日々の雑学 ●●●
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松平義建の子どもたち
2013年01月20日(日) 21:52
美濃高須藩というのは、尾張徳川家の親戚支藩である。

親藩22藩というけれども、この22藩とは
すなわち尾張、紀伊、水戸の御三家を筆頭に、御三家の親戚連枝大名が7藩、秀忠の兄結城秀康に始まる越前松平系の8藩、家光の弟の会津松平家、越智松平家、久松松平家のうち2家である。

この御三家連枝といわれるグループは
御尾張徳川家の支藩美濃高須藩松平家
紀伊徳川家の支藩伊予西条藩松平家
水戸徳川家の支藩讃岐高松藩、陸奥守山藩、常陸府中藩、常陸宍戸藩
紀伊徳川家の親戚扱いになっている、鷹司松平家の上野吉井藩
の7藩

御三家連枝藩というのは、御三家の本家に後継ぎがいなかった場合には、御三家本家に養子に入る場合があり、御三家の当主になれば、万一の場合には将軍候補にもなり得るという意味では重要な藩である。

尾張の支藩美濃高須藩からは尾張藩8代徳川宗勝も当初高須藩主だったものが、本家尾張徳川家を継いでいる。

この高須藩の10代藩主に松平義建(よしたつ)という人物がいる。
この松平義建本人には、特筆すべき事跡が残されていないのだが、子どもたちが重要な人物になっていく。

本当は兄弟は他にもいるのだが、「高須四兄弟」という言い方をされたりする。

二男の慶勝(よしかつ)は尾張徳川家の当主になり、第一次長州征伐軍の総督になっている。参謀は西郷隆盛。

五男は当初は父を継いで高須藩主として松平義比(よしちか)その後、尾張本家を継ぎ徳川茂徳(もちなが)、さらに一橋家を継ぎ、徳川(一橋)茂栄(もちはる)

七男は、会津松平家に養子に入り、松平容保(かたもり)  現在「八重の桜」に出演中。

八男は、桑名藩の久松松平家に養子に入り、松平定敬(さだたか) 兄の容保が京都守護職に就任した際、京都所司代に就任。箱館戦争まで転戦する。

この4人を「高須四兄弟」と称しているのだが、いずれも幕末史の中で重要な役割を果たすことになる。
不思議な巡りあわせの子どもを持った松平義建(よしたつ)である。

左から定敬、容保、茂栄、慶勝
takasu_4.jpg
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