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城山三郎「どうせ、あちらへは手ぶらで手ぶらで行く」
2011年09月06日(火) 22:36

どうせ、あちらへは手ぶらで行く (新潮文庫)どうせ、あちらへは手ぶらで行く (新潮文庫)
(2011/07/28)
城山 三郎

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私がことのほか大切に思っている作家は、第一に藤沢周平であり、第二に吉村昭であり、第三が城山三郎である。

これはもう、動かないように思う。

この3人は偶然に昭和2年生まれの同い年であるけれども、作風も描く対象も違う。

しかし本当にギリギリのところで戦争に行き損なった世代である彼らに共通して流れるのは、権威的なものへの不信というか懐疑、流行や熱狂への恐怖、というような態度である。

藤沢周平の真骨頂はフィクションの時代小説だろうし、吉村の場合は前半の戦争や工事、逃亡・漂流などの主題のもの、そして、後半の幕末を中心とした歴史小説群だろう。
城山の場合は、先の大戦に触れたものも多いけれど、時流に迎合せず、自己の信念、孤高の正義を貫いた人物を描いたものが多い。

吉村には完全なフィクションである小説もたくさん存在するし、藤沢にも史実の人物を扱った小説は少なくない。

藤沢周平は大の信長嫌いでヒーローは一切書かなかったし、吉村も成功者というより、破滅に向かって変転していく人物を扱ったや、大自然の前での人間の無力などを扱ったものが多い。
そして、城山も名を成した人も扱っていないこともないけれど、あきらかに反骨の人、時流に逆らった人を好んで扱った。

この3人はそういう世代だということもあるけれど、私が愛読し始めた頃には、3人とも存命で、次回作をを楽しみに待つ、という態度で接していたわけだけれど、最初に藤沢周平が亡くなり、雑誌などで、藤沢の追悼の座談をしていた吉村、城山も亡くなった。

故人を見送る家族の態度は、当然ながらそれぞれ三者三様の家族のあり方があった。

それでも、やはり三者のご遺族は、出版社の求めに応じてという部分も少なからずあろうと思うが、何がしかの著述を発表されている。

藤沢周平の場合は一人娘の遠藤展子さんが、父藤沢周平を回顧するエッセイを数編書かれている。

吉村昭夫人は言うまでもなく、本職の作家である津村節子氏であるからして、渾身の文学作品として夫の尋常ならざる死を見つめた「紅梅」という作品を出された。これはまだ文庫になっていないので、未読である。

そして、城山三郎については、まず、遺作として城山氏自身が愛妻容子さんの死と寂寥を扱った「そうか、もう君はいないのか」がある。
これは遺作というか、正確に言えば、作品の形には筆者の生前には完全にはまとまっておらず、メモとして遺されたものである。
従って、出版されること自体が、ご遺族なかんずく亡くなられた奥さまに替わって城山の秘書的業務を引き継いだ、次女の井上紀子氏の意志によるところが大きい。
井上紀子氏と新潮社編集部が構成した作品であり、城山が亡妻を悼む内容であると同時に出版そのものが、次女の紀子さんによる父城山への追悼行為でもある。

そしてまた、井上紀子名義でも「父でもなく、城山三郎でもなく」を書かれている。

そして、この「どうせ、あちらへは手ぶらで行く」は著者名は城山三郎となっており、確かに城山本人が書いた文章に違いはないが、出版を前提に書かれた文章ではなく、城山の手帳に残された「呟き」である。

これを人の目に触れる形で外に出版するかどうか、というのは、後書きで井上紀子氏が書かれているように、相当迷うところだっただろう。
誰かに読まれる前提ではないから、城山の毅然とした作風からは程遠い、弱音も吐いているし、家族さえも知り得なかった城山の内面が吐露されている。

ブログやツイートさえも、弱音であってもそれは誰かに見られることを前提にというか、それを目的に呟かれるわけだが、この手帳のメモはそうではない。

しかし、この作品にまとめられた城山の呟きは、今まで城山の作品を読んできたファンにとっては得がたい作者の生の声を聞かせてくれる貴重な作品になっている。
城山はエッセイも多く書いていて、日常の諸現象に対する所感というのは、生前も文字になったものは多く、それはそれで、城山三郎の肉声だろうけれど、今回この「どうせ、あちらへは手ぶらで行く」を読んで感じるのは、やはり作家たるもの、個人的所感を述べたエッセイといえども、当たり前だが相当に練られ洗練され、選び抜かれた言葉を紡いだ文章になってることを痛感させられる。

それだけ、この作品には飾らない等身大の城山三郎が現れており、城山作品を読んでいく上で、読者にとっては大きな支えになる部分はある。

生前からファンで、新作を待ちわびた時期を過ごした作家たちとの訣別という意味では、この昭和2年生まれの3人の作家の中では亡くなった時期の順に、藤沢周平の死は、私の中ではある程度消化出来たと言っても良い。
死後、映画化された作品も多いし、映像の形で藤沢作品に再会するチャンスも多いし、繰り返し読んでいる作品も多い。

吉村昭の死に関しては、何せ肝心の津村節子の「紅梅」が未読なので、まだペンディングである、としか言い様がない。

城山三郎については、最も最近に亡くなり、この「どうせ、あちらへは手ぶらで行く」もこの8月に文庫化されたばかりだから、城山の死を巡る一連の作品はこれから取り組むという状態にある。
城山三郎の死と、遺した作品の俯瞰というのは、これからの宿題という感じである。

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