日々の雑学 ●●●
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セルゲイ・リャプノフ
2013年09月27日(金) 00:00
今日は野球の方が、はらわたが煮えくり返るようなことになったので、(イーグルスの優勝決定のことではなく、マリーンズの継投のことなんですが)ちょっと筆が荒れそうなので、現実逃避して、クラシック音楽ネタを。

と言っても、私のことですから、例によって知られざる迷曲紹介コーナーです。

セルゲイ・リャプノフです。
lyapunov.jpg

彼はニジニ・ノヴゴロドというヴォルガ河沿いの地方都市で生まれ育ったので、ちょっと出遅れますが、ニコライ・ルビンシテインの目に止まって、モスクワ音楽院入り。
ルビンシテインはピアニストとしてのリャプノフを評価していたのかも知れませんが、ピアノはリストの薫陶を受け、当時モスクワ音楽院にいたカール・クリントヴォルトにピアノを、セルゲイ・タネーエフに作曲を師事します。

卒業後のバラキレフに出会って、サンクトペテルブルグのバラキレフ邸に住み込むほど傾倒します。
バラキレフ晩年の重要な弟子ですが、バラキレフがリャプノフを可愛がったのは、同じニジニ・ノヴゴロド出身ということもあったかも知れません。

世代的には、バラキレフらロシア5人組とチャイコフスキーの後の世代で、ストラヴィンスキーやスクリャービンよりも上の世代。
少し年下ですが、ラフマニノフやグラズノフの世代と言ってもいいかもしれません。

ロシア革命後を挟んでサンクトペテルブルグ音楽院~レニングラード音楽院で教えたあと、1923年にパリに亡命しますが、翌1924年に64歳で亡くなってしまいます。

リャードフとともに、ロシア国民学派の最後の一人と言われていて、大きく影響を受けたバラキレフの作風や、ボロディンも感じさせますが、もう少し先を言って、ロマン派的に熟した、ラフマニノフ的な響きやメロディー進行を感じさせるところも随所にあるように思われ、国民楽派と片付けてしまうと、少しはみ出ている部分はあるのです。

いずれにしても徹底的にロシア・ロマンティック。

ラフマニノフやアントン・ルビンシテインと同様に、自身がピアニストでもあったので、自身が演奏することを前提とした、ピアノ絡みの作品に力があります。
孫弟子でもあることから、リストへの敬愛も大きく、リストへの追想作品として作曲された「12の超絶技巧練習曲」はリャプノフの作品の中では重要な位置を占め、最高傑作と評され、最も演奏機会の多い曲かも知れません。


ピアノ協奏曲第2番



しかし、ピアノ絡みの作品以外も、たとえばこのヴァイオリン協奏曲の冒頭少しを聴いていただいても、リャプノフがロシア・ロマン音楽を語る上で、決して軽視されてはいけない存在であることはおわかりいただけると思います。


交響曲第1番はバラキレフやボロディンの影響を受け過ぎていると評価されているようですが、私は独自の魅力もしっかりあるように思います。


晩年に書かれた交響曲第2番の方が確かに独創的で完成度は高いかもしれません。第1番よりはるかに凝っており、近代的な響きがするようになっているのは確かですが、第1番の素朴な魅力も捨てがたく感じます。


「ロシアの主題による荘厳序曲」も若いときの作品ですが、ちからがあります。


バラキレフ、リャードフ、アレンスキー、タネーエフ、シテインベルク、グラズノフ、全部聞き尽くしたけど、他になんかないのか!、という方には、自信を持っておすすめできる、セルゲイ・リャプノフです。
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