから、仕方がない。

というか、学生サークルも卒業してしまってから二十数年が経って、人生も後半に差し掛かって、こんなに新しい人脈が増えるとは思いもよらなかった。
嬉しい椿事である。

ついに99名である。

100人目は誰になるのか。
こちらからマイミク申請していない人で、もう十分マイミクになっても良いだろうと思われる人は何人かいるのだが、自分で100人目を選ぶとなると、誰にするか逡巡する。

100人目は向こうから声をかけられるのを待ってみたいと思っている。

ちなみに、私はmixiのプロフィールにはひらがなで本名を晒しているので、マイミク以外でこのブログを目にされた私の知人が、もしいらっしゃれば検索してみていただきたい。
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ラグビー早慶戦
2010年11月23日(火) 21:51
勝ったときばかり書くのもどうかと思うので、ラグビー早慶戦。

負けましたねえ。

正直言って、最近の対抗戦グループは明治に一時期のような絶対的な強さがないのもあって、帝京大が一番手ごわいような印象があり、先日早帝戦を制したので、全勝優勝もあるかな、と余裕で見ていた。

慶応の監督も認める通り、選手個人個人のレベルでは早稲田の方が上で、終始ボールを支配し、攻撃をしているのだが、決め手を欠く。

インゴールでのノックオンとか、本当に最後の一押し足りなかった。
逆に言えば、慶応が良くディフェンスしたとも言える。

特に前半はほとんど早稲田が攻撃していたような感じだったのだけれど、連続攻撃何度仕掛けても、慶応のディフェンスの出足が早く、ボールを回せば回すほど、ゲインどころか後ろに下がって行く感じだ。

中央突破も隙がなかったし、ルーズボールへの対応、集散も慶応の方が素早かったように思う。
ターンオーバーも随分された。
球出しも時間がかかっていて、2次攻撃、3次攻撃でも相手にディフェンスラインを整えさせる時間を与えてしまっていた。

慶応はディフェンスは素晴らしく、慶応の圧勝になってもおかしくない流れもあったのだが、慶応は肝心のオフェンス時の好機でパスミスなどが目立ってチャンスを自ら潰していた。

早稲田の伝統の外へ展開するラグビーの良さを徹底的に潰してくる感じで、なかなか見せ場がなかった。
結局1トライ1ペナルティーゴールずつ、トライ後のゴールの成否が勝敗を分けたが、慶応のトライ後のゴールは難しい位置だったので、これを決められたのが決勝点というのは完敗だ。

後半、ペナルティゴールで、もっと易しい位置からのキックがあって逆転のチャンスはあったのに、これを外している。

圧倒的に敵陣で戦っていた前半がノートライだったのは内容、流れ的に言っても致命的だった。

慶応のディフェンスは光ったけれども、攻撃の内容は両チームとも大事なところで、ミスが多発し、必ずしもスコアのような緊迫した好ゲームというような内容ではなかったと思う。
勝敗もそうだが、見ていてストレスたまる試合だった。

秩父宮チケット完売だそうで、ラグビーの人気も、底を打って持ち直して来ているのか。

今年は明治が強く、慶応も破っているが、帝京にも勝って、全勝を守っている。
早明戦で勝たないとまずいことになったわけだが、ここ数年の明治とは今年は違う。
今日のような感じだとまずい。
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最良の一日(詳細、鬼長文注意!)
2010年11月22日(月) 22:23
さて、昨日のご報告である。

昨日の記述とダブる部分もあるかもしれないが、ご勘弁願いたい。

昨日は夕方にコンサートを聞きに行かなければならなかったので、掛け持ちは無理かなと思っていたのだが、千葉ロッテマリーンズ・日本シリーズ優勝パレードは11時スタートだという。
これは行けるのではないか、ということで思い切って行く事にした。

パレードのスタート地点は海浜幕張の街の幕張ベイタウンと呼ばれる一帯で、海浜幕張の駅からだと少し遠い。
そこからスタートして、幕張ニューオータニの脇を通り、マリンスタジアムまで行くという道筋だ。

しかし、この幕張ベイタウンの一角のスタート地点からしばらくの間が、道の両側に高層マンションが迫り、その各戸から、大量の紙吹雪が撒かれるので、パレードのハイライトというか一番盛り上がる部分なので、そこで見たいと思っていた。

ニューオータニやスタジアム近くまで行ってしまうと、片側が公園だったり、建物が奥に引っ込んでいたりして、両側上空からの紙吹雪乱舞とはならないのである。

もちろん相当な人手が予想されるし、混雑もするだろうから、車で行くわけにもいかない。

天気も良く一念発起して、初めてだが自転車で行ってみることにした。
パレードを見る場所とかも、ちょっと現地行ってみて場所を移動したいとか思うかもしれず、潰しが利くだろうと思ったのである。

どれぐらい時間がかかるのか見当もつかなかったのだが、9:30頃家を出る。

我が家は駅前極近にあって、隣にイ○ン系ショッピングセンターがあるから、自転車は一応持っているものの、ほとんど乗る機会がない。
娘の小学校の授業参観とかに小学校まで乗って行ったことがあるくらいだ。
タウンサイクルだが、一応6段変速がついている。
マイミクpokunによる刺激も多少影響されていたかもしれない。

自宅近傍駅を海側に抜け、かつての海岸線である国道14号線千葉街道に沿った崖まで出る。
ここでかつての海に向かって急激に崖が落ち込んでおり、自動車の道路は自動車専用の陸橋となって崖下に降りて行き、歩行者と自転車は階段を押して歩くスロープで崖下へ降りなければならない。
本来、降りて歩かないと危険なのだと思うが、人が全然いないし、乗ったままソロソロとスロープを降りる。

降りてしまえば、あとはかつての海面であるから全く平坦だ。埋立地に新しく作られた道路だから歩道も幅が広く、ストレスなく快調にこげる。
京葉線まで出て京葉線沿いに幕張方向を目指す。

途中検見川浜駅近辺で自動車道路は線路に沿って走る道がなくなるのだが、歩行者と自転車は脇の小道を通ってそのまま進めることに始めて気づいた。
検見川浜駅手前あたりで明らかに御同好の士とお見受けする、私よりちょっと上のご夫婦が私の前を自転車で走っていて、通い慣れた道という感じで公園を斜めにショートカットしたりしながら行くので、なんとなくそれに付いて行く。

先達の先導で思ったよりも早く目的のベイタウン通りに到着し、自転車も問題のないところに停められ、パレード道路際に立つ。
前から2列くらいは早朝か前夜からかわからないけれども、シート張りをして座っている人たちが2列くらい。そのすぐ後ろに立つことができた。
結局パレード時には私の後ろに10列くらいは人がいたから、結構前で見れたのだと思う。

紙吹雪はフライング気味で撒かれ始め、遠くのスタート地点でパレードがスタートし始めた合図のテープが噴射されると、フライング気味で撒かれ始め、まだ選手が目の前に到着する前にスゴイ量が降って来た。
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このパレードの実行委員会はここのベイタウン幕張の住民自治会がコアになって組織されていて、近隣住民の絶大な協力のもとに成り立っている。
両側のマンションの各部屋から大量に降り注がれる紙吹雪はそれぞれの住居の方でなければ撒けないし、これでもか、という量の紙吹雪を各戸の方が準備して下さっている。

最初にMスプラッシュや消防音楽隊のマーチングバンドがWe Love Mrinesを演奏しながら通り過ぎる。

そして西村監督と重光オーナー代行を乗せたオープンカーが来る。
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次は高橋慶彦二軍監督と瀬戸山社長。そうだ!今年は二軍も日本一になったのであった。すっかり忘れてたよ。ヨシヒコ申しわけなし。
ヨシヒココールもすごい。
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続いて選手会長サブローと小林宏之。
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次に、井口と、なぜか大松。
大松、お前日本シリーズ第1戦の最初の打席で怪我して全然出れなかったのに、何でMVPの今江や成瀬を差し置いて特別扱いなんだ? 来年キャプテンやるのか?
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次に剛とマー君。
剛、頑張って来いよ!
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ここまででオープンカーの車列は終わり、後はバス3台。
2005年の時に使ったのと同じバスだと思うが、天井に選手が乗れるようになったバスである。

荻野貴司、大嶺、成瀬、内、ケケ原もまあいるか。
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俊介いつもの飄々とした顔。その隣には日本シリーズMVP今江。
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狂ったように起こる的場コール。判官贔屓からかもしれないが的場は今年1年ですっかりマリーンズの人気キャラになった。

次々と目に入る選手の名前を知らず知らずのうちに連呼している。
選手たちは漠然と周辺の観客を見ているのだが、なぜか伊藤義弘とは視線が合った。
日本一決定の瞬間にマウンドにいた伊藤。
数メートル先の伊藤に向かって思わず「イトー!」と叫ぶ。
伊藤は私に視線を合わせたまま、親指を立てて拳を突き出してくれた。
伊藤ちゃん、来季は宏之がいなくなってブルペンは大変になるけれど、頑張ってくれよ、と念じた。

2軍の選手も育成の選手も全員いる。
モロさんはどこにいてもやはり目立つ! 華のある人だ。
帰国してしまったマーフィーやペン、金泰均はいないけれども。
福浦さん遠慮がちに最後のバスに乗っていた。
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選手はバスの両側に立っているから向こう側に乗っていた選手の姿は当然まったく見られないのだが。
清田は向こう側だったのかな?

今日のニッカンスポーツ、この中に私が写っているのを発見した!
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最後の車が去った後には、2005年のとき15分で終わったという伝説の紙吹雪拾いがスタート。
道路全面にわたって、2センチくらい紙が堆積している。
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今回も皆、狂ったように紙吹雪を拾う。
実行委員会のスタッフはビニール袋を持って広げているだけ、観戦者が皆拾ってその袋に入れていく。
今回は10分切ったのではないか。
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あっという間に交通規制が解除される。

再び自転車にまたがりマリンスタジアムへ。

ベイタウンからスタジアムまでの道は知らなかったけれども、皆がどんどん同じ方向へ向かうからただ流れに行けば良い。
マリンスタジアム前にも無事自転車停められて、入場無料のスタンドに入る。

1階席はもう満員です、と係員が叫んでいる。
パレードを現地で見ずに、直接スタジアムに来て、スタジアムのビジョンでパレードの様子を見ていた人たちも大勢いたようで、パレードから駆け付けたタイミングの人たちは完全に後発。
1人だったから、辛うじて2階席に1人分空きを見つけて座る。
グループで来てたら、パレード後にスタジアムに来たのでは一緒には座れなかっただろう。
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昼食時なので、昼食を調達しようとするが、どこもすさまじい行列。
いつも買っている、なか卯の牛丼を買おうとして並んでいたが、店の女の子が「すみません牛丼終了しました」と叫んでいる。
もう面倒くさくなり、昼食は家に帰ってから食べることにして、着席する。

いよいよ開始時間となった頃に、誰もいないグラウンドに最初になぜかチーバくんがポコポコと出てきた。
「チーバくーん!」という叫び声があちこちで起きる。
ビジョンにチーバくんアップで写る。後ろの席で「チーバくんって舌が出てるんだ」という話し声。そうだよ。浦安市の部分が舌になって垂れ下がってるんだ。

