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藤沢周平「隠し剣孤影抄」読了
2012年11月04日(日) 23:30
藤沢周平の「隠し剣孤影抄」を読み終えたのだが、おそらく10回以上読んでいるのではないか、と思う。
それほど繰り返し読んでいる。


隠し剣孤影抄 (文春文庫)隠し剣孤影抄 (文春文庫)
(2004/06)
藤沢 周平

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一つには、この短編集からは、いくつも映画になった作品があって、その公開ごとに読み返しているというのもあるだろう。

「隠し剣孤影抄」には

「邪剣竜尾返し」
「臆病剣松風」
「暗殺剣虎の眼」
「必死剣鳥刺し」
「隠し剣鬼の爪」
「女人剣さざ波」
「悲運剣葦刈り」
「宿命剣鬼走り」

の8編が収められている。

2004年に「隠し剣鬼の爪」が山田洋次監督で映画化され、2010年に「必死剣鳥刺し」が平山秀幸監督で映画化されている。

「隠し剣孤影抄」の続編である「隠し剣秋風抄」からも「盲目剣谺返し」を「武士の一分」という題名で、やはり山田洋次監督が映画化している。

映像化の功罪は何も時代小説に限らず、コミック原作ものであろうが、東野圭吾作品でも同様だろうが、脚本の改変などはそれほど弊害がないけれども、登場人物の風貌が、特定の俳優さんに固定されて離れられなくなる、というのは、やはり文字としての小説を自由に楽しむ上では弊害だろう。

「隠し剣鬼の爪」では、主人公で主演の永瀬正敏や、ヒロインの松たか子はそれほど刷り込まれていないのだが、剣敵の狭間弥市郎を演じる小澤征悦は、登場シーンの時間は短いものの、どうしても小澤征悦の形をして現れてしまう。

「必死剣鳥刺し」も同様にこちらは、主人公の兼見三左ェ門が豊川悦司から離れられない。

刷り込まれているキャスティングは「ハマっていた」ということだし、誰が演じていたか調べないと忘れている役も役者の格の大小に関わらず多いのだが、忘れて読めるということは、それほど「ハマっていなかった」ということだろう。

俳優と役のマッチングの問題と同時に、原作の人物造形自体が成功しているゆえに、印象的にならざるを得ない、ということもあるように思う。

「隠し剣孤影抄」の8編、続編の「隠し件秋風抄」の9編はそれぞれ、タイトルになっている「秘剣」をめぐる人間模様が描かれているのだが、個々の短編の印象はそれぞれずいぶん違う。

作者はその部分はこの連作短編を書くにあたって、非常に意識した部分だろうが、「秘剣」の登場の仕方と、登場人物の絡み方は、各編ごとに全く違っている。

「秘剣」の技そのものが、物語の根幹を握っているものもあれば、タイトルの「秘剣」自体は些細なものなのだが、それに翻弄されるタイプのものある。

「秘剣」が最初からこういうものだ、と読者にも、剣敵を含む登場人物に披露された上で物語が展開していくものもあれば、最後の最後までわからないままのものもある。

全編に通じる共通点を挙げるとすれば、濃淡の差はあれど、男女の情愛が必ず物語のキーになっている点だろうか。
そして、男前のヒーローが「秘剣」を武器にバッタバッタと悪を成敗する式のものは一編もないのも共通点か。

改めて読み返すと、映画化された作品が特段優れているということもなく、その他の作品にも好きな話が多い。

小説なのだから、「小説として上手くできている」、「藤沢周平は小説巧者だ」となどと言うことは、何の評論にもなっていないと思うのだが、解説や回顧文でも、繰り返し使われる表現だ。

繰り返し読むに耐えるという点だけでも、藤沢周平の小説は私にとっては特別なものだ。

映像化したい、と思う人が著者の生前も没後も、たくさん出てくるのは仕方がないことだが、ブームのような藤沢作品の映画化の波が、少し落ち着いたのは、私個人としては良い事だと思っている。

藤沢作品は、一人静かに読みたいのである。
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