日々の雑学 ●●●
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清水真弓・玉木優トロンボーン・リサイタル
2011年08月05日(金) 23:59
清水真弓というトロンボーン奏者は現在リンツ・ブルックナー管弦楽団の首席トロンボーン奏者であり、オーストリアでは女性がトロンボーンの首席奏者になったのは彼女が初めてのことである。

日本人を代表するポザウネリンとなっているわけで、高校のブラスバンドのトロンボーンの後輩も聞きに来ていて、「先輩、何でトロンボーンなんか聞きに来てるんですか?」と言われた。

もっともな疑問である。

おこがましい言い方を敢えてしてしまえば、清水真弓はかつてS響の同僚だったのである。

個人ブログも開設されていて、プロフィールも開示されているが、彼女は慶応大学ワグネルオケ出て、ドイツに留学するわけなのだが、ワグネルを出てから留学するまでの間の一時期S響で吹いていた。
私がタイコを叩いているすぐ前の列で吹いていて、私が間違うとパッと振り返られ、遥か後輩だけれども、とても怖かった。
S響に入ってきた時から既に惚れ惚れするほど上手かった。

ドイツに留学して、留学中にカラヤン・アカデミーに入る栄誉を得た。
カラヤン・アカデミーというのは、生徒がベルリン・フィルの演奏会そのものに出演することが出来るという特典がある。
彼女もベルリン・フィルの中に入って何回かの演奏会に出て、現地での定期演奏会にも出ていたが、ベルリン・フィルの来日公演にも帯同して来て、勇姿を映像で見ることが出来た。

その後、ベルリンのいくつかのオケにエキストラとして客演しつつ、ドイツ語圏のオーケストラのオーディションを色々受けていたけれども、リンツ・ブルックナー管弦楽団の首席奏者というポジションを得た。
日本人に限らず、ドイツ語圏でも女性のトロンボーン奏者は結構多いわけだが、ほとんどの方は2番奏者であり、ゲルマンの大男たちの中で首席という地位を得たのは凄いことである。

そういう彼女の久しぶりの凱旋公演でもあったので聞きに行ったのである。

ドイツに渡る前から既にとてつもなく上手かったのだけれど、さらなる高みに到達していることを確認でき、とてもうれしいリサイタルだった。

体格もちょっと良くなっていることもあるけれど、響きに余裕があって、美しくなっている。
変なことを言うようだが、女性としても美しくなっている。
もっとボーイッシュだったのだけれど、妖艶な大人の女性の色気が出ていて、たぶんそれは見た目だけのことではなく、物理的な体格から来る音の変化や、異国で苦労した人間としての経験が、彼女の心身両面の成長となって魅力として出てきている部分はあると思う。

そして現職での実績と経験から来る自信も音の余裕に繋がっているかもしれない。

今回のリサイタルは佼成ウィンドの首席の玉木優さんとのデュオ・リサイタルだった。
お二人とも、リサイタル全体を通して、センプレ・ドルチェッシモな音楽作りであった。

如何に美しくマイルドに聞かせるか、と言うことをコンセプトにしている感じだったし、これ見よがしの激しいスライドワークや、ハイトーンを誇示するような部分は禁欲的に抑えている感じを受けた。

選曲そのものがそういうマイルドな音楽作りを生かす方向性の選曲だった。

それはとても成功していたし、美しい音楽を聞かせていただいたのだが、S響在団時の清水真弓には突き抜ける芯の強い音を出す魅力があって、その彼女がゲルマン男達と張り合って修行して来た成果として、あの音がどこまで進化しているのだろうという面を期待していた部分もあったのである。

トロンボーンという楽器の魅力はハーモニーや色々あるだろうけれど、ソロ楽器としてドルチェの方向の表現力を追求していった場合、楽器の特性としてフレンチホルンやフリューゲルホルンの表現力に太刀打ちするのは難しい面もあるように思う。

しかしトロンボーンという楽器があらゆるソロ楽器に文句なく圧勝出来るのは、その音量であり、大きな音がするということはトロンボーンの他の楽器には絶対真似できない魅力なのは確かだ。
音がデカければ良いということではないが、音の大きさもトロンボーンの魅力だと思う。

