日々の雑学 ●●●
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父親の形見、久々に出す
2013年12月07日(土) 23:15
亡父の形見は、実家にそのままあるものが圧倒的に多いのだが、油絵を1枚と、ヴァイオリンを形見分けしてもらって、我が家に保管している。

亡父が若い頃ヴァイオリンを弾いていた、というのを知ったのは、私がオーケストラで楽器をやり始めたずっと後なので、決して音楽的な環境で育ったわけではないのだが、亡父もヴァイオリンを弾いたり、プロコフィエフの交響曲5番のLPを持っていたり、クラシックにも興味があったんだ、というのは、後から知ったのである。

祖父も結構膨大なSPレコードのライブラリーを持っていたことを知ったのも、自分が大学オケを出て、社会人になった後だった。

祖父の生前、実家でオイゲン・ヨッフムのブルックナー交響曲第4番のレコードを聴いていたのだが、祖父が何気なく、「Eugen Jochum」とアルファベットで書いてあるジャケットを手に取り、「オイゲン・ヨッフムか・・・」と呟いていて、知ってなければ読めない綴りだから、お!おじいちゃん、ヨッフムを知っているのか、と、内心驚いた覚えがある。

クラシック音楽的なものは、自分が子どもの頃には気配は全くなかったのだが、あまり血筋などというものは信じないけれども、何がしかの縁とというものはあるのだろう。

父の生前も、父のヴァイオリンが家にあることは、知ってはいたけれども、もちろん弾くのを聞いたことはないし、「おもちゃのようなものだ」と言っていたし、実際弾ける状態の楽器ではなかったので、あまり気に留めていなかった。

父が死んだ後、母親から「ヴァイオリン、持って行く?」と言われて、まあオブジェ的に置いておくだけも意味はあるか、と思ってもらった。

弦も全部切れていたし、弓の毛もほとんど残っていなかったが、飾って見栄えがするくらいには修理をするかと思い、一緒のオケで弾いているヴァイオリン製作者でもあるCさんの工房に持ち込んで、弾けなくてもいいので、見た目でも何とか修復して欲しいとお願いしたのである。

もう今年、十三回忌を済ませたから、楽器を直したのも10年以上前のことだが、修理を終えたCさんは「十分弾けるよ」と言ってくださった。

その後、我が家でも、結局死蔵することになって10年以上。

今日、ちょっと思うところあって、久々にクローゼットの中から父のヴァイオリンを取り出してみた。
弦はやはり全部ダメになっていて、張替えが必要だった。

2013_1207_violin_0003_R.jpg

ちょっと磨いたら、少しは見れるようになった。
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