日々の雑学 ●●●
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尾張津島への旅
2014年07月27日(日) 22:43
昨日、祖父母のお墓に関する法要を終え、集まった母と叔母に加え母の従兄弟従姉妹たちは、久々の再会なので、幼少期を過ごした、尾張津島を「冥土の土産」に見ておきたいということで、今日は津島への旅。

名古屋市内に借家の居宅を持っていた祖父母は、祖父が出征すると、津島の祖母の実家に疎開し、そこで「母の母方」の従姉妹たちと暮らす。

祖父がビルマ戦線から、奇跡としか言いようがない状況を生き延び、引き上げて来て、東京へ居を移すまでの、終戦を挟んだ数年間の滞在なのだが、私が幼い頃から、母や叔母や母の従姉妹たちは、集まれば津島時代の様々な出来事を話していた。

混乱した時代でもあり、祖母の実家も農地開放を挟んだ前後で、相当に激動するのだが、縁故疎開が出来た方々は、多かれ少なかれ皆さん共通するかもしれないのだが、そこで聞かされる話は、非常に「牧歌的」な明るい色合いに彩られている。
幼児から小学校入学くらい、という多感な時期だったということもあるのかもしれない。

縁故のない形での疎開をされた方は、土地に馴染めなかった苦労をされた方のお話も聞くけれども、それでも、食べ物が豊富にあったことを感慨深く話される方は多い。

3.11を受けて、流通が途絶した際に、数ヶ月分でも飢えずに済むライフスタイルを目指して、農的生活を身近に置こうとされている方の中にも疎開経験を通じて非常時の農のちからを痛感されている方は多い。

私は社会人になって数年、名古屋の事業所に勤務し、岐阜県三重県を担当テリトリーに仕事をしていたので、尾張一宮や、稲沢、小牧、岩倉、春日井といった名古屋郊外の街々は、頻繁に通過していたのだけれども、三重県に向かう際には、東名阪道で桑名や四日市に直接行ってしまうので、津島という町は、鉄道でも車でも、ついでに通過するということのない町なので、ついぞ訪問する機会がなかった。

そんなわけで、母や叔母たちても、また来れるかどうかわからない、と言っていたが、私もなかなか今後行く機会があるかどうかわからない、津島市というところへ行ってきた。

なかなか興味深い訪問となった。

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