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司馬遼太郎 著「播磨灘物語」(1)~(4)
2014年01月06日(月) 23:59

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新しい大河ドラマが始まったこともあり、書棚をあさって、司馬遼太郎の「播磨灘物語」を久々に取り出してみた。

今回が四読目ではないか、と思われる。

司馬文体は久々に読むと、いわゆる「小説」の骨法から外れた、雑感、エッセイ風のものなのであるのを新鮮に感じる。

全体を通しての所感を言っても仕方ないので、司馬が冒頭で結構は紙数を裂いて書いている、黒田家の由来について。

黒田家は、後に九州福岡52万石の大大名になるが、戦国期まではたびたび流転していた家である。
本貫の地は近江国伊香郡黒田村とされている。
近江といえば、近江源氏佐々木氏ということで、一応、黒田家の系譜では、京極宗氏の弟宗満が黒田村に住み黒田氏を称したのが始まり、ということになっている。

佐々木氏は宇多天皇に連なる宇多源氏で名家であり、足利尊氏を助けた佐々木道誉高氏の存在によって、室町幕府でも非常に重きを成した一族である。

近江の佐々木氏は、京にあった屋敷の所在地でもって、京極氏と六角氏と呼び分けれることになるが、(佐々木)京極宗氏というのは、佐々木道誉高氏の父であり、道誉の叔父にあたる黒田宗満はもっと大きな所領をもらってもいいはずなのだが、黒田村に住んだのは隠棲に近い形であり、名家に流れにしては、地味な土豪である。

京極満信-黒田宗満-宗信-高教-高宗-高信-清高=政光-高政
とされているが、高宗と高政の間は、黒田家自身の家伝でも、諸説あって曖昧である。
要は、黒田勘兵衛の曽祖父までしか良くわからない、という程度の家伝である。 

黒田高政の代に、近江黒田村から備前福岡に流れるのも、追放されて流浪した、ということなので、地生えの地縁のない家である。
重隆の代に播磨国姫路に移り、重隆は黒田家家伝の目薬売りで、成長して力を蓄える。         

高政

重隆

職隆

孝高(よしたか)

長政

この孝高(よしたか)というのが黒田勘兵衛のことなのだが、勘兵衛、シメオン、如水、などの名前に比べ、孝高(よしたか)という諱名はなじみが薄いものだろう。

秀吉の軍師というだけには収まらない黒田孝高の魅力は、むしろ秀吉没後に発揮される。

子の黒田長政も父ほどではないにしても、よく出来た武将だったのも黒田家を江戸大名として大大名にのし上げた要因である。

基礎知識として、司馬遼太郎の「播磨灘物語」は読んでおいた方が、2014年1年は楽しめると思う。

我が家にある旧装版はだいぶ表紙の雰囲気が違う
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