Mスプラッシュと子供たちの「海風に乗って」。
「千葉マリンに集う我らの・・・」というこの歌は来季球場名が変わるとどうなってしまうのか。
1年だけの短命の曲で終わるのか。

マー君、リーんちゃん、ズー君、クール、登場。
選手コーチ入場は背番号の大きい順から、3桁の育成選手に始まり、一人ずつ登壇。したがってトリは清田。

そして、西村監督登壇。挨拶。
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森田健作知事からの表彰。
熊谷千葉市長からの表彰。

ベストオブルーキーには清田が選出され、ブレザーを着させられる。

選手はグランドに広げられたビッグフラッグにサインをしていったん退場。

この後、選手にハイタッチしながら、グラウンドに入れるというイベントに移るが、私はそろそろ引き上げようと、席を離れ、マリーンズ・ショップの入場制限の行列に並ぶ、なかなか列が進まない。
しかしいったん並んでしまって自分の後ろにも長大に列が伸びているのを見ると、あきらめるのももったいないような気がしてしまう。
並んでいるうちにグランド内は選手のトークショーに。

やっと店に入れるが、棚はガラガラ、ほとんど完売状態である。勘弁して欲しい。

どうせ買うことが分かっている来年のカレンダーと今季の戦績をたどるオフィシャルDVD、その他数点残っていた優勝記念グッズを買う。

自転車にまたがり、帰路につく。

マリスタ自転車参戦も季節が良ければ、ちょうど良い距離で、適度な運動で、道も走りやすく快適ではあったのだが、今日は1時間程度スタンドに座っていただけだが、試合の日は3時間以上、ジャンプもしなければならない。応援自体でいつも結構憔悴しており、これが負け試合の帰りとかになると、自転車での帰宅は相当つらいものになりそうな気がする。

自宅で遅い昼食を取り、川崎に向けて出発。

マリス・ヤンソンス指揮 アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団。
マーラー3番である。

アムステルダム・コンセルトヘボウと呼び習わしているけれど、ロイヤル・コンセルトヘボウ・オーケストラという名前で、まあ、アムステルダムにあるから、アムステルダムを付けているけれども、コンセルトヘボウというのもオランダ語でコンサートホールという意味であり、要はオランダでコンサートホールのオーケストラと言ったら、このオケなんだ、というオーケストラである。

品川で一回乗り換えて次の駅がもう川崎だし、ミューザ川崎は駅前だから、家から行く分には案外近い。
今回パートナーとなってくれたmatatabiさんと待ち合わせ。

matatabiさんは来年マーラー3番を演奏するそうで、喜んで付き合ってくれた。
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席はB席で最上階4階、サイドの後列、後ろは壁という場所だったけれども、ミューザはどの席も見やすい。
音も席によるムラはあまりないような気がする。

マーラーの交響曲はもちろん、最高傑作という意味では9番かもしれないし、6番だという人も5番だという人もいるかもしれない。
少なくとも3番が最高傑作だという人はいないだろう。
少々お店を広げすぎた感じのある、とっちらかった感じのある曲だし、6楽章まであって、とにかく長い。
今回も1曲プログラムである。
後期の交響曲に比べると、交響曲としての深みには欠けるかもしれないが、2番・3番・4番あたりの歌曲に基づいた交響曲は、歌謡性に富んでいて、とにかく美しい旋律がたくさんある。
そういう意味では、構えずに楽しめる曲で3番は大好きな曲だ。

しかし、女声合唱と少年合唱を伴うこの曲は、なかなか取り上げるのが大変でもあり、海外オケの来日公演の演目になることは少ないと思う。

チケットは確かに高かったけれども、このメンバーのこの演目で当日券があるというのは残念な話だ。

アムステルダム・コンセルトヘボウ・オーケストラは、20代の頃にアシュケナージが振るブルックナー8番を聞いた覚えがあるのだが、音が小さいオケだなあ、という印象があって、このオケはやはり、あのアムステルダム・コンセルトヘボウという名物ホールの響きで聞いてこそホームの強みを発揮するオケで、名前の通り、ホールと不可分なオケなのではないか、と感じていた部分があった。

学生時代にベルリンのフィルーモニー・ザールでカラヤンが振るベルリン・フィルで、物理的にほっぺたが後ろに引っ張られるような音圧を体験して以来、シンフォニー・オーケストラという形態で、これだけの人数が集まって演奏するからには、アコスティック楽器でどれだけデカイ音が出せるか、というのも重要な評価基準だと考えていたボクには、アムステルダム・コンセルトヘボウは少し物足りないものを感じていた。

昨日の演奏も、確かにデシベルで測れば、欧米のオケとしては音量は小さい方かもしれない。

しかし、冒頭の「どおーこーのだれかは、しーらあないけれど、だーれーもおがー、ザンザン、みんなあ、ザンザン、しってえいるうう」というホルン8人のユニゾン・ソリは堂々たるもので、素晴らしい。必要にして十分な音が鳴っていたと思う。

シンバル奏者が吊りシンバルのmf以下の音の時に使っていたちょっと径の小さい吊りシンバルの楽器の音が実に素晴らしい。
是非一度、叩かして欲しい、という気もしたが、楽器じゃなくて腕前なんだよ、というのはこの日の演奏でも歴然であった。
一見して読響が使っているのと同じ色見をしているから、オランダが世界に誇る打楽器メーカー・アダムスのティンパニであることは確かだと思うが、このマーラーの3番という曲は2人のティンパニ奏者が必要で、1番ティンパニと2番ティンパニの掛け合いは、マーラーのシンフォニーの中でも一番良く出来ているのではないか、と思うのだが、4台ずつ2セット、8台のティンパニが並んでいる。同じモデルである。
しかし楽器じゃないよ腕前だよ、というのは2番ティンパニ奏者の方には申し訳ないが、1番ティンパニの音はビックリするほど素晴らしく、同じモデルの楽器を叩いているのだが、あまりにも差が歴然としていて呆然とさせられた。
2番ティンパニも世界標準から考えれば十分上手いのである。
しかし、1番ティンパニの音があまりにも良すぎる。
これは残酷な事実であった。
全く同じ楽器を叩いていて、ここまで音が違うか。。。

銅鑼はシンバル奏者とトライアングル奏者が分けて掛け持ちしていたが、これはなかなかトリッキーな掛け持ちでアマチュアにはちょっと真似できない。

1番トランペットが不調でいくつか残念な箇所があったけれども、全体には素晴らしい出来であった。

舞台袖で吹く指定の長大なポストホルン・ソロは、トランペット奏者が担当するが、フリューゲル・ホルンで吹いたりもすることもあるのだが、音だけ聞いていたら、これはトランペットで吹いているのではないだろうか、と思って聞いていたのだが、カーテンコールで舞台上に呼び出された奏者が持っていたのは、文字通りポストホルンの形をした丸い形の楽器だった。

少年合唱は5楽章だけなのだが、4楽章から5楽章へはアタッカで入り、子供たちは立ち上がると同時に「ビムバム、ビムバム」歌い出した。
立ち上がるとき椅子がガタガタっといったけれど。
しかも、子供たちは立ったまま、6楽章へもアタッカで入って、「あしーたがある、あしーたがある」と始まってしまい、このまま終わるまで子供たち立ちっ放しか?と心配したが、6楽章しばらくして音が大きくなったところで座ったので一安心。

この曲の大団円、2人のティンパニ奏者の掛け合いとユニゾンも素晴らしい。
ユニゾンなのだが、タメがあるので、指揮者を見ても無意味なのである。指揮で合わせることはできない。
2番ティンパニ奏者は完全に1番ティンパニ奏者のスイングを見て、それにつけていく。

私の師匠が某国営放送響のティンパニ奏者だった時にこの曲をやった際には、師匠が2番ティンパニだったのだが、1番ティンパニと2番ティンパニを前後に並べてやっていた。
それほど合わせにくいし、ユニゾン・ソリのタメが1番ティンパニ奏者の個人的な裁量に任せざるを得ないので、2番ティンパニ奏者は勇気を持って1番奏者のタイミングに合わせて打ち込むしかない。

ブラヴォーであった。

日本のプロオケも上手くなっているが、やはり年に一回くらいは、欧米の一流オケを聞くようにしないと、標準というものがわからなくなる。

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最良の一日
2010年11月21日(日) 23:02
この10年くらいで最良の一日だったのではないだろうか。

もちろん娘が中学に受かっ日よりもか、とか問い詰められれば、そんなことはないのだが、それでも特筆すべき贅沢な一日であったことには間違いない。

午前中マリーンズの優勝パレードを見るために幕張の街まで行った。

無数に舞う紙吹雪の中、数メートル先を笑顔で通り過ぎて行く選手たち。

たくさんの選手の名前を気付くと自然に連呼していて、選手たちは何となく沿道全体を見渡しているけれども、伊藤義弘とはなぜか目線が合い、「イトー!」と叫ぶと、しっかり私に視線合わせたまま、親指を立ててこぶしを突き出した。

宏之がいなくなって、ブルペンは大変になるけれども、来年も頑張ってくれ。

そして、マリンスタジアムに移動して、優勝報告会。

観客はスタンドに入り切らず、通路や階段にも人が座っている。
消防署にばれたらヤバイ状況だ。

挨拶や表彰のあと、選手のトークショーとか続いていたけれども、途中で退出。
いったん帰宅。

そして、ミューザ川崎シンフォニーホールへ。

マリス・ヤンソンス指揮、アムステルダム・コンセルトヘボウ・オーケストラ。

マーラー交響曲第3番。
マーラーの最高傑作ではないかも知れないが大好きな曲である。
無事故というわけには行かなかったけれども、素晴らしい演奏だった。

まだ帰宅の途中なので、今日はメモ程度。

明日改めて詳しく報告させていただきたい。
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菅野よう子演奏団体Thanks!K坂本真綾セッション
2010年11月20日(土) 21:03
今日は菅野よう子演奏団体Thanks!Kの坂本真綾セッションが代々木NOAHでありました。

私は自分のオケの練習日なので、途中まで参加。

スクラップ~別れの唄~
ソラヲミロ
Active Heart
Gift
マメシバ
ユッカ
cloud 9
birds
tune the rainbow
THE GARDEN OF EVERYTHING
トライアングラー
プラチナ


ちょっと曲順入れ替えとかあったんだけれど、tune the rainbowがもう少し前に来たのかな?