清水真弓の引き出しにはそれも絶対入っているはずで、少しはそういう面も見せて欲しかったのだが、その点はちょっと物足りない面もあった。

バリバリ割った音が欲しいとか、そういう単純な次元のことではない。

美しい、しみじみ系の曲ももちろん聞かせて欲しいけれど、何曲かは「どうだ!参ったか!」「ハハア、恐れ入りました」という見栄を切ってくれる演目も欲しかった気はするのである。
トロンボーンという楽器はそれが出来る楽器だ。

単純に音量というよりも、音色と音圧の性質の問題なのだが。
そういう方向の曲と表現を意識的に避けたコンセプトになっていたわけで、今日の演奏に求めても仕方がないことはわかっている。

ボクはトロンボーンは素人だから、個人的な所感に過ぎないのかもしれないのだが、紀尾井ホールから四ツ谷駅まで歩く間にS響首席トロンボーン奏者のSMRさんに上に書いたような感想を話したのだが、
SMRさんも「そうなんだよ。清水はね、渡独前、三輪先生にも『上手いんだけど、ここではもっとバリッと行って欲しいというところで、ちょっと弱いというか線が細いというか、そういうところがある』と言ってたんだけれど、その面はドイツに行けば変わるんじゃないですか、って言ってて、そういう変化も期待してたんだよね」
とSMRさんも言っていた。

ただしSMRさんも、いわゆる世界の一流オケのトロンボーンの音量自体が小さくなって来ているという点は指摘していて、奏者の能力の問題というよりも、オケ中のトロンボーンについても求められている音楽の方向性が変わってきているのは確かだ、という。

ボクはトロンボーンのソロ・リサイタルは聞いたことがないので、比較が出来ないだが、SMRさんによれば、清水の師匠のスローカーや、独奏者としてはトップ奏者と思われるリンドベルイなど、こんなデカイ音で吹いて良いのか!、というくらいデカイ音で吹くのだそうで、そのスローカーの元で修行してきた彼女がそういう方向の力量も身につけていないわけはないのである。

確かに1980年代のカラヤン時代のベルリン・フィルのトロンボーン・セクションとかは、他の楽器何にも聞こえないじゃんかよ!、というような音を出していたのである。
ベルリン・フィルだけではない。いわゆる世界の一流オケのトロンボーン・セクションは「欧」「米」問わず、モノスゴイ音を(出すべきところでは)出していた。
そういう時代ではなくなっている、という潮流もは確かにあるとは思う。

SMRさんは今日の会場には日本のプロのトロンボーン奏者もたくさん来ていたので、彼らの感想も聞いてみたいと言っていた。

アンコールの最後には清水真弓が「トロンボーン界的にはベタで申し訳ありませんが『A Song for Japan』を…」と言いつつ、デュオ+ピアノ伴奏バージョンを吹いた。
ボクは最初にこの映像が出回った時に、元の映像には、日本人女性トロンボーン奏者としては清水と双璧と言っても良い活躍をしている、ミルウォーキー交響楽団首席トロンボーン奏者の神田めぐみさんが登場するので、ああ、清水にもこの曲吹いて欲しかったなあ、と思いながら見ていたので、清水の吹くA Song for Japanを眼前で見られて聞けて、単純に感動してしまった。



まだまだ上手くなると思う。
娘を見守るステージパパ的な視点で応援している部分もあるのだが、今後がますます楽しみだ。

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この記事へのコメント
清水さんは先日、札幌芸術の森で開催された「PMFピクニックコンサート」にもPMF卒業生として参加していました。運命のトップ、アルトで吹いていましたが、タダ者ではないと思わせるものがありました。
2011年08月06日(土) 15:05 | URL | ちゃんだい #-[ 内容変更]

この記事について、ご本人から、私のドイツ語の使い方の間違いについて指摘をいただきました(笑)ので、ちょこっと直すと思います。
2011年08月08日(月) 02:20 | URL | Ken #tHX44QXM[ 内容変更]

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