日々の雑学 ●●●
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飯田市上村地区の小水力発電
2013年04月07日(日) 22:29
長野県の飯田市は東日本大震災前からの自然エネルギー先進自治体なのだが、先日4月1日に、地域にある太陽光や水力など再生可能エネルギー資源を住民が優先して利用できる「地域環境権」を盛り込んだ条例を制定した。

遊休耕地などにソーラーパネルを設置する動きは大震災以降、盛んになっているが、地元には「地代」は入るものの、都市の大企業が農村の資源を収奪する仕組みが加速しているだけなのではないか、との危機感から出てきたものだ。

まず地域自らが発電事業を積極的に行う動きを後押ししようということだ。

再生可能エネルギー導入支援審査会を設置し、新設した基金から調査費を、1000万円を限度に無利子で貸し付ける、とのこと。

初めてこの仕組みの対象になりそうなのが、飯田市上村地区の住民による小水力発電の取り組み。

飯田市上村地区は平成の大合併で飯田市になったが、平成の大合併までは上村という単独の村だった。
隣村だった遠山村とともに遠山郷と呼ばれ、伊那谷とは山一つ隔てた、秋葉街道沿いの山村だ。
日本の秘境100選にも選ばれている。

中学時代の担任が遠山村の出で、「遠くの山のそのまた遠くの遠くの山にある村だ」と言っていたが、ジョークとも言えない山深い地区だ。

その遠山郷にある、上村地区200世帯は、電力の完全自給を目指して、小水力発電の導入を検討している

新しい取り組みのようで、実は飯田市の小水力発電には長い歴史がある。

上村とはだいぶ離れた地域だが、飯田市の旧竜丘村に初めて電灯がともったのは、大正4年年のことだ。
全国で初めて住民自らが電気の生産組合を立ち上げ、小水力発電所を建設、電気を送り始めたのだ。

その生産組合の設立趣意書には
「わが郷村に天恵の地利あり、これを利用して水力を原動力となさば絶大なる電力をなす」
とある。

住民自らがインフラを整備する、というのは、今に始まったことではなく、古くから「結い」の仕組みとして根付いていたものだ。

現代では、個々の住民と行政・企業というのは二項対立になってしまっているのだが、本来、日本の山村には、個人宅では手に負えない道路整備や、屋根の葺き替え、水源管理などを住民自治の仕組みで、「おかみ」の力を借りずにやってきた長い歴史がある。

今回の上村の小水力発電の取り組みに始まる飯田市の条例は、「結い」の精神とパワーを取り戻そうという試みでもある。

「わが郷村に天恵の地利あり・・・」という文言は、今こそ山村離島を抱える自治体が真正面から見直すべき言葉であるように思う。

大電力会社と送電線が繋がっていなくても、200世帯規模の山村は、地産池消でのエネルギー自立が出きる地区はたくさんあるはずだ。
その先鞭として、条例や基金、住民意思の条件が揃った飯田市上村の小水力発電の成功を祈りたい。

天恵の地利は何なのか、エネルギーの問題だけでなく、産業そのものについても熟考してことが大事な時期に来ていると思う。

飯田市から視察に行った富士吉田市の稼動中の小水力発電所
fujiyoshida.jpg

上村の記事
kamimura_suiryoku.jpg
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