マメシバのタンバリンは前からやりたかったので、楽しみました。
Active HeartではMyグロッケン・シュピールを持ち込み。
今日のために買ったというわけではないけれど、今日がデビューになり、他で使う用事は当分ありません。
わずか\8,000の楽器だけど、結構使える。
良い買い物をしました。

真綾曲はやはり皆さん結構歌いこんでいるので、メインヴォーカルのお嬢様方は皆さん立派だったこれど、Kオケ・オーボエ奏者のヴォーカルの上手さにはクリビツテンギョウでしたよ。ハハ。
後半は聞けていないし、打ち上げにも出られなかったので、全体の感想を述べることはできなんだけれども。
後半の曲でメインヴォーカルだった方の歌を聞けていないのが残念。

真綾曲は良曲が多いから、真綾セッションは今後も立つのかも知れないけれど、ボク自身は真綾曲については、なんかもう今日で気が済んだような感じもあります。
あれもこれも顔を突っ込んでいたら収拾つかなくなって大変だし。

ヴォーカルの子達はやりたい気持ち強いと思うけれど、楽器伴奏者たちの負荷は結構大変で、セッションと言いながらも、体の良い生カラオケ大会になってしまう懸念は常にあり、このあたりどうしていくか・・・。

真綾曲に限った話ではないけれど、ヴォーカル曲はどういう風に扱っていくのが良いのか、要検討だなあ、と思いました。

でも、菅野よう子を語る上で、坂本真綾楽曲は大きなウェイトを占めているのは事実。
逆に言えば、真綾曲なしの菅野よう子というのはあり得ないわけで。

Active Heartのグロッケン・シュピール専業で、スケジュール合えば、という感じにしようかな。

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<今日デビューのMyグロッケンシュピール>
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<本番では使えないけれど、練習には十分使える。スケジュール合えば無償貸し出しします。>
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特集号
2010年11月19日(金) 22:24
ニッカンスポーツが出した、千葉ロッテマリーンズ日本一特集号が、なかなか店頭で見当たらないので、面倒くさくなり、尼損で購入。
ついでに週刊ベースボールの特集号と、Numberの特集号もまとめて購入。

改めて読み返し、贅沢な気分に酔いしれる。

週ベとニッカンの表紙の胴上げ写真は、ほとんど同じ写真に見えるが、よく見ると若干角度が違う。
モロさんがこっち向いているのは同じだが。

なんだかんだ言って、やっぱり野球は優勝しなきゃいかんな、としみじみ思う。

<左から週刊ベースボール、Number、ニッカンスポーツ増刊>
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明治神宮野球大会初優勝!
2010年11月18日(木) 23:56
明治神宮野球大会というのは、大学野球の長い歴史、高校野球の長い歴史を考えると、大会自体は新しいものである。
伝統はそれほどない、と言っても良いかもしれない。

しかし、大学の部においては、大学野球の各リーグの覇者が雌雄を決し、事実上の大学チャンピオンを決める大会ではあるので、重要と言えば重要であるのだが。

明治神宮鎮座50年を記念して行われた1970年(昭和45年)の奉納野球が同大会の始まりで、主催が明治神宮と日本学生野球協会というのも、ちょっと変わった成り立ちを持っている。

各グループの覇者が対決して大学チャンピオンを決する大会という意味では、ラグビーの大学選手権のような重要度はないのかもしれない。

しかし重要度がないと感じているのは、私が早稲田大学に縁のある人間で、早大がまだ一度も明治神宮野球大会で優勝をしたことがないという事実から気分的に視線をそらしたいために、それほど重要度がない、と思い込んでいただけで、東都大学リーグや首都大学リーグの関係者とかは、常にここを目指して戦ってっきているのかもしれない。

トーナメントの選出方法は、その時代時代の各リーグの強さのバランスによって、非常に政治的に、恣意的に決められているのだが、ありがたいことに、東京六大学秋季大会の覇者は、大会開始以来、無条件で1枠出場権をもらえている。

東都大学リーグの覇者と東京六大学の覇者がそれぞれ勝ち上がった場合、決勝戦まで対戦しないように配置されるなど考慮されている。

東都大学リーグは4部まであって、入れ替え戦もあるから、常に強い学校6校が1部リーグにいるし、スポーツ推薦枠も柔軟な大学が多いから、はっきり言って強い。

確かに東都大学リーグの大学が優勝している会は多いが、しかし、東京六大学も慶応、明治、法政は明治神宮大会優勝したことがあって、必ずしも東都が強いから東京六大学が優勝できない、というわけではなく、早稲田大学にとっては、明治神宮野球大会を制したことがないのは、恥辱であった。
慶応、明治、法政はそれぞれ3回ずつ優勝したことがあるのに、早稲田は大会始まって以来1回もなかったのである。

それが、今日、ついに初優勝を達成した。
斎藤、福井、大石のドラフト1位トリオだからこそ、成し遂げてくれた、とも言える。

決勝で相対した首都大学リーグ東海大の3年生エース菅野(すがの)智之投手は、素晴らしい投手で、ここまで完璧なピッチングで勝ち上がってきた。
菅野智之はジャイアンツ原辰徳監督の甥であるという話題性は脇に置いても、来年のドラフトでは目玉になることは間違いない。

今日も東海大に先制され、菅野からなかなか得点が奪えなかった。

6回に4番の山田が満塁で2点タイムリーを放ち逆転。

福井、大石、斎藤のドラフト1位トリオのリレーで何とか1点のリードを守り逃げ切った。

初優勝、めでたい。

今年は、全日本大学駅伝も制し、難敵ラグビー早帝戦も制し、六大学秋季リーグ、明治神宮大会と来たので、ラグビー早慶戦、早明戦、箱根、ラグビー大学選手権と、全部行っちゃって欲しいものだと思っている。

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紅茶飲料の躍進
2010年11月17日(水) 21:17
色々報道もされているし、店頭を見ても明らかなように、紅茶飲料がスゴイ勢いだ。

フレーバー・ティーの類も多々出ているが、明らかに特徴的なの茶葉2倍、エスプレッソ・ティーなどの濃さを売りにしたミルクティーだろう。

ずっと紅茶飲料を販売してきたキリン・ビバレッジの午後の紅茶ブランドは元より、アサヒのTeaO、伊藤園のTea's Tea、サントリーがLiptonのブランドで出しているものなど、各社参入してきている。

今までの紅茶飲料に比べて格段に甘さ控えめなのが各社共通した特徴だろうか。
カロリーOff、あるいはゼロ、糖類ゼロをうたったものもあるが、砂糖が入っているものもあって、スペックは微妙に違う。

「ロイヤルミルクティー」という言葉は完全な和製英語で、定義も意味も非常に曖昧なのだが、本来は牛乳だけで煮出した紅茶(チャイと同様のもの)を差すのだろうけれど、喫茶店でも、紅茶飲料としても、何となく牛乳濃い目のミルクティーという程度の雰囲気を提供する側も、飲む側も期待しているのだろう。

そのいわゆる「ロイヤルミルクティー」の紅茶葉多め、牛乳多め、甘さ極控えめ、のものが各社のラインナップになっているように思われる。

私も実は秋口から、無糖ブレンド茶はあまり飲まなくなって、紅茶飲料にシフトしている。

緑茶飲料は元々苦手で、ウーロン茶も独特のえぐみが好きではなかったし、夏はゴクゴク飲みたい季節でもあり、何となく爽健美茶やキリンの生茶のブレンド茶など飲んでいたけれど、暑さが一息つくにつれ、紅茶飲料にシフトしていった感じだ。

はじめAsahiのTeaOを飲んでいたのだが、Liptonはオマケにスイーツの形をしたストラップが付くキャンペーンをやっていた時期があって、サントリーのLiptonの贅沢シリーズを買ってきてくれと、娘に頼まれてLiptonの贅沢ロイヤルを買って以来、TeaOよりもLiptonの方が甘くないことに気付き、Liptonのリピーターになっている。

Liptonの贅沢ロイヤルはカロリーオフでも無糖でもないのだが、各社の濃厚ミルクティー飲料の中では一番甘みが軽いような気がしている。

この紅茶飲料ブームと、マイブームがいつまで続くのか、ずっと続くのか、注視していきたい。


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西岡剛、ポスティング容認、メジャー挑戦へ
2010年11月16日(火) 22:38
今日、瀬戸山社長が記者会見し、西岡剛のポスティングシステムによるメジャーリーグ移籍を容認する旨、発表があった。

若きチームリーダーの流出は痛い。

しかし、井口、松井稼頭央、岩村らの内野手の事例を見ていると、選手寿命の盛りの時期にメジャーに挑戦させてやりたい気持ちがあるのも確かだ。

特にサンフランシスコ・ジャイアンツはシーズン中からずっと西岡を調査してきており、正遊撃手として欲しいと言っているようだし、井口や稼頭央がショートではなく、セカンドに回ったことを考えると、ショートで使ってくれるところがあるなら、是非挑戦すべきだと思う。
イチローはチームが弱くて可哀想だ。イチローはキャリア終わるまでワールドシリーズには出られないかもしれない。
米メジャーはチーム数が多く、ワールドシリーズに出られるかは巡り合わせの運もある。
今年ワールド・チャンピオンになったサンフランシスコ・ジャイアンツからオファーがあるなら是非受けるべきだ。

数年前から成績を残したら行かせてやると言って来た球団サイドだっただけに、まあ首位打者・最多安打という今年の成績に対しては仕方がないところだろう。

「チームを引っ張り、個人的にも最高の結果を残した。ご褒美が彼の希望をかなえてあげること」と瀬戸山社長は話した。

だが、剛は、昨年非常に成績が悪かった。
今年良かったのがフロックなのか実力なのか、剛をずっと見てきている私の目から見ても良くわからないところがある。

剛自身、ブログで

僕自身、日本人の内野手が成功しないと言われるなか
また日本人じゃ無理かもな!
また西岡剛じゃ無理かもな!
自分の力も知ったうえで、
挑戦してその印象を変えたいのです!!
どうかこんな西岡剛ですが応援してください!!

