日々の雑学 ●●●
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ヴィック・ファースの訃報
2015年07月28日(火) 23:59
クラシック音楽家の訃報というのは、毎年毎年それなりのペースで接することで、自分もいい歳なので、亡くなる方も当然もっといい歳であることが多いものの、少なからずその度に残念でもあり、その度にショッキングである。

そういった中でも、エヴァレット"ヴィック"・ファース、Everett"Vic Firth氏の訃報は、自分の人生にとっても、一つ大きな時代の区切りが来た、ということを感じずにはいられない。

スティック、マレット・メーカーのブランド、「Vic Firth」にも、それしか選択肢がなかったという問題もあるにせよ、もちろんお世話になって来たけれども、私の世代のタイコ叩きにとっては、Vic Firthは文字通り「アイドル」だった。

ヴィック・ファースの音を聞くために、小澤征爾指揮のボストン交響楽団のファリャ三角帽子のレコードを買ったし、ボストン響の実演に行くのも、ヴィック・ファースはどう叩くだろうか、どういう音を出すだろうか、というのを見て聞きたくて、足を運んでいた。

彼の叩く姿勢、バチの跳ね上げ方、信じられないくらい伸びる音、会ってみるとアメリカ人にしては思いのほか小さい上背、握手すると本当にやわらかい手、そしていつどんな時でも心からの笑顔。
すべてがアイドルだった。

VicFirth_20150727.jpg

私が学生だった1980年代から、その後少なくとも1990年代頃、日本の打楽器界は、プロ奏者の皆さんも音大の先生をされている方も、ほぼアメリカ式のティンパニ奏法の信奉者であったし、その教え子である我々も、疑うことなく(あるいは疑いつつも)アメリカ式奏法を伝授されていた。

ニューヨークフィルの首席奏者だったソウル・グッドマン、そしてティーンエイジでボストン交響楽団の首席奏者となったヴィック・ファース。
彼の会社の作る、マレットやスティックや教則本とともに、彼のアイドル像は絶大だった。
それに比べると、ドイツ・オーストリアのプレイヤーは、当時は情報が少なく、地味な印象があったのだ。

レコードの業界自体もアメリカのメジャー・オケに非常にチカラのあった時代だった。

今となっては、どちらが優れている、という論争は瑣末な問題なのだが。

間接直接、たくさんの思い出に感謝したいし、クリニックやボストン響での演奏にも感謝したい。
ボストン響での来日時、JPCでのクリニックの時、桐朋に客員で教えに来られていた頃、と3度ほど近くで接することが出来ただけの、一ファンの思い出にすぎないのだが、ヴィック・ファースというアイドルがいなければ、ここまでタイコに打ち込めたかどうかわからない気もしていて、直接の打楽器の師匠たちとは別の意味で、一方的ながら心の師であったのは確かだ。

85歳で膵臓癌での訃報ということで、十分長命だし、偉大な功績だし、十分十分なのだが、それでもそれでも、残念である。
ロリン・マゼールの訃報に接した時にも一つの時代が終わった感があったが、マゼールの訃報は傍観者としての感想だが、今回のヴィック・ファースの訃報は、自分の音楽人生にも「一つの時代の終わり」を感じるのである。

Vic Firth-601405

たくさんの思い出をありがとうございます。
ご冥福をお祈りします。
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