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日々の雑学 ●●●
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ムラヴィンスキーのショスタコ12番
2008年11月10日(月) 23:26
久しぶりにムラヴィンスキー/レニングラードのショスタコーヴィチ交響曲第12番を聞いてみる。

凄絶な演奏である。

私の手元には2種類の録音があって、一つは1984年4月30日のもの。
もう一つはCD現物がどこかにいってしまって確認できないのだが、12番15番の組み合わせで比較的近年発売されたもの。これはi-podに入っている。

1楽章のアレグロの凄まじさは後者の方が数段スゴイのだが、3楽章の打楽器のハジケ方は1984年盤の方がスゴイか。

いずれにしても、もう、こういう演奏は、どこのどんな指揮者が、どんなオケを振っても絶対できない、という感じのする演奏である。

Mixiにレビューを書こうと思ったら、ムラヴィンのショス12は現役盤が全然ないので愕然とした。
継続的に売れると思うんだが、なぜ発売しないのか。

売っていないもの物のレビューは書けないので、ここでいくら賞賛しても買うことをお薦めでできないのが残念だ。

とにかくスゴイ。

以前、武満徹とシチェドリンが何かの雑誌で対談をしていて、武満があの世代の穏健なリベラリストとしては当然の質問の範囲だと思うが、シチェドリンに「社会主義にも良い面もあったんじゃないですか?」という趣旨の質問をしたところ、シチェドリンは「あの社会システムは『恐怖』をエネルギーとして始めて機能する社会システムでした」と答えていた。
それも、漠然とした恐怖心ではなく、具体的現実的な『死の恐怖』でもって動いていたシステムだ、と。

「多少の不都合もありますが、それでもあの時代には決して戻りたくありません」とシチェドリンは答えていた。

ムラヴィンスキーのショス12には、その『死の恐怖』によって初めて到達できているのではないか、とさえ思える、超絶なアンサンブルの正確さがある。
間違えたら殺される、というレベルの正確さである。

こういう演奏に参加したいとは思わないが、この死の恐怖をも感じさせる正確さで怒涛のアレグロを突っ走られると、それはそれで、音楽的にも「力」を持ってしまうのは確かで、強烈な印象を聞くものに抱かせるのである。

ムラヴィンスキーのショスタコ12番、機会があったら是非聞いてみていただきたい。
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この記事へのコメント
何時の録音かわからんが、テープに落としたのを持っています。
最初の低弦の唸り、ファゴットのキチガイじみたソロ(ソリ?)。
まさに、逝っちゃってますな。
2008年11月11日(火) 21:41 | URL | ちゃんだい #lmnRENBo[ 内容変更]

本文で何時の録音かわからない、と言っていたもう一つの録音は1961年のライヴでした。
2008年11月12日(水) 00:08 | URL | kensnet #tHX44QXM[ 内容変更]

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