と言っている。

ダメだったら戻ってくれば良い。
戻ってくる日がないことを願いつつも、いつでも待っている。

<日韓チャンピオンシップ勝利後、選手監督全員で挨拶をした後に、再度おきる剛応援歌に応え、ライトスタンド方向へ一人戻る剛>
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今年の剛の応援歌はよく出来ていたのだが、1年限りというのも残念だ。
あんまり良い映像がないのだが


原曲

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原千晶ちゃんのこと
2010年11月15日(月) 21:35
クラリオン・ガールから大臣が誕生する恐ろしいご時勢になってきているのだが、典型的な美形キャラではなかったし、メイン・ストリームのタレントさんにはなれないポジションだろうなぁ、ということはわかっていたけれども、私は原千晶ちゃんのファンであった。

まあ年齢的なものもあるのだけれど、最近露出が減って、でも何とか年1くらいではドラマとかもあって、頑張っているかなあ?・・・と気にはしていたタレントさんであった。

ファンというからには、もちろん容姿もそうなんだけれど、タモリ倶楽部とかに出ていたりした時の飾らない自然体のキャラクターに好感を持っていたのだ。

それが、今日、久々のマスコミへの大々的露出が、こういう形のニュースになってしまったことを非常に複雑な思いで見ている。

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病気は再発していて今年の症状の方が明らかに重くなっている。完治したというわけでもない感じだし、そういう状況での記者会見はツライものがあったろう。
そして、そういう状況下での入籍という選択も、単純に「おめでとう」とも言えない気がしている。

頑張って欲しい、というような言葉も簡単に使えるような状況ではないような気がするし、旦那様との新生活についても、どういう言葉をかけていいかわからない。

一ファンとして、じっと見守って行くしかない。

篠山紀信さんに撮ってもらったあの写真集も、子宮全摘出、髪の毛も全部抜けてしまった、という現在の状況を考えると、撮っておいてもらって良かったのではないだろうか。


Bora bora Chiaki Hara+Kishin ShinoyamaBora bora Chiaki Hara+Kishin Shinoyama
(1997/11)
篠山 紀信

商品詳細を見る


同写真集から1枚だけ
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去年12月に交際順調、と言っていたときのこの写真も、もしかすると自分の髪の毛ではないのかもしれない。
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<以下記事引用>
タレントの原千晶が15日、都内で会見を行い、自身の病気の経緯と入籍について報道陣に改めて報告した。がんの再発や世の中の女性に向けてのメッセージを語る際、原の目からは涙が何度も頬を伝った。体調が回復したこのタイミングで入籍し、子宮がんを公表したことについては「『公表することで(同じ病気の人の)救いになれば』とたくさんの方が言いますが、そういうきれいごとではなくてまずは自分が楽になりたかった。ビジュアルが変わって隠しきれなくなったというのが大きい」と素直な思いを語った。

 原は会場に入り、席につくと「報道や、生放送でお話させていただいたとおり、10月10日に入籍いたしました。2005年2月、2010年1月に子宮がんを患いまして、2度の手術を体験しました」と報告。2005年に病院での検診で子宮頸がんが判明し、一部を切除する手術を受けて体調は回復。しかし昨年末に子宮頸がんと子宮体癌の併発が発覚し、今年の1月に骨盤内のリンパ節の切除、子宮を全摘出する手術を受けたことを改めて明かした。

 5年前の手術では「公表する気は一切なかった」という原だが、再びの手術、抗がん剤治療を乗り越え「本当に病気が重かったこと、巻き込んだ人が多かったこと、子宮を取ったことは事実なので、自分で向き合って生きていかなきゃいけない」との思いで今回のタイミングでの公表を決意。「ずっとカツラをかぶっていて、眉毛もまつ毛もなく分かる人には分かる。今は生えて、もみあげは自分のですが、天パーのクルクルみたいになって伸びるのに時間がかかる」と今まで病気を隠してきた上での辛さを明かした。

 制作会社でドラマや映画を手がけるプロデューサーとの入籍には「主人とは何年か前から一緒に生活をしてきたので、そのまま変わりなく。入籍という形で書類を出しただけで実感が沸かない」と苦笑い。原の方から猛アプローチして交際にこぎつけ、約3年半でのゴールインになったと明かし、来年3月~4月には親しい人を招いてのお祝いの席を考えているという。お互いの呼び方については「私が千晶なので“ちーちゃん”って呼んでいて、私は人前で呼ぶなって言われるけど“ピーちゃん”って呼んでます」と笑顔を見せながら語った。
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今日は菅野よう子2題
2010年11月14日(日) 23:48
今日は午前中は、多摩センターパルテノン多摩で行われた、リトルジャックオーケストラの演奏会に菅野よう子演奏団体Thanks!Kのメンバー募集フライヤー挟み込みに。

多摩センターは娘が小さい頃、ピューロランドに連れて行って以来かもしれない。
千葉から行くことを考えると地の果てのような気がしていたが、馬喰町で一回乗り換えるだけで到着するので、思ったよりも楽だった。

フライヤー挟み込みはいつも通りの要領。
Thanks!Kからは上野ちゃん、ユエリさん、snowfrakeさん、私の4人参加。
毎回思うことだが、どこの団体に行っても、受け付け担当のスタッフの方はステリハ中なのに、降り番の団員なのか、スタッフ専業の方がいるのかわからないけれども、しっかり応対をしてくれる。
ウチのオケとか、毎回20団体くらい挟み込みに来るけれども、失礼のないようにちゃんと対応しているのか、ちょっと心配になる。

リトルジャックオーケストラはパルテノン多摩の大ホールでチケットは抽選制で落選者が出るという状態。
クラシック曲を演奏しているアマオケの状況から考えると、信じられない需要と供給の関係だ。

挟み込み作業中、ステリハの音がモニターから聞こえてくるけれども、上手い!
少なくともこれくらいの水準の演奏をしないと恥をかくな、と思うとハードルあがる。

オケは対抗配置で、ハープ、ピアノはカミテ。

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予定通りの時間に挟み込み終了。
ユエリさんとsnowfrakeさんはリトルジャックオーケストラを聴いて帰るが、私と上野ちゃんは高田馬場で行われている、Thanks!Kのビッグバンド・リハ&Darker Than Blackセッションに参加するため、昼飯を食って多摩センターから、高田馬場へ向かう。

ビッグバンド・リハには間に合わないかと思ったが、何とか最後の方、見れた。
RUSHの進捗ぶりは実に素晴らしい。
最初に音を出した時は、この曲は永遠に出来ないのではないか、と思ったのだが。
今までものすごくテンポを落として練習してきたのだが、今日は最後にインテンポで通してみようかといって、チャレンジしたのだが、何とかそれらしく聞こえて通ってしまった。
今日はトランペットも3本揃い、充実の編成。
オケにもトランペット早く欲しい!

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転換して、Darker Than Blackセッション。

これはボクも出番があるので、あまり写真は撮れていないのだが、大変な曲ばかりだったけれど、実に楽しんだ。
やはり、Darker Than Blackは良い曲が多い。

今日やった4曲、オリジナルの音源を貼っておく。自分らの演奏は動画まとまったら、後日紹介したい。








Go Darkのタンバリンはキツかった。
昔は16ビートのタンバリンなんて普通に振っていたのだが、長らくやっていない動きなので、手がつりそうになる。

ケイヤクシャのトライアングルが一番心配で、もっと苦労するかと思ったのだが、何とか格好はついたか。

今回のDarker Than Blackはやってみたい人が集まって、とりあえず音を出してみる、というセッションで、リハではなかったのだが、曲の良さと、思いの他の出来の良さで、今後もやりそうな気配だ。
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日韓クラブチャンピオンシップ2010
2010年11月13日(土) 23:25
11月のこの時期まで、真剣勝負の試合が見られる幸せを噛み締めている。

SKワイバーンズは、過去のアジアシリーズで韓国のチームとして日本のチームに勝ったことのある唯一のチームである。
2007年のアジアシリーズ予選リーグで中日ドラゴンズに、翌2008年のアジアシリーズ予選リーグで西武ライオンズに勝っている。
しかし2007年は決勝でドラゴンズに破れ、2008年は台湾代表の統一セブンイレブン・ライオンズに大差で敗れて決勝進出ができなかった。

SKワイバーンズの監督はマリーンズでコーチを務めた金星根氏である。
金星根氏は日本生まれの在日2世で高校まで日本で暮らし、大学から韓国に渡った。
韓国実業野球界の投手として活躍し、韓国プロ野球創設時にOBベアーズの投手コーチに就任し、以来、途中マリーンズのコーチとなった2005年2006年を除いて、ほぼすっと韓国プロ野球チームのコーチ、監督を務めてきた、韓国プロ野球の歴史そのもののような人物である。
今回来日した際の記者会見でも、最初日本語で話し始め、途中で「あ、韓国語の方がいいか」と、韓国代表チームの監督として来ていて、韓国のマスコミも取材している状況に、改めて気付いた様子で、途中から韓国語に切り替えるという一幕もあった。

いずれにしても、以前のアジアシリーズと違って、一発勝負となった今回の日韓クラブチャンピオンシップは、間違っても落とす訳にはいかない。

マリーンズは、成瀬や俊介を使わずに唐川の先発だったが、本当に唐川で大丈夫なのか心配な面もあった。
対するSKワイバーンズ先発は元ドラゴンズ、バファローズ、ベイスターズ、ジャイアンツの門倉健。

門倉はまあ、あの門倉がこの歳になったら、こういう感じだろうな、というイメージ通りだった。
もう少し打てても良かったように思うが。

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2回、清田が2死満塁から、2点タイムリーヒット。
初回も満塁、3回も1・3塁のチャンスを作ったのだが、攻めきれなかった。
門倉は3回途中で交代。

一方の唐川は、初回、2回に1本づつヒットを打たれたが、3、4、5回は走者を許さなかった。

5回裏、替わった全炳斗から今江がソロホームラン。

マリーンズ投手陣は、6回薮田、7回内、8回伊藤、9回小林宏之とリレーするが、1人の走者も出さず、3回以降パーフェクトゲーム。

一方、マリーンズも9安打7四球なのだが、今江がホームランを打ったのを最後に、その後ノーヒットで、もう少し活気があっても良いのではないか、と思ったし、9安打7四球で3得点というのも寂しかった。
2安打完封リレーは素晴らしかったけれど、打線にはもう少し元気が欲しかった。

後半は両チームが三者凡退で攻撃を終わるので、あっと言う間に試合が終わってしまった。

それにしても、清田の2打点。本当にポストシーズン、清田で勝ってきた試合が多かっただけに、実に頼りになる。
もう手放せない。

来季、荻野貴司が復帰してきても、もはや清田は下げたくない。
チャンスメイクというよりも、むしろ好機に打点をあげる場面が目立ったし、長打も打てるので、6番とかで使いたいイメージだ。
荻野、清田を外野で使うとなると、大松かサブローをDHにするか、控えに回すしかなくなるのだが、まだまだ福浦の打撃も捨て難いし、悩むところだ。

剛の去就がまだ不透明で、気になるところだが、誰か内野に回れないのものか。
荻野が怪我明けで難しかったら、清田、サード練習してみないか。
で、今江をショートコンバート。
もしくは井口さん、昔取った杵柄で、ショート復帰は無理ですか?
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2010年11月12日(金) 21:18
靴は非常に大事である。

ファッションに関しては疎いし、トレンドを追いかけるのも面倒なので、学生の頃からトラディショナルな格好をしていれば、とりあえず大丈夫なのではないか、という信念のもとに、シャツはオックスフォード地で絶対にボタンダウン。ボトムはほとんどチノパン一筋というような風体で、四半世紀余りトラッドで押し通してきている。

若い頃はブランドへのこだわりも多少あって、ブルックスブラザースの物とか着てたが、やはりオックス地だと、ノーアイロンの誘惑には勝てない。
最近は米国LandsEndからの輸入のノーアイロン加工のものがほとんだ。

あ、まあそれで本題はなのだが、トラッドという信念というか隠れ蓑のもとに、靴もほとんどローファー一筋で通してきたと言っても良い。

しかし皮底の本式のローファーとはだいぶ前にサヨナラしていて、いわゆるウォーキング仕様のラバーソールのものを色々履いてきた。

見た目の問題だけでなく、靴の良し悪しは健康に直結する。
履き心地が良く、長く歩いても疲れない靴を捜し求めて、いろいろ試行錯誤するわけだ。
靴が合っていないと、姿勢も悪くなるし、足そのものだけでなく、背骨や腰への負担にもなる。

今まで履いていたものが、度重なる補修を繰り返して来たものの、もういい加減ヘタって来たので、新しい靴を買うべく、先日日曜日、千葉駅周辺まで買い物に出た。
メインは娘の通学コートの購入で、私の靴はついでだったのだが。

