日々の雑学 ●●●
日々、ふと思ったことを書いていきます。   ・・・千葉ロッテ・マリーンズ、菅野よう子、再生可能エネルギー、自然環境、里山、棚田、谷津田、日本近世史、歴史小説、時代小説、クラシック音楽、・・・などなど。
スポンサーサイト
--年--月--日(--) --:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
別窓 | スポンサー広告 | ↑top
恒広一世&コスタス・アルギロプロス、パーカッションDuoリサイタルでした
2015年08月10日(月) 23:59
大学オケ打楽器パートの後輩で、ドイツのデトモルト音楽大学で打楽器を修行中の恒広一世さんが、はじめて日本で演奏を披露する、ということで、聴きに行ってきた。

プログラミングも素晴らしかったし、曲芸的な技巧を前面に出すわけではなく、実に音楽的でエンターテインメント性に富みんでいた。
なおかつ、曲自体は必ずしも一般聴衆に耳馴染んだ曲を選んでいるわけでもない。

新しい作品、新しい試みにチャレンジしながらも、音楽的必然性、打楽器の専門家でなくても、エモーショナルな感興を刺激されるであろう音楽が心地よかった。

打楽器のために書き下ろされて出版されているような曲はすごく少なかったのだけれども、アレンジ物でも、マリンバとヴィブラフォンを中心とした、「パーカッションで演奏する必然性」のある音楽になっていたように思う。

パートナーのコスタスとの息もぴったりで、良い雰囲気だった。

楽器も結構日本のお友達のご実家の私物や、私の出身大学オケの楽器をコスタスが運転して、かき集めたようで、業者から一発ボンっと借りたものではなかったそうな。
この辺りは、なかなか大変なところだ。

「パーカッションの可能性」というのは、本当に、諸刃の剣であって、独善の陥ることも容易だ。
他の楽器や弦楽アンサンブル、オーケストラのために書かれた音楽をアレンジすることも出来るし、打楽器ならではの音響効果を前面に出したオリジナリティあふれる作品を提供することも出来るのだが、どちらのケースも、容易に独善に陥り安いし、誘惑もあるのである。

今日のリサイタルは、これらの危惧を実に上手く避けることに成功していて、打楽器で演奏する必然性のある音楽であり、編曲ものの本家に至らない残念さも感じることが少なく、聴衆に安易に迎合したプログラミングでもなく、繰り返しになるが、上手いこと出来ていた。
視野の広いバランス感覚が生かされていたと言うべきか。

当面はドイツで演奏活動を続けて行くようだが、日本の音楽大学在籍経験がなく、日本のプロオケ界・音大のセンセに、濃厚な師弟関係のあるお師匠さんや、日本のこの業界で活躍する音大縁故の知人をほとんど持たない彼女が、今後日本で演奏する場合、まず、「誰?それ?」という第一関門を突破するのは、なかなか難しい問題ではあるのだが。

まあその辺の話は、留学に行く前に結構話し込んだ問題でもあって、元より本人承知の上のことで、いまさらここで心配しても仕方ない。

tsunehirokazuyo_20150810.jpg

2015_0811_tsunehirokazuyo_0062_R.jpg

「広義の民族音楽」と、「クラシック音楽(クラシック楽器)」と、「高次元な意味でのポピュラリティ」、の関係、について、いろいろ考えるていた今日この頃、さらに、これらの問題について、考えさせられたリサイタルだった。
音楽的好奇心の高いレベルで、楽しめたので、「なぜ楽しめたのか?」を考察しているわけです。
そうでないケースも非常に多いので。
スポンサーサイト
別窓 | 雑感日記 | コメント:0 | トラックバック:0 | ↑top
<<監督誕生日初勝利で、連勝 | 日々の雑学 | 唐川でホークス戦連勝!シンジラレナーイ!>>
この記事へのコメント
↑top | under↓
コメントの投稿














管理者だけに閲覧

この記事のトラックバック
トラックバックURL

list FC2ブログユーザー専用トラックバックURLはこちら
↑top | under↓
| 日々の雑学 |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。