日々の雑学 ●●●
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藤沢周平「風の果て」
2013年10月25日(金) 23:50
藤沢周平の「風の果て」は、読んだのも10回近くなるし、このブログに書いたことも何度もあるように思う。


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通り一辺の感想は既に書いてしまっているように思うので、ちょっと違った切り口で雑感を。

この「風の果て」を読むときに、いつも戸惑うことがある。

それは、漢字の読み方なのだ。
藤沢周平は難解な感じには結構マメにルビを振ってくれるのだが、この「風の果て」の中で、どうしてもいつも迷う読みがある。

一つは主人公の若き日の名前「上村隼太」

もう一つは物語の大きな骨子となる開墾地「太蔵が原」である。

この2つは藤沢周平は読みを書いてくれていないのだが、私は、これを初見のときに、
「かみむらはやた」、「おおくらがはら」
と黙読していた。

「うえむら」かもしれない、「たいぞうがはら」かもしれない、と思ったことは思ったのだが、「かみむら」と「おおくら」ということにして読んでいた。

ところが、NHK時代劇で佐藤浩市の主演でドラマ化されたおり、ドラマでは当然ながら音が明らかにされるのだが、「上村隼太(うえむらはやた)」と「太蔵が原(たいぞうがはら)」であった。

「おおくら」という音は、「大蔵」であって、確かに「太」という字を当てたら「おおくら」ではないのかも、と思うわけだが、初見の時に読んでしまった「読み」というのはなかなか抜けないものだ。

ドラマ化は2007年のことで、著者の没後なので、「腕に覚えあり」や「清左衛門残日録」のように、著者本人がお茶の間でドラマを見て、エッセイに所感を書いたりというようなことも起こり得ず、本当のところはよくわからないのだが、生前の著者とも親交の深かった脚本家の竹山洋氏は、「うえやま」「たいぞう」と読んだのだろう。

藤沢周平に固有な問題ではないのだが、「上村」を「うえむら」と読むか「かみむら」と読むか、「うえ」が当たり前だろう、と思われるかもしれないが、「上川」と書かれたらどうだろうか? 「うえかわ」と読むのは相当珍しいだろう。
上島、上原、上山、上野ならば「うえ」が卓越しているだろう。

「河野」というような姓も「かわの」なのか「こうの」なのかは、どっちかに決めて明示して欲しい。

「神」という字も、様々な読み方がある。

文字を黙読しているのだが、そこには、黙読といえども「音」が存在している。
特に呼びかけの台詞に使われる苗字は、明確な音をあてたいのである。

藤沢周平は基本的には人名にはルビをふることが多いのだだ、ときどきエアポケットのようにぽかっと放り出されていることがある。

今年出た新装版は上のような表紙なのだが、↓この表紙には非常に愛着がある
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