千葉そ○うの紳士靴売り場を見るが、ウォーキングシューズ仕様の見た目ビジネスシューズというのは、最近は非常に多くの品揃えがあるようになって来ているのだが、なかなか色味とかデザインとか、思ったような物がない。

やはり郊外のショッピングセンターのA○Cマートとかに行った方が思ったようなものがあるかなと考え、とりあえずあきらめて、ヨ○バシカ○ラで、携帯電話のコーナーを家族3人で冷やかす。
3人とも現機種がやや不調で、買い換えたいと思っているのである。

お茶でもして帰ろうと駅に向かって歩いていると、カミさんが「あ、あの店は?」と指差した先にあったのは、アシックスの直営店「歩人館」

店内一瞥して、あ、結構、良いのがあるかも、という感触。
「歩人館」は結構な店舗数展開しているようだから、お近くにもお店があることと思う。
本当のスポーツシューズ仕様やアウトドア仕様ではない、ビジネスシューズ、タウンシューズスタイルのウォーキングシューズを専門に扱っている店舗である。
女性がパーティーにも履いていけるのではないか、というような一見フォーマルスタイルのウォーキングシューズまである。

戦争から復員した鬼塚喜八郎が、当時不足していた学童用ズックの生産を決意し、1949年に神戸で社員4名で創業した鬼塚商会。
伊達に靴一筋60年の歴史は刻んでいない。

試しにいくつか履いてみるが、店員はただの売り子ではない。シューフィッターとしての修練を積んでいるから、たちどころに私の靴選びが根本的に間違っていることを見抜く。
「今までにお足のサイズをきちんとお測りになったことは?」と来た。

何となく、26cmか、26.5cmが合うような気がしていたので、毎回そう言って買っていただけだ。
多少きつくても、靴は伸びるしなあ、とか思っていた。

一度、きちんとお測りしましょうか?、ということになり、3D計測器で計測。
立つ姿勢とかずいぶん直され、結構時間がかかる。

計測の結果、少なくとも右足は27cmあり、靴を選ぶなら少なくとも27cm、あるいは27.5cmでなければならない、と言われる。
左足がアーチが不足していて、接地面が広い(要は扁平足に近い)とも指摘される。
それを矯正する中敷も調整してもらって入れる。

27cm3eの靴をチョイス。

実に楽である。
一歩が自然にグイッと伸び歩幅が広がる。
今週5日間履いたが、疲れ方が全然違う。

専門店で足の計測をされたことのない方は、アシックスでなくても良いから、一度是非専用の計測器で足を測られると良いと思う。

「歩人館」は女性向けのシューズも展示の6割くらいを占めていて、さまざまなデザインのものがある。
ウォーキングシューズなのだが、ヒールの高いものもある。
靴や足のことで悩まれている方がいたら、一度覗いてみると良いと思う。

鬼塚喜八郎、戦後4人で鬼塚商会を創業し、以来靴一筋、六十余年。
2007年鬼塚喜八郎、90歳で逝去。葬儀にはイチロー、高橋尚子ら参列。
確かな技術と経験に裏打ちされた「靴」がある。
アシックスからは一銭のキャッシュバックももらっていないが、宣伝しておく。

こうして写真に撮ってしまうと何の変哲もない靴なのだが・・・
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イタリア王ヴィットリーオ・エマヌエーレ3世
2010年11月11日(木) 20:55
今日誕生日を迎えた人を、毎朝つぶやくようになってずいぶん経つが、時々興味深い人物に出会うものである。

今日11月11日は一年365の中で唯一4つゾロ目が揃う日で、ポッキー&プリッツの日や麺の日などとしても知られている。

11月11日が誕生日の人物の中にイタリア国王だった、ヴィットーリオ・エマヌエーレ3世がいる。
正式なフルネームをヴィットーリオ・エマヌエーレ・フェルディナンド・マリーア・ジェンナーロ・ディ・サヴォイアという。

王室の人物とか、その末裔がどうしているか、などには非常に興味があるので、ヴィットーリオ・エマヌエーレ3世にも興味が湧く。
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イタリアに王様がいたなどというと、すごく昔の話のように思う人もいるかもしれないが、サヴォイア朝のイタリア王国は第2次世界大戦でイタリアが負け、戦後の体制を決める国民投票で王政廃止が決まる1946年6月12日まで存在していた。

ここに書いたことは、ほとんどWikipediaのコピペであることをあらかじめ宣言しておく。
論文ではないから、ご容赦願いたい。
丸っきりの丸写しでもなく、ところどころ、私なりの所感は挟んでいるが。

サヴォイア家は元々は現在はフランス領となっているサヴォワ地方(イタリア語でサヴォイア地方)とフランス語圏スイス、イタリアのピエモンテ地方の領主だった家である。
1713年、スペイン継承戦争に参加して勝利し、その結果シチリア王国の王位を獲得、1720年にハプスブルク家とシチリア島、サルデーニャ島の交換を行い、サルデーニャ王国の王位を代わりに得た。
スペイン継承戦争自体もすごく興味深いのだが、ここでは深入りしない。

イタリアは他の欧州諸国と違って小国が分立し、なかなか統一国家が出来なかった国だが、明治維新も程近い19世紀後半になってイタリア統一運動が起き、サルデーニャ王サヴォイア家がその中心的な役割を果たす。

サルデーニャ王ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世によって1859年に開始された第二次イタリア独立戦争によって、イタリアはほぼ統一され、イタリア王国が成立し、サヴォイア家のサルデーニャ王ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世が新生イタリア王国の王位に付く。

しかし実質的にはこの第二次イタリア独立戦争は、密約によってフランス皇帝ナポレオン3世の支援を受け、オーストリア側の勢力をイタリアから一掃したことによって達成されたもので、この統一イタリア王国をフランスに承認させる見返りに、自分の家名の由来の地であるサヴォイア地方をフランス帝国に割譲するという犠牲を払っている。
なので、現在サヴォワ(サヴォイア)地方は概ねフランスのサヴォワ県とオート=サヴォワ県となっている。

さて、本題のヴィットーリオ・エマヌエーレ3世ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世の孫にあたる。
家柄はすごく古いが、イタリア王としては3代目である。

1900年に父ウンベルト1世が暗殺された事で、30歳の若年でヴィットーリオ・エマヌエーレ3世として国王に即位する事になった。
統一イタリア王国は絶対君主制ではなく、一応立憲君主制だったのだが、王に与えられた憲法上の権限は非常に大きく、その気になれば議会の議決をも覆せるし、実質的な親政も行おうと思えば行えるシステムだった。
その点は明治憲法下の日本の天皇とは随分違う。

ヴィットーリオ・エマヌエーレ3世は即位当初は、父ウンベルト1世が無政府主義者に暗殺された事実も受け、政治的な事柄に関わる事を避け、穏健な君主として振舞った。

第一次世界大戦には当初参戦を見送って、局外中立を宣言したが、サランドラ首相はオーストリア領に残っていた「未回収のイタリア」を回復する絶好機と捉え参戦を主張。
しかし議会は反戦派が多数を占め、サランドラ首相の解任を議会が議決したのだが、ヴィットーリオ・エマヌエーレ3世は議会決定を拒絶した。
イタリアで国王が明確に政治介入を決定した最初の事例である。

この結果イタリアは英仏側の連合国側としてドイツ・オーストリアに宣戦布告し、第一次世界大戦に参戦することとなり、イタリア・オーストリア国境の山岳地帯で戦闘を開始する。

このイタリア戦線はオーストリアをドイツが支援したこともあって、装備に劣るイタリア軍は大変に苦戦をし、はかばかしい戦果が得られず、人的被害が大きかったのだが、結果的にイタリア自身は苦戦したものの、連合国側が勝利し、イタリアはオーストリア領だった南チロルとイストリアの回収に成功し、国王は民衆の信頼を得ることが出来た。

しかし戦費による経済的負担は重く、労働者による暴動やストが各地で発生し、社会全体が不安定化していった。
戦勝したものの状況は敗戦したドイツと同じなのだが、国民の不満は民族主義・国粋主義に収斂され、ファシスト党が支持を伸ばす。

国王は当然ながら共産主義革命を極度に恐れ、それに対抗できる勢力として、このファシスト党の指導者ベニート・ムッソリーニを頼みにし、様々な協力を行っていくのである。

1922年10月ムッソリーニは武装したファシスト党の党員を引き連れて首都ローマの占領を目指した進軍を開始する。
これは要するに暴徒による内乱であり、政権は戒厳令を発動して沈静化に当たろうとしたが、エマヌエーレ3世は軍事的な鎮圧は不可能として、戒厳令に拒否権を行使した。
首都を掌握したムッソリーニは国王の認可を得て新たな政権を組閣するのだが、この国王の「鎮圧は不可能」という判断は、時の参謀総長で、ムッソリーニの後の首相となるバドリオ元帥は、ムッソリーニ率いるファシスト党の軍勢は烏合の衆に過ぎない民衆の集まりで、容易に排除できると進言しているのだが、国王のムッソリーニに対する基本的な姿勢が読み取れる判断である。

ヒトラーが公正な選挙を経て政権を獲得し、東條英機も憲法に乗っ取った手続きを経て首相になっているのに比べ、ムッソリーニの政権掌握の過程とそれに対する国王の肩入れは、法律的にも正当性があるとは言い難いのである。

ここで天皇裕仁と東條英機の関係の機微とヴィットーリオ・エマヌエーレ3世とムッソリーニの関係を対比してみることは敢えてしないけれども、イタリアにおけるファシスト政権の樹立と、その後の戦争への道は、ヴィットーリオ・エマヌエーレ3世の意思なしにはあり得なかったという点で、天皇裕仁の戦争関与とは決定的に違っている。

1938年3月30日、イタリア議会はムッソリーニとエマヌエーレ3世の双方に第一元帥の称号を授与した。

ムッソリーニは、経済政策の破綻もあって侵略戦争に突き進み、アルバニアとエチオピアを併合し、ヴィットーリオ・エマヌエーレ3世はアルバニア王とエチオピア皇帝を兼ねることになる。

第二次大戦に参戦したイタリアの実態はドイツや日本とはだいぶ状況が違っていて、軍備が整わない中で無計画に参戦しており、ドイツや日本のような序盤戦での大成功もなく、一方的に連合軍に押されて敗退するだけであった。

シチリア島にまで連合軍が迫る状態になると、ヴィットーリオ・エマヌエーレ3世のムッソリーニへの態度は手のひらを返したように冷淡になる。

1943年、ムッソリーニの解任決議が、王国大評議会(国会)で圧倒的多数で可決されると、謁見に訪れたムッソリーニにエマヌエーレ3世は冷淡な態度で接し、クーデター派によるムッソリーニの解任と軟禁を後押しした。

国王は新たな首相にバドリオ元帥を指名し、依然として国王とバドリオ元帥は戦争継続の意思は残し、前線で戦闘を続けさせながら水面下で連合国と休戦交渉に入った。しかし1943年9月8日に双方の事務的手違いからアメリカ政府は一方的にイタリアが無条件降伏したと宣言、同時に混乱を避けて王は南部のブリンディシに逃亡してしまった為に軍の指揮系統は完全に麻痺してしまった。

