日々の雑学 ●●●
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「回忌」って?
2013年09月21日(土) 23:59
今日は亡父の十三回忌の法事で、帰宅が遅くなったので、ブログのお題通り、今日お坊さんから聴いた「回忌」の話をそのまま雑学として書いてみる。

法要の費用、会食などその他はぜーんぶ母親の懐から出たのだけれども、形の上では自分が施主として行った法要であった。

十三回忌というのが、なぜ大事な節目とされているのか?

日本で後付けで考えられた「十三仏信仰」というものがあり、日本以外の仏教にはない考えなのだが。
故人が仏となった後に、出会う仏の道の修行の指導教官のようなものが13体おられる、という信仰。

以下の日に、それぞれの指導教官となる「仏さま」に出会うのだそうな。

初七日(しょなのか)(7日目・6日後)   不動明王
二七日(ふたなのか)(14日目・13日後)  釈迦如来
三七日(みなのか)(21日目・20日後)   文殊菩薩
四七日(よなのか)(28日目・27日後)   普賢菩薩
五七日(いつなのか)=三十五日(35日目・34日後)  地蔵菩薩
六七日(むなのか)(42日目・41日後)  弥勒菩薩
七七日(なななのか)=四十九日(49日目・48日後)  薬師如来
百か日(ひゃっかにち)(100日目・99日後) 観音菩薩
一周忌(2年目・1年後) 勢至菩薩(せいしぼさつ)
三回忌(3年目・2年後) 阿弥陀如来
七回忌(7年目・6年後) 阿閦如来(閦=門<众)(あしゅくにょらい)
十三回忌(13年目・12年後) 大日如来
三十三回忌(33年目・32年後) 虚空蔵菩薩

仏さまの名前自体は、素人にも馴染みの深いものが多いように思う。

初七日は繰り上げてやってしまうのが慣例だし、四十九日法要までは没後の一連のこととして、一気に進むので、13の仏さまのうち、7つの仏さまにはここまでで会っていることになる。

で、十三回忌で、12体目の大日如来に会って、大日如来が指導教官になったあと、次に担任の先生が変わるのが、ずいぶん先で、三十三回忌に虚空蔵菩薩に出会うまでの二十年間あいだが開く。

故人=仏が大日如来の指導下に入る十三回忌というのは、それまでの回忌と違って、二十年という長い期間の節目なので、重要な法要と考えられている。

また、不幸にして若くして亡くなった方は別として、故人と生前長く付き合いのある連れ合いなどの同世代の人間は、三十三回忌を迎えるまで生きながらえるのが現実問題として難しい。

そういう意味でも十三回忌法要を無事勤めることで、こちら側にいるものたちにとっては、一つの大きな区切りになる。
一般には三十三回忌を以って、「弔い上げ」とし、故人法要の締めくくりとするようだ。

というようなお話を聞いた。

なんで、四十九日とか、七回忌とか、十三回忌を意識的に重要視するのか、なんとなく習慣だとは思っていたけれども、実は今日、話を聞くまで、由来はよくわかっていなかったのである。

なので「雑学」メモとして。

2013_0921_13kaiki_0004_R.jpg

2013_0921_13kaiki_0005_R.jpg

久しぶりに会った叔母に、ずいぶん太った、と指摘されたので、これも教訓として。
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