王家のファシストへの協力が批判される流れの中で、戦後政権は国民に王政の是非を問う国民投票を開始した。
選挙中の1946年5月9日、エマヌエーレ3世は正式に退位して、ウンベルト王太子が第4代イタリア王ウンベルト2世として即位した。
ファシスト政権を支援した過去の清算を意図した行為であったが、王政廃止の潮流を止めるに至らなかった。

1946年6月12日、賛成54%・反対46%で王政廃止が決定されサヴォイア朝イタリア王国は崩壊した。
南部イタリアでは王制継続を望む票の方が多かった。
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かなりの僅差であったために票操作の疑いが王党派でなされたが、国王一族は政府によって強制的に国外へ追放された。サヴォイア家はエジプト王国に亡命した。
ヴィットーリオ・エマヌエーレ3世は1947年12月28日、亡命先のエジプトのアレキサンドリアで病没し、同地に埋葬された。

ウンベルト2世は、父とは別にポルトガルに亡命し、1983年3月18日にスイスのジュネーブ滞在中に亡くなり、イタリア国内では遺体を国内で埋葬するべきとの意見も出されたが、政府の反対でフランスのサヴォアに埋葬された。

ウンベルト2世の子もヴィットーリオ・エマヌエーレといい、祖父や初代イタリア王と同じ名だから、即位していればヴィットーリオ・エマヌエーレ4世ということになったろうか。
王政が廃止されるまでは王太子であった。
ヴィットーリオ・エマヌエーレ・ディ・サヴォイアという一個人として父ウンベルト2世とともにポルトガルやスイスで亡命生活を送り、現在も存命である。

イタリア共和国は、法律でサヴォイア家の人々のイタリア入国をつい最近まで禁じていた。
しかし、2002年にイタリアへの帰国が認められることになり、翌2003年に、スイスから一人息子のエマヌエーレ・フィリベルトらとともに帰国を果たした。
入国に際しイタリアの共和制を認め、王位継承権を放棄した。

サヴォイア家現当主である、このヴィットーリオ・エマヌエーレ・ディ・サヴォイアは、2006年にマフィアがらみの犯罪組織に関与したとして逮捕されたりしている。イタリア帰国前のスイス滞在時にも銃の不法携帯で逮捕されたことがある。

正式にプリンスと呼んで良いのかわからないが、最後のイタリア王ウンベルト2世の孫にあたるプリンス・エマヌエーレ・フィリベルトはかなりイケメンである。
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1972年6月22日、亡命先のジュネーブ生まれ。

父のヴィットーリオ・エマヌエーレ、母のマリナ・ドリアと
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イタリア帰国後の2003年にこれも相当な美女であるフランスの女優クロティルド・クローと結婚し
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ビィットーリア、ルイーザの2人のプリンセスに恵まれたが、男子の継嗣はまだである。
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ジュネーブでヘッジ・ファンド・マネージャーとして働くかたわら、2002年にイタリアへの入国が可能になってからは、イタリアのメディアにもよく出演しているらしい。
ヘリコプター、飛行機のパイロット・ライセンスを持っていて、またバイクや車にも興味があるようだ。
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サヴォイア伯としてのサヴォイア家の系図
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サヴォイア公、サルディーニャ王としてのサヴォイア家の系図
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イタリア王、そして退位後、エマヌエーレ・フィリベルト王子までの系図
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このイタリアのサヴォイア家のように、名家というのはなかなか消滅せずに残っていくものである。
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スポーツ2紙、優勝特別号
2010年11月10日(水) 22:33
スポニチとサンスポのマリーンズ優勝特別号が今日発売となったので、躊躇なく入手。
お近くのコンビニで入手可能と思われる。

スポニチの方はタブロイド版で、クライマックス・シリーズ第1ステージから、日本一までの軌跡をたどる内容。
\200
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サンスポの方は本格的な雑誌仕様で、お値段も\700だが、80ページオールカラー。
ポストシーズンは元より、今シーズンの全戦績表付き。
これは読み応えある。
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よくぞ、ここまで来たものだ。
感動というよりも、何かあきれてしまうような、一連の試合を振り返る。

まあ、やはりリーグ優勝をしていない、という骨が喉に引っ掛ったような感じはやはりぬぐえないのだが。

移籍のニュースは、もう少し情報が出てから触れたいと思う。
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打楽器の個人輸入
2010年11月09日(火) 21:05
私の愛用している打楽器専門店サイトがある。アメリカにあるPercussion sourceだ。

過去にタンバリンやトライアングル、スティック、マレット類、シンバル、大きな物ではオケの費用でだが、銅鑼も輸入したことがあるし、40インチの大太鼓用の本牛皮のヘッドもこのショップのプライベイト・ブランドの物が割安なので張り替える度に毎回購入してきた。

早いとオーダーしてから一週間くらいで来るから、田原町に行く都合を待っているくらいなら、ポチッとしてしまったほうが早いのだ。

そして、さらにこの円高である。
送料を考慮しても、非常に割安感がある。
メーカーと型番が同じものが日本の楽器店に存在していて、どんな物が来るかはある程度わかっているから安心だ。

もちろんティンパニ・マレットなど、日本の店で取り扱っていないブランドの物など、写真を見て良さげで、購入してみたら、どうもバランスが悪くてお蔵入り、とか、まあ、多少失敗はあるのだけれども。

ということで、先日土曜日に、久しぶりにちょっと小物をポチッとしようと、Percussion sourceを訪問して、カートにブツを入れた。

チェックアウトしようとするが、Shipping Addressのところで州を選ぶところが、チェックボックスがアメリカの州しか選べないようになっている。

以前は国外を指定できるようになっていたはずだし、実際、そうやって何度も買ってきたのだが。

YAMAHAとかPearlとかも取り扱いをしているから、並行輸入の横行にメーカーから圧力がかかって海外への販売を止めたのか?

仕方がないので、あまり得意ではないのだが、問い合わせメールを打つ。

週が開けて昨日返信が来た。

 私どものWebサイトはその問題について目下研究中である。
 ご注文はメールでシンプルに型番と送付先住所を知らせられたし。
 支払いはPaypalを通じて行いたい。
 ご不便をおかけして申し訳ない。


とのことだ。

まだ日本からも買えるようだ。
早速数点メールでオーダーをしてみた。

さて、どのような流れになるか、乞うご期待。

今回はティンパニは買ってないよ
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日本シリーズ第7戦(続き)
2010年11月08日(月) 22:20
シーズンの総括はまた項を改めるとして、昨日の試合については昨日は興奮とスポーツニュースを見るのと試合終了が遅く時間が無かったので書けなかったが、一応きちんと記録しておきたいと思う。

前日の15回5時間43分の延長引き分けを受けての第7戦。
ドラゴンズは吉見、マリーンズは順番から言えばマーフィーの順番なのだが、ここは当然俊介であった。
前回の俊介のピッチングが神懸かって素晴らしかったからなのだが、野球は難しい。

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初回、吉見の立ち上がりを捉えて、いきなり西岡、清田、井口3連打で始まった。
さらにサブローの犠牲フライで2-0に。

この先制点を励みに奮起して欲しかった俊介だったのだが、この日はまったくフォームがバラバラでリリースポイントが一定せず、コントロールできない。
ストライクが全然入らず、先頭荒木フォアボール。
森野の打席で、投げた瞬間顔をしかめ、肩に違和感を覚えて、腕を回す俊介。
西本コーチとトレーナーがマウンドに行き、確認した後、数球の投球練習をして、行けそうだということで再開。
しかし、やはり調子が悪かった。
森野、和田に連打、ブランコにデッドボール、野本にもヒットを浴び、あっという間に同点。
谷繁にも犠牲フライを打たれ、初回であっさり逆転されてしまう。

2回裏にも荒木ショート内野安打、そして盗塁。大島スゴイ、タイムリーヒット。
さらに1点追加され、2-4に。

初回の守備で足を痛めた森野が交替し、3番は堂上直倫に。
これが後々効いてくるのだが。

2回で俊介をあきらめ、3回からは小野晋吾。しかし晋吾も良くなかった。
野本、谷繁に連打で1・3塁。
井端のセカンドゴロで、3塁ランナー野本が飛び出しているのを見た井口はホームに送球するが、三本間に挟殺かと思われたのだが、ホームへの送球が早すぎ、野本には3塁に帰られてしまい、打者井端も当然セーフで、無死満塁。
井口のベテランらしからぬフィルダースチョイスで大ピンチ。
荒木に犠牲フライを打たれ、さらにルーキー大島スゴイ、タイムリーヒットで、2点追加され、2-6と4点差に。
これはもう、今日はドラゴンズだな、と内心思った。

しかし、4回表に里崎の2ベースと岡田のタイムリーヒットで1点返し、3-6になる。
7番8番の2人で1点返した雰囲気は、おっとこれは・・・と思わせるものがあった。

4回裏から薮田投入したが、人数計算すると、誰か2人は2イニング行かねばならず、打席も回ってくるので、これはなかなか厳しい決断だなあ、と思った。
薮田はこの日も素晴らしく、毎回得点されていた流れを4回裏3者凡退でビシッと断ち切る。

そしてドラゴンズも4回で吉見を見切り、5回表から河原を投入してくる。
正直言って、河原はこのシリーズ全然打てていないので、吉見続投の方がつけ入ることができるのではないか、と思い、河原の登場はちょっと嫌なイメージがあった。
しかし、その河原を捉えた。
清田ライト前ヒット、サブローセンター前ヒット、今江センター前タイムリーヒットで1点返し、4-6。これはわからなくなった。
金泰均デッドボールで満塁。
そして、里崎、値千金のセンター前2点タイムリーヒット!!! ついに同点に追い付く。
信じられない流れだった。

そしてさらに流れを呼び込んだのは5回裏の薮田。この回も3者凡退で締め、2イニング6人でパーフェクトリリーフ。

6回表からはネルソン。このイニングは3者凡退に抑えられてしまう。

6回裏からは内だったのだが、同点なので延長もあるかも知れず、既に小野、薮田を使ってしまって、内には少し長く投げてもらわないとならないが、打席も回ってくるし、どうするのか。

6回裏は堂上直倫に不運なショート内野安打を打たれるが、怖い大島、和田を三振にとり、無失点。

そして7回表である。
今江のレフト前ヒットを和田がなんと返球悪送球、今江2塁へ進塁。
金泰均、センター前タイムリーヒット!!! ついに逆転勝ち越し。
これはもらった、と思った。

7回裏も内は2安打許すものの無失点で切り抜ける。
8回表、内に打順が回ってきたが、そのまま打席に送る。
8回裏、内は3イニング目だが、2三振を含む3者凡退。
これはもう、絶対9回も4イニング目も内にそのまま託した方が良いと思わせる内容だった。

9回表からは落合監督が絶対の信頼を置く浅尾。
それでも、フォアボールとヒットで1・3塁のチャンスは作るが無得点。

そして1点差の9回裏、絶対内のままで行ってくれと念じたが、小林宏之。

いきなり和田にフェンス直撃の当たりを打たれる。
清田と岡田は2人ともフェンス際まで追ってしまい、跳ね返ったクッションボールに戻るのに時間がかかった。
どちらか一人、フェンスから離れてクッションボールの処理に回れば、和田に3塁まで進まれることはなかったのだが、結果的に3ベースヒット。
ブランコにセンター犠牲フライを打たれ、土壇場で同点に追い付かれてしまう。
和田の打球の追い方に悔いが残った。
何とか同点止まりでサヨナラは防ぎ、前日に続いて延長に。

10回表は塀内のヒットは出るが無得点。
小林宏之は10回裏もヒットとフォアボールで1・2塁のピンチを作るが何とか凌ぐ。

11回表は3イニング目の浅尾の前に3者凡退。浅尾はスゴイ。これは打てないんじゃないか、という感じだった。

11回裏からは伊藤。もし延長がもっと伸びていたら、マーフィーや吉見、大嶺も使うつもりだっただろうか?

12回表は下位打線で4イニング目に入ったとは言っても、今日の浅尾は打てないんじゃないか、と思っていたのだが。
疲れが出たのか先頭の今江にコントロール定まらず、ストレートのフォアボール。
6番にピッチャーの伊藤を入れていたが、そのまま打席に向かわせる。
伊藤は送りバントをしっかり決める。
里崎はショートゴロでランナー動けず2アウト。
ここでミラクル、岡田、当然前進守備の外野手、その大島の頭を超えるタイムリー3ベース!!!!!
信じられない。まさにミラクル。
大松の負傷離脱で、打撃は弱いのを承知で使っていた岡田が決めてくれた。
勝ち越し、8-7。

12回裏は当然、表で打席にも入った伊藤がそのまま行く。
伊藤は3人で抑え、試合終了。
日本一。

疲れた。
信じられない。
レギュラーシーズンギリギリの3位通過からここまで来るとは。

<今日は前回とは別人、悪かった俊介>
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<気迫のピッチング、パーフェクトリリーフの薮田>
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<5回、里崎の信じられない同点打>
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<内はついに開花したのか>
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<伊藤も渾身のリリーフで最後を締める>
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<岡田・ミラクル>
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<試合後、レフトスタンド前で宙返りをする岡田>
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<日本一決定!>
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日本シリーズ全体、ポストシーズン全体、シーズン全体の総括は項を改めたい。
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日本シリーズ第7戦
2010年11月07日(日) 23:46
やった。
信じられない。
よく勝った。

内、
里崎、
伊藤、
岡田、
素晴らしいよ。

薮田もよかった。

みんな頑張ったよ。

浅尾もすごかったよ。

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何か追記するかもしれないけど。
2-6になった時は、今日はもうダメだなと思ったのは確かです。
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日本シリーズ第6戦
2010年11月06日(土) 23:59
よく追いついた。

よく防いだ。

引き分け上等。

小野晋吾、頑張ったよ。

成瀬もチェンも素晴らしかった。

清田、良く浅尾から打った。
サブロー最高だよ。

内も伊藤も薮田も宏之も・・・(涙)

11安打打たれて、8四死球出して、よく2点で防いだ。

上出来、上出来。

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遊佐未森のこと
2010年11月05日(金) 21:47
菅野よう子は1964年3月18日生まれで、64年の早生まれだから、私の一つ下の学年になる。
私が若い頃から、今でもずっと応援しているシンガーに遊佐未森がいるが、彼女も1964年2月20日生まれで、64年の早生まれで私の一つ下の学年だ。

2人とも20代の頃から、私と一緒に歳を取りながら、ずっと応援し続けて今に至る、という感じだ。

遊佐未森がオリコン・チャートを賑わしたのは、1989年の「地図をください」の頃だろうからもう20年以上前だ。

遊佐未森は中学生時代から声楽の勉強を始めて、高校も仙台の音楽科の高校に行って、国立音楽大学音楽学部音楽教育学科を卒業後にデビューしている。
元々クラッシックの声楽を勉強していたわけだが、ポップシンガーとしての発声はクラシック的な声の出し方は全然していない。
しかし、時折ライヴでは、余興的な感じで、時々ノーマイクでオペラ声を披露してくれたりする。

コアファンが離れずに着いているという感じで、大きなブレイクもないけれど、完全に忘れ去られることもない、というポジションを築いている。

一時期レコード会社との契約がなくて、アルバムのリリースも途切れたことがあって、マネジメント事務所から直販でアルバムを出したりしていた時期もあったのだが、YAMAHA MUSICに籍を置くようになって、再びアルバムもコンスタントにリリースするようになり、最近デビュー時代のEPIC SONY時代のアルバムも全て再発され、今年、EPIC時代の全シングルを収録したシングルコレクションアルバムがリリースされた。

Do-Re-Mimo the singles collectionである。


Do-Re-Mimo the singles collectionDo-Re-Mimo the singles collection
(2010/07/14)
遊佐未森

商品詳細を見る


このアルバムで、今までシングルにしか収録されておらず、アルバムには未収録だった「Silent Bells」が容易に聞けるようになった。

遊佐未森としては異例のデュオによる楽曲で、古賀森男の声質は遊佐ファンの中でも好き嫌いが分かれる部分もあるのだが、曲としては素晴らしい曲であり、クリスマス・ソングでもあるので、季節柄紹介しておきたい。



遊佐未森はEPIC SONYからデビューし、その後東芝EMIに移籍し、数年のブランクを経て現在は、YAMAHA MUSICからアルバムが出るようになっているから、キャリア全体から見ると、EPIC時代と言うのは初期にあたる。
しかし、彼女の代表作となっている曲の多くはこのDo-Re-Mimo the singles collectionに収められており、今から遊佐未森を聞いてみたいという人には是非お薦めしたいお手ごろなアルバムになっている。
初期の外間隆史作詞作曲時代、工藤順子作詞・外間隆史作曲時代、工藤順子作詞・遊佐未森作曲時代、遊佐未森作詞作曲時代と移っていくが、どれも良い曲で珠玉の名作集になっている。

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日本シリーズ第5戦
2010年11月04日(木) 23:59
今日も今日とて、マリンスタジアムへ出撃。

昨日の悔しい敗戦を受けて、マリンスタジアム今年最後の試合である。

今日は嬉しい1塁側B指定での応援。
周りはマリーンズファンばかりで心置きなく応援できる。

今日は必勝ということで、成瀬を出してくるのか、ヘイデン・ペンなのか、ちょっとわからなかったのだが、ペンの発表で、場内ちょっとざわつく。
あー、やっぱりペンなのか、ガッカリ、というざわつきなわけだが、ペンは良いときは良いが、悪いときは悪い。

ペンvs中田の対決ではどうみても中田に分があり、先発投手陣の薄さを感じざるを得ない。

しかし今日は良いペンだった。

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初回、いきなりランナーを出し、犠牲フライで一点取られてしまうのだが、その後立ち直って来た。
一方の中田は、大きく外れるボール球が目立ち、不安定な印象。

打線は1回裏、いきなり爆発する。
先頭の西岡は強襲ヒットにしてくれても良いような当たり、セカンド堂上直倫はじいてのエラーで出塁。
清田はバントを2回ファールにして結局三振。
井口レフト前ヒット、サブロー、ショート内野安打。
ここで出た日本シリーズ男、打率5割を超えている今江、レフトフェンスに達する2点タイムリー2ベースヒット!
いきなり逆転。
さらに福浦ライト前タイムリーヒット、金泰均センター前タイムリーヒットで4点。
これにはスタジアム沸いた。

ペンは2回以降立ち直る。

4回には西岡レフト前ヒットで出塁。そして盗塁成功。清田送りバント、今度は決めて、3塁へ進める。
井口倒れるが、眠っていた4番打者今日は打った。サブロー2ランホームラン。
やってくれた。昨日は4番の違いを見せ付けられてしまったけれど、今日はやってくれた。
これで6点。

続く5回にも金泰均今日3本目のヒットで出塁、里崎にセンター前ヒット、岡田にライト前ヒットが出て、5回にして早くも先発全員安打。
満塁となったところで西岡、センターへ犠牲フライ、金泰均生還。2塁走者里崎もタッチアップで3塁へ進むが、なんと岡田は1塁から2塁へのタッチアップを見せてくれた。
この岡田の走塁が効き、続く清田、この男もポストシーズン男として売り出し中だが、センター前2点タイムリーヒット!
この回3点。これで9-1。

ペンは6回表、大島にレフト前ヒット、森野にセンター前ヒット、和田は打ち取るが、ブランコにセンターフェンス直撃のタイムリー2ベースを打たれ、1点失点。
点差があったし、昨日中継ぎ陣使っているので、ペンをもっと引っ張っても良い気もしたけれども、ここは早めの交替。古谷にスイッチ。
古谷、後続2人を絶ち、グッドジョブ!

ドラゴンズピッチャーも6回から清水。

7回表は昨日投げなかった薮田が3人でしめる。

7回裏には金泰均なんと今日4安打目、レフト前ヒット。代走塀内。
岡田フォアボールで1・2塁。
西岡はセンターフライだが、塀内タッチアップで3塁進塁。
清田の3球目、ワイルドピッチで後逸、塀内生還し、1ヒットで1点獲得。
清田は結局セカンドゴロ、チェンジ。

8回は昨日投げた内、伊藤を休ませる計算もあったろうけれども、左腕吉見を投入。
吉見は和田にヒットを打たれ、ブランコに2ランを浴びて、この2点は余計だった。

9回は点差もあったけれど、小林宏之が第1戦以降投げていないので、調整登板の意味合いもあったと思うが、小林宏之登場。
フォアボールとヒットで1・3塁とされるが、何とか後続を断ち、ゲームセット。
これで王手。
あと1勝である。

マリン・スタジアムでも観戦も今年はこれでおしまい。
最終観戦が大勝で良かった、良かった。
日韓チャンピオンシップがあるかもしれないけれど、会場は東京ドームである。
11月に野球が楽しめる幸福を噛み締めた3日間であった。(昨日はシンドかったけど)

ナゴヤドームでは成瀬、そしてもし第7戦があればだが、順番ではマーフィーだが、ポストシーズン好調の俊介を前倒しで持ってくるのではないだろうか。
成瀬で一気に決めて欲しいが。

しかし、ここまで来れば、堂々の戦いであり、後はどうなっても、今年の戦力・成績を冷静に考えると、本当に良くやっていると思う。
去年は色々ごたごたがあって、不愉快な場面もあったのだけれど、今年はオープン戦から本当に楽しんだ。
おっと、シーズン総括は、まだ早計か。

<初回、いきなり今江の逆転タイムリーはペンに嬉しいプレゼント>
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<サブローの2ランも効いた>
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<金泰均4安打、やっと覚醒か>
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<今日のヘイデン・ペンは良かった>
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<ヒーローインタビューの2人>
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<そして今日もオープニング映像はこの曲でした>
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本日休載 改め 日本シリーズ第4戦
2010年11月03日(水) 23:17
細かく触れれば、もちろんいろいろあった試合だったけれども、個々のプレイを振り返るのは、無意味のような気がする。

99.9%勝利を確信した場面もあったけれど、野球は恐ろしい。

試合終了がこんな時間になってしまったこともあり、今日はこのくらいにしておく。

今日の試合に関しては、スコアも写真も貼る意味がないだろう。


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と、当日には書いたわけだが、後から思い返すと、色々思うこともあり、追記することにしたいと思う。

マリーンズはこの日、順番から行けば、ペンの登板の順だったのだが、日本シリーズにぎりぎり間に合って戻って来た唐川を先発させた。
おそらく、唐川でこの試合取れれば、第5戦は成瀬で行き、不安な面が残るマーフィー、ペン、2人の外国人投手を使わずに、マリンスタジアムで一気に決着をつけようというプランだったと思う。

唐川は宮崎でファイターズが急遽練習試合を組んでくれたので、何とかそこで実戦登板をして好投したが、やはり大舞台で久々のマウンドは心身両面とも平常ではなかっただろう。

初回、先頭の荒木にいきなりヒットを打たれる。
しかし、2番井端をダブルプレイに取り、重いムードを断ち切る。
森野にも2ベースを打たれ、この回2安打目なのだが、連打にならなかったのはツキもあるか、と思われた。
和田をライトフライに打ち取り、無事無得点でチェンジ。何とか無事発進をした。

ドラゴンズ先発はこれも予想外だったかもしれないが山本昌45歳。
唐川が21歳だから、倍以上の年の差対決である。
山本昌がプロ入りした1983年、まだ唐川はこの世に誕生していない。
唐川の生誕の1989年までには6年待たなければならない。
唐川が1歳の1990年には山本昌は始めて2桁勝利を挙げて、ドラゴンズ投手陣の中に地位を固めている。

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3回表には大島にヒットを打たれるが、牽制でアウトにし、結果3人で抑える。
流れがこちらに来ているか、と思わせる牽制死だった。

その直後3回裏、9番岡田のセンター前ヒット、ワイルドピッチで2塁進塁し、西岡にタイムリー2ベースヒットが出る。
清田の当たりもヒット性で良かったけれど、センター大島の正面。
ここで井口に2ランホームランが出た。この回3点先制。
これは今日もマリーンズ・ペースだなと思う展開だった。

しかし点を取った直後のイニングが大事とは良く言われるが、4回表ドラゴンズ主力が実力を見せる。

森野が左中間を深々と破る3ベースヒット、和田にタイムリー2ベースが出て、1点返される。
ブランコはライトフライを打ち上げ、2塁走者和田は3塁へタッチアップ。
まだ1アウト3塁である。

ここで、マリーンズベンチはまだ1失点だったけれども、唐川をあきらめ、古谷にスイッチ。
左バッターの野本を迎えての古谷投入だったわけだが、古谷は野本にセンター犠牲フライを打たれ、2点目を取られてしまう。
古谷は野本へのワンポイントで、すぐに小野晋吾にスイッチ。
晋吾は英智をショートゴロに打ち取り、何とかリードを保って4回表を乗り切る。

ドラゴンズも3回で山本昌をあきらめ、4回からネルソンにスイッチ。
結果的にはドラゴンズは捉えられた山本昌を早く替えたのが成功だった。

以下、鱈レバ炒めの超大盛となるが、ご了承願いたい。

5回表は痛恨のイニングとなった。
谷繁の当たりはピッチャー小野を強襲する当たりだったが、小野はいったんグラブに入れるものの、前にこぼしてしまう。
落ち着いて拾って投げ直せば、十分アウトのタイミングだったが、焦った小野は足がもつれ転んでしまう。
何とか転びながらも球を掴み、倒れたまま投げた。このタイミングでも送球が良ければアウトだったのだが、無理な姿勢で投げた送球はそれ、セーフ。小野晋吾のエラーが記録される。
続く大島には痛恨のデッドボール。
そして運命の瞬間だが、その場ではわからなかったのだが、小野が2塁牽制のサインを見落とし、バッターに投球してしまい、荒木は送りバント。小野が掴んで、里崎もファーストを指差し、ファースト送球しようとするが、金泰均はバント処理のためにチャージして前進しており、井口は2塁牽制のサインが出ていたので、セカンドベースに入ってしまっており、ファーストベースは無人!
小野は茫然。
内野安打で無死満塁となってしまう。
現場で見ていたときには、送りバントなのにファーストベースカバーを怠った井口のボーンヘッドのように見えたのだが、その後のニュースで小野のサイン見落としであることを知る。
自らのエラー、デッドボール、サイン見落としで無死満塁のピンチを作ってしまうとは・・・。
次の井端はセカンドゴロ、まだ回も中盤だし、打線も打っていたこともあり、アウトカウントを稼ぐことを優先し、セカンドベース西岡に送球し、西岡はファースト転送して、ダブルプレイを取るのだが、三塁走者谷繁はその間にホームイン、同点。

こういう場面はホームアウトを選択するか1失点のダブルプレイを選択するかは、議論が分かれるところだと思うが、セオリー的にはイニングが終盤でない場面では1失点は容認して、アウトカウントを増やすのがセオリーなのだろうが、結果を知っている視点から振り返ると、1アウトしか取れなかったとしても、ホームゲッツーを狙って欲しかった気はする。全くの結果論である。

3点取っていたし、先発を降板させていたし、まさかこの後、追加点が全く取れないとは、この時点では思わないわけだ。

そして5回

<まだ途中>

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日本シリーズ第3戦
2010年11月02日(火) 23:49
1勝1敗、タイで名古屋から、千葉マリンに戻ってきた。

何せ、ナゴヤドームでは8連敗中だったわけだから、1勝1敗で切り抜けたのは上出来とも言える。

今日からの千葉マリンスタジアム3戦、何とか色々な手段を駆使して、3日ともチケットを確保することが出来た。
今日は内野A指定三塁側。ローソンチケットで発売日朝に何とか確保した1枚である。
三塁側には当然ドラゴンズファンもいるが、レフトスタンドはほぼ8割ドラゴンズファンという感じだったが、内野の三塁側はマリーンズファン7割、ドラゴンズファン3割といった感じだろうか。
私も右隣はマリーンズファンだったが、左隣はドラゴンズファン2人挟んでその先はマリーンズファン2人、前列は約半々、後列は全部マリーンズファン、といった感じだった。

左隣は気になったけれども、前後がマリーンズファンで、結構声も出して応援してくれる人たちだったので、やりやすかった。

<フィールドウィングシートのすぐ後ろ6列目で、結構良い席だった>
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俊介は1回から素晴らしい立ち上がり、打者を許さず、2回まで投げる。
3回に谷繁、大島に今日唯一の連打を浴び、1・3塁のピンチを迎え、1番荒木のレフト犠牲フライで先制点を取られる。
このレフトフライは、レフト清田が山なりのボールをホームに返し、ギリギリセーフだったので、低く投げて、内野手中継していたら、余裕でホームタッチアウトだったと思われる。
試合後、ヒーローインタビューで、俊介が「先取点を取られましたが・・・」と聞かれ「あれは清田が良い球を返してればアウトだったので」と清田の横で言っていた。

その裏、西岡のヒット、清田が送って、サブローのタイムリーですぐさま追いつく。
これも点を取られた直後だったので、大きかった。

ドラゴンズ山井の日本シリーズと言えば、2007年ファイターズとの、8回パーフェクトピッチング、9回岩瀬に交代劇が思い出されるわけだが、今日の山井は立ち上がりからボール球が大きく外れる場面が多く不安定だった。
4回には、福浦に二塁打で出塁された後、金泰均にフォアボール、里崎が送って、2・3塁にして、西岡にもフォアボールを与え満塁に。
ここで、このポストシーズンのラッキーボーイ清田が今日もやってくれた、センター・大島の頭上を越えてフェンスへ到達する走者一掃の3点タイムリー3ベースヒット!
さらに井口に右中間タイムリー2ベースヒットが出て、この回4点、5-1。
この流れで行くと清田のルーキーMVPはあるんじゃないかと思わせてくれる。

援護点をもらい俊介はますます安定してくる。
スタスタとストライクを取り、遅い球を力ないスイングで振らせ三振を取る。
魔球でも投げているような感じだった。
5、6、7回は3者凡退。
失点した3回以外は3塁を踏ませないピッチングでわずか97球で完投。
あまりにもドラゴンズの攻撃が短く、トイレに行く暇がなかった。
7回表にちょっと席を外したら、あっという間に終わり、ジェット風船を飛ばしそこなった。

<席から見た俊介>
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ドラゴンズのピッチャーは鈴木を挟んで清水に替わるが、7回先頭の井口が2ベースヒットで出塁すると、次のサブローにフォアボール。
今江の打席で、キャッチャー・谷繁がボールを後ろにそらす間に、各ランナーがそれぞれ進塁。ワイルドピッチ。
今江はライト犠牲フライで1点追加。
続く福浦のレフトフライは浅かったのだけれど、サブローはタッチアップ、スタート、微妙なタイミングだったが、中継の森野がボールを握りそこねて落とし、ホームに投げられず、サブロー生還、7-1。

今日の俊介には十分過ぎるダメ押し点だった。

<胸のすくような快投だった今日の俊介>
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<3回同点タイムリーを放ったサブロー>
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<そして、4回試合を決めた清田の3点タイムリー3ベース>
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そして、関係者向けオマケだが、試合開始前に流された1974年のロッテ対中日の日本シリーズを振り返る映像の音楽がなんと!

これは個人的には盛り上がった。

明日は、順番から行くとヘイデン・ペンなのだが、ここで唐川を持ってきて、第5戦成瀬で一気に決めた方が良いのではないか、という意見も強い。
ペンにするか唐川にするか、悩むところだ。
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制服を駅のトイレで私服に着替えるだと?
2010年11月01日(月) 21:30
まあ、学校帰りに、駅のトイレで私服に着替えるとか、盛り場に遊びに行きたい子達がよくやっている話を聞きますけれども。

娘は、嵐のファンなわけですが、映画「大奥」を見に行きたいのです。
一緒に行こうとしている友人ともども部活が忙しくて、なかなか日取りが合わず、私がパソコンに向かっていると、しょっちゅう「大奥」の上映時間のページ見せてくれ、と言いに来てて、煩わしかったのですが。

なかなか決まらないんだなあ、と思っていて、さっき夕飯を食いながら、
父:「『大奥』、結局、どうなったんだよ?」と訪ねたら、
娘:「うーん、それがなかなか、相手と都合が合わなくて、私が土曜日の部活が早番の時に、学校の帰りに・・・」
父:「そんなの制服じゃ、見に行けないじゃん」
娘:「うん、だから、駅のトイレで着替えて・・・」
父:「バッカモーン!(磯野波平状態)」

ここ、怒るところですよね?
間違ってないと思うんだけどな。

娘:「まあ、そうだよねえ。」
と娘もあっさり納得でしたが。

そのために見る回が夜の遅い回になってしまうとしても、いったん帰宅して着替えて、見に行けと言いました。
駅のトイレで制服着替えるなど、言後